林檎に牙を:全5種類


舞台は19世紀に似た世界の、西でも東でもない何処か。
乱世の片隅、娼婦の仕事で食べているヒロインと下層の人達のお話です。
上層部に反逆を起こす訳でもなく、境遇を嘆く訳でもなく、飄々と逞しく生きる日々。

中世ヨーロッパに於いて、人魚は娼婦の象徴だったそうな。
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2012.02.03 
林檎に牙を:全5種類
此処に音楽と貧しさと寒さ以外に何がある?
周りから隔離された国、
余所者のカルロが何も考えず出した答えは、「虚無」だ。


風の冷たい季節はだらだら流れ、気付けば此の国に来て最初の年が今日で終わる。
本来ならばもっと騒がしく締め括るべきなのだろう。
だと云うのに、この静けさは何だろうか。
年の終わりから始め、自分が生まれた場所では半月は祭りが続いていたのに。
赤い服を着た夜の訪問者も、こんな貧しい街には来る訳が無いのだ。
異文化にも信仰にも疎いのだから当然か。

休日でもなく、特別な事もなく。
何も変わりは無く今日も仕事で駆けずり回っていた。
ああ、其れは娼館で下働きの時代からだったか。

イベントらしい事もあるにはあるものの、やはりそう派手な物ではなく。
時計の針が12を指した瞬間、夜空に花火を上げて周りの人々とキスを交わすらしい。
此の国にも文化らしき物くらいはあったと云う事か。
何にせよ、やはりカルロには関係ない。


「じゃ、何でこんな所に居るのかしら?」


体温を奪われそうなほど冴えた夜の中、聴き慣れた声が白く浮かぶ。
闇を梳いた色の髪と左だけ冷たく光るピアス。
逃げもせず、ただ其処に。

せめて花火くらいは愉しもう、
家路を急ごうとした筈の車、気紛れに少し遠回りして今は高い橋の上。
寒い中で新年を待っていたのは一人ではなかった。
まさか年の最後に彼女に逢えるなんて。
運転席に収まったまま、窓ガラスを下げて小柄な背中に言葉を返す。

「……リンファさんこそ。」
「私?まぁ、そこはアンタと同じね。単に花火見たかっただけよ。」
「こんな寒い夜に外出するのは好まないと思ってました。」
「そうね、でもどうせ特別な事なんて起きないもの。」
「助手席来ます?少しは暖かいですよ。」
「襲われたくないから遠慮させてもらうわ。」
「信用無いんですね、僕。」
「当然じゃない?」

苦く笑った瞬間、夜空を駆け上がった鋭い音。
時計を見逃してしまっていた。
木々の影の向こうに打ち上げられた種が大きく弾け、金色の花。

冷たい空に光が舞い踊る。
続いて、遠く離れても耳に届く大きな歓声。


始まりだ。


数分前と自分自身は何も変わらなくとも、もう同じではない。
一つの年の終わりと、目覚め。
次々に咲き誇る花火は果てる事など知らないようだ。
漆黒の夜を華やかに彩っては降り注いでいく、鮮やかな光。
寝静まっていた全てを明るみに晒す。

暫く意識は空へ向かっていたが、幾度目かの花火で少女の方へと変わる。
不意に、背を向けていたリンファが此方に寄って来たのだ。
忍び足を思わせるような緩やかさで。

窓の縁に頬杖をつくと極めて至近距離、
立ち込めた闇は透明になる。

「風習知らないの?」
「襲われたくないんじゃなかったんですか?」
「訊いてるだけよ。」
「……判ってて言ってますね、リンファさん。」

それでも碧の瞳は瞼を閉じる気配などさらさら無く。
何故だかカルロには居心地悪い。
思わず視線を落とせば、意図の掴めぬ言葉ばかり発する唇。

どの記憶の彼女もささくれ立っている事は無い。
今も、荒れて乾いた外気の中だと云うのに艶やかなまま。
口紅で形作られてはいない柔らかな質量感。
瑞々しい薄紅はリップバームに潤む血の色か。
薄皮一枚、尖った舌先を刺しただけで容易く破れてしまいそうだ。

甘い事なら知っている。
『あの時』早急に食べてしまったのが惜しまれる、今更。


「はい、時間切れね。」

花盛りの終わり。
火薬の匂いで煙るだけになった空を背にして言葉が響く。
触れる事は、出来なかった。

「キスして欲しかった訳じゃ、ないでしょう?」

此の一連の違和感は彼女に対してか、自分にか。
無粋を承知で投げた問いは掠れていた。

「どうかしら。私もね、ちょっとだけ興味あったからよ。」
「と、言いますと?」
「大義名分で堂々と誘うか、私にはもう興味無いか、どっちかと思って。」
「……しなかったのは後者じゃないですよ。」

しかし、其れもきっとリンファの内で予想外でもなかったのだろう。
曖昧な返事をして、共に無言。
挑発を仕掛けた体勢から腰を上げたリンファは、もう此方を見ない。
確実に虚勢が混じっていたのは判っている。
どれほどの割合なのか、其ればかりは定かではないものの。

いつまでも抵抗できない小娘ではない、
きっと、そう云う事か。

「新年おめでとう、おやすみ。」

去り際に付け加えられた祝詞。
それこそ吹けば飛びそうなほど、軽く。
返すのも忘れたカルロには見送る事しか出来なかった。


「…………ぁー……、」


呻いた後、呟かれた言葉は声とは響かず。
今更、何を躊躇う必要があった?
どうも調子が悪い、
こんな事など今まで無かったのに。

あれは、皿の上に綺麗に並んだ桜桃ではない。
食べたいと思う前から差し出されているような物ではない。

欲しいのなら、牙を立ててでも。


去年と今年の間、あれはもう古い刻。
次に迎える時は惜しい気持ちで振り返る事などしないだろう。

輝かしい花の色は褪せてしまった夜の中、
漸く少しだけ微笑む。
柔らかくとも表情を見せようとせず、静かに。

2012.02.03 
林檎に牙を:全5種類
人の詰まった列車から押し出されるように靴の爪先が石畳を叩いた。
暖かな車内はカルロには少し名残惜しいものの、そうも言っていられない。
ホームを射る笛の音を背にして欠伸を噛み殺す。


流れに乗って駅前広場へ出れば、固まっていた人込みは散り散りになっていく。
誰かの鞄に当たり、よろけた体勢を直すと夜気に頬を撫でられた。
既に日は暮れてしまっている。
出発したのは夜明け前、濃い藍色の空は同じ。
先程まで席で居眠りしていた所為もあって一日が戻ったような錯覚。

まぁ、足早に帰っても意味は無さそうだ。
もう今日はどうせベッドで休むだけなのである。
重さに慣れてしまった鞄を手に、田舎道をだらだらと行く。


わざわざそんな早い時間に家を出たのは、旅行や遊びではない。
別の街の娼館へ出向くにも列車を乗り継いで数時間。
仕事以外に理由は無いのだ、カルロにとっては。

「我ながら寂しいですねぇ……」

苦い言葉と笑み一つ。
商談は無事に済んだと云うのに表情は浮かず。
自分の人生には娼売だけしか無い。

其れを実感してしまった瞬間は、もう何度目だろうか。
後悔している訳ではないのに。

他に出来る事など何も無いのだから仕方ないとも思う。
何処で捩れたのかと考えるのはとうに飽きていた。
其れを言えば、自分の生まれた事自体が捩れだとも答えは出る。



ファントムグレーのシャツは列車の中で胸元を緩めたまま。
肌を撫でた夜風の冷たさが考え事を中断させた。
そう云えば、人込みに揉まれた所為でベージュの上着にも皺。

何故こんな事ばかり考えているのか、

不意に気付いて理由を探れば、「4月だから」だと解答に尽きる。
カルロにとって春はあまり喜べない。

決まって何となく気持ちが重くなり、溜息が多くなる季節。
望みもしないのに古い感情や傷が顔を出すのだ。
暖かく優しい暦であればこそ、か。
どれだけ仕事で残酷になれても春には少し負けそうになる。
なるべく考え事をしたくなくて、ベッドに潜る時間もまた多い。

酒でも呑んで帰ろうか、
酔えもしない癖にせめてもの足掻き。
柔らかな空気の中、独り憂鬱を抱えるのは息苦しい。



駅前には小さな酒場も在ったのだが、思い立ったのが遅かった。
歩いただけ距離は開けて、今は何も無い場所。
引き返すのも面倒だ。
結局、歓楽街へと抜ける道を探して緩やかな坂を登る。


「…………あぁ、」


不意に開けた視界に思わず足が止まった。

坂の上、見渡す限りまでに続くのは、夜を彩る絢爛たる桜並木。



月は細く尖って夜の帳に引っ掛かったまま。
消えそうな儚い光を浴びて、薄紅色の花は冷たい白になる。
伸ばした枝を揺らすほど咲き誇る桜、
さらり零れて、雪のように柔らかく降り注ぐ。
此処には音など何も無い。
髪を擦り抜けた花びらは夜風に攫われ、何処かへ消えて行く。
春は苦手でも、桜は嫌いじゃない。

樹の間に立って見上げれば、桜で埋まった枝が星の散らばる夜空を抱く。
それこそ噎せ返りそうな程に。
闇の静けささえも吸い込んで浮かび上がる花。


月光に濡れた漆黒と、茫洋とした真白のコントラスト。

艶やかな髪と薄い肌の色、イメージは一瞬にして重なる。
連なるように鼻先に絡んだ鈴姫の香り。
揺すり起こされた記憶は欠片でもあまりに鮮やかで、感触までも。


此れを「愛」だと甘くて柔らかな言葉で呼べば形には成るだろう。
だが、其れはしない。
好き嫌いだけではとても表現など出来はしない感情。
誘う香りは甘くとも、粘りつくように濃密で不快ではない苦さ。
そして、もっと欲しくなって手を伸ばす。


幼い人魚なら自分の娼館にだって居る。

柔軟に見えても確かに息づく、硬質な自我。
其処に惹かれた。

次いつ逢える?

想うたび、鼓動の加速は年を重ねても変わらず。
高揚の心地良さに瞼を閉じて浮かべる彼女は、笑顔ではない。
困ったような、意地になっているような、他の誰にも見せはしない表情。
其処から駆られる興味と、情欲。


「発情期?春ですからねv」

邪気を以って吊り上がる、三日月の唇。
濡れた笑い声は返す者も居らず、闇へと溶けた。

2012.02.03 
林檎に牙を:全5種類
いつもより少しだけ速度を落として歩く。
大事に抱えたクリームの塔が機嫌を損ねぬように。

リンファが抱えるバッグの中には、ケーキの箱。


少し遠出をした午後、長い帰り道に空きっ腹はとても耐えられない。
そんな時にケーキ屋の前を素通りなんて出来る訳が無く。
鮮やかに熟れたフルーツタルト、しっとり焼けたチーズケーキ、艶々のチョコレート。
飴色に輝くナッツや、ミルクを香らせる卵色のクリーム。
ショーウィンドウ越しに甘い誘惑。
無駄遣いは避けているのだが、今日は空も懐も暖かくてつい緩む。
散々迷って、林檎のミルフィーユ。

此れは此れで家まで耐えられず、家と逆方向の角を一つ曲がる。
ちょっと座る場所とお茶が欲しかったから。
「aventure」の宿はもうすぐだ。



「おー、リンリンらっしゃい!」
「奇遇ですね、嬉しいですv」
「私とっては違うわね……、予測は出来てたもの。」

塞がって不自由な手で事務室の扉を開ければ、やはりと云うか先客。
コーヒーのカップは二つ、
赤い髪の主人と、何も変わらない笑みを見せるカルロ。
其処に驚きは無い辺り、本音か如何か疑わしいとリンファは軽く言葉を返した。


此の二人が仲良いと知った時は、少しばかり驚きつつも妙に納得したものである。
カルロの毒が利かないのはリンファが知る中でバノックだけだ。
判っていても、歩き疲れた足は椅子を求めていたし早く食べたかったから。
例え、取り分のケーキが小さくなっても。

そうだ、別に彼に会いたかった訳では、ない。
誰に対してでもなく胸の中で呟いた。



「今日は両手に花だねぇ、俺も嬉しいー。」
「じゃあ、もう一人増えたらどうします?」
「んー、頭に飾るかね。」
「バノックはいつも頭に花咲いてるようなものじゃない。」
「アレ、リンリンてばどっちの意味ー?」
「両方よ、本当に髪に花つけてる時もあるし……」
「ああ、あれ可愛いですよねv」
「ハニーがやってくれんの。ん、何だ今日はケーキの日かぁ?」

リンファが箱を出すと、バノックの驚いた顔が輝やいた。
既にテーブルの上にも先客。
皿に寝そべった、食べかけのシフォンケーキが二人分。
さすがに此れは予測不能。

こう云う偶然ならば在り得なくも無いが、まぁ良いとする。
ケーキは幾らあっても歓迎らしいから。


「……ねぇ、バノックって一日中お茶してる気がするんだけど?」
「んなこと無いよ、俺ってばちょービジーよ?会計とか追われててさー。」
「肉体労働のシオンさん達の方が大変じゃない。」
「俺だって空き時間作ってやってるって……あ、コレ美味いわぁ。」

喋りながらも手を動かすのは忘れていない。
バターが香ばしいパイ生地が崩れれば、優しい甘さでクリームが溶ける。
間には煮詰めた砂糖の苦味。
透き通ったキャラメリゼの林檎を噛み砕いた。
ささやかでも何とも言えない幸福感には思わず溜息も零れる。
しかし、水を差す物が一つ。

じ、と無言のままで此方を見遣るカルロ。


「何、よ?」
「すみません、リンファさんの分無くて……」

何に対しての謝罪かと思えば。
意味を図りかねたが、彼が横目で見遣ったのはシフォンの方。
ああ、そう云う事か。


「別に要らないわよ……、ケーキなら一個で充分。」
「じゃあ一口、なら要りますね?」

言うが早いか、ごく自然にカルロがフォークを差し出す。
先にはシフォンケーキの欠片。
口付けるように唇に触れて、リンファが口に含むのを待つだけの距離。

……なんて自分勝手な解釈。


呆れ半分、吼える勢いで噛み付いた。
柔らかいくせに舌先を押し返す弾力は、ふわりと卵の味。

「美味しいですか?」
「んー……、」

肯定も否定もしようとはせず、曖昧な返事。
口に物が入っているからだけではない。
そんな心情をカルロが見透かしているのかは不明瞭だが、極上の笑み。


「いやん、なんか俺がドキドキしちった。」
「何でバノックが照れてるのよ。」

味なんてほとんど判らないままに喉へ押し込む。
あまりの甘さに胸焼けでもしそうだ。
ブラックコーヒーも気休めにならないほど。
多分、甘ったるさを感じているのは舌先ではなく気持ち。
気付かない振りで、リンファは今度こそ自分のフォークを握り直した。
頬を染めるほど可愛くはないのだ。



午後の陽光に晒された、隠し切れない感情と素顔。
まだ明るい空も、少しずつ風に冷たく薄闇を混ぜ始める頃。
リミットは静かに近付く。

それぞれの夜の顔など、今は何処にも見当たらなくとも。

2012.02.03 
林檎に牙を:全5種類
昼食が済んで2時間少し、そろそろ腹にも余裕が出来る。
身体が大きい分だけ許容量もあるバノックには仕事に身が入らなくなる頃。
空腹の足しに齧っていたテーブルのチョコレートも、残り僅か。
煙草も切れていては紛らわす事も出来ない。

「お邪魔します、お土産ありますよv」

だから、ケーキ持参でカルロが現れた時には思わず奇跡を信じてしまった。
調子が良い?
そんな言葉など言われ慣れている。


「バノックさん、視力弱かったでしたっけ?」
「ああ、コレは伊達よ。掛けてた方が気持ち引き締まるからさー。」

帳簿をつけていたバノックの指がフレームを弾く。
透明なプラスチックは反動で跳ねる、
其の下でカルロを見返す瞳も、楽しげに揺らいで。

「お待たせしました、まぁ一杯どうぞ。」

顔馴染となれば対応も慣れたもの。
トレイに乗せたコーヒーのセット一式、運んで来たのはコーニッシュ。
給仕が恭しく注げば、客はにっこりと返す。

「なんだよ、俺が頼んでも淹れてくれないくせにー!」
「セル兄はお客さんじゃないでしょ、てかシオンに頼みなよ。」
「いや、シーぴょん「2階の部屋にジョニーが生えてた」て殺気立ってたし。」
「あー……、」
「どちら様ですか?」
「うちの用語でカビのことです、命名はこのオーナー。」
「あ、ちなみにムカデがピエールねー。」

和やかに言っても食べる前にする話じゃない。
早々に切り上げて、コーニッシュは持ち場へと戻って行った。
とりあえずカップに口をつけて一息。

土産の包みを剥がすと、綺麗な焼き色のシフォンケーキが顔を出す。
コーヒーの温かい香りに甘さが混じる。
まだ冷め切っていないふわふわは少し切り難い、
温めたナイフを手早く一気に引いた。

「ちょうど甘い物食べたかったんだよなぁ、若旦那グッジョブ!」
「ありがとうございます、美味しそうに食べてもらえるのは最大の賛辞ですねv」

軽い口当たりでフォークは進む。
暫くは柔らかな甘みを愉しんでいたが、不意に話は変わる。

「ところで……、今日はバノックさんにお誘いのお話がありまして。」
「何よ?て、じゃコレって貢ぎ物?」
「半分は、ですねv」
「食べた後じゃ断りにくいじゃんー、話は聞くけどさ。」

尚もケーキを頬張りながらバノックの耳は傾く。
態勢が整うのを見計らって、懐を探るカルロの手は名刺を差し出した。
『秘密結社 ブラッディーローズ』
陽光を弾く漆黒の中、細い銀色の会社名が浮かび上がっている。

「最初は僕もスカウトされた身だったんですけどね……、実は副業始めたんですよ。」
「黒い名刺なんて初めて見た、エライ格好良い会社名やね。」

どんな時でも、飽くまでバノックのペースは崩れる事は無い。
他に言う事など山ほどあるだろうに。
四隅に描き込まれた薔薇と髑髏、存在感は洒落を通り越して物々しさすら感じる。
会社名に続いて明記されているのは住所、電話番号、
それから、

「もしかしなくても、この『魔弾公爵アシュトロス』て若旦那かぁ?」
「はい、僕の役職ですv」
「とりあえず偉いんは解った、うん。そんで、どーゆー会社?」
「そうですね…………、サービス業?」
「ちょーっと待ちぃ、なんで若旦那まで疑問系なんだよ。」
「主に、なんですけどね。遅れましたが、コレ見た方が早いかもしれません。」

テーブルの上でカルロが広げたパンフレットを覗き込む。
表紙に基調とされるのは鮮烈な黒と赤。
一枚捲れば、ゴスロリを纏った男女の姿が続く。
会社案内と云うよりはファッションカタログだと言われた方が納得する。

遅れながらも、雰囲気は違うがほとんど見慣れた顔が並んでいる事に気付いた。
馴染みの酒場の花形、其の相棒、そして目の前の茶飲み友達。
いつぞや共に杯を交わした、銀髪の妖艶な女性も。
初めて目にするのは金髪を結った華奢な男性くらいだろうか。
よく見れば、隅に小さく写っているクマとウサギも居たが。
つい写真にばかり気を取られながらも、バノックは案内の文章に目を通す。

「あー、何となく解ったわ。でも俺、キャラ的に耽美系ムリなんだけど大丈夫かね。」
「バノックさんには肉体労働の面でお願いしようと思いまして。」
「この『募集』のトコ?」
「はい、アットホームな雰囲気で楽しく働けますよ。質問とかあればどうぞ。」
「……ある。大事なこと訊いときたいんだけど、」
「何ですか?」


「そこに…………、制服はあるのかね?」
「勿論ですv」


めでたく交渉が成立したのは言うまでもなく。
晴天と平和とコーヒー、
それだけの日常なんて満足できやしないのだ、二人揃って。

2012.02.03