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林檎に牙を:全5種類


遠距離恋愛中の鷹とウサギ、女装癖の黒猫と従順な大型犬…
女×女、男×男の同性愛カップル達により織り成される日常。
アダムとイブになれなくても、此れを愛だと信じる獣達のお話。






キャラクター紹介(別窓)

*性描写を含む物はRが付きます。
*up



雪菜×早苗(♀×♀)
身長差/同級生/社会人×専門学校生
卒業を機に告白した事で「彼女」同士になった早苗と雪菜。
いつも一緒には居られなくても。
毒舌家な鷹とおっとりウサギの遠回りな恋。

*ウサギは何にも喋らない/告白
*捻り散らした花弁は淡桜/新生活
 <01>/<02>/<03>/<04>/<05>/end
*Cherry Soda Melancholy/高校三年生の春(1年前)
*違える花の名/一緒に居る為の隠し事



七海×秋一(♂×♂)
身長差/年下攻め/装丁家志望(男の娘)×調理師
昼はデザイン系専門学校生、夜は女装キャバ嬢をしている七海。
ある日、「捨て犬」秋一と気紛れで夜を共にしてしまい…
七変化の黒猫と一途な大型犬の慌ただしい恋。

*お洒落黒猫と遠吠え犬ブルース/初めまして(2年前)
 <01>/<02>/<03>/<04>/<05>/<06>/<07>/end
*オパールの恋人/好き?(2年前)
 <01>/<02>/<03>/<04>/end
*オスカーフレンズ/交際宣言(2年前)
*コバルトブルーの鍵/同棲スタート(2年前)
 <01>R/<02>不定期連載中
*I say nya-o/猫の日.2015
*Magic Rose Jam/口紅遊び

*パンプスを履いた猫/七海+烏丸/キャバ嬢になった訳(2年前)



拓真×遼二
体格差/年の差/製菓学校講師 助手×生徒(♂×♂)
行きつけカフェの「穏やかで笑顔が柔らかい店員」が自分の生徒になった。
助講師の拓真は、店と学校で違う顔の遼二に振り回されてばかり。
包容力豊かなクマと腹黒ヒツジの空回る恋。

*作品数が多いため別窓



一ノ助×蘭子(♂×♀)
体格差/幼馴染/大学生×高校生
親友に彼女が出来た事で、一人の時間を持て余すようになった蘭子。
幼馴染の一ノ助と距離が近付いたり、バイトを始めてみたり。
大雑把な虎としっかり者な文鳥の大人になろうとする恋。

*文鳥はフォークの上に/ケーキの時間
 <前編>/<後編>



楔波×和磨×紫亜
同級生/学園/3P/R18中心/高校生(♂×♂×♂)
学校で有名な不良双子と身体から先に始まった関係。
深く静かに恋愛感情が育ち始める楔波と紫亜、ペット扱いに一喜一憂の和磨。
ドS双子の蛇とゆるふわ龍の茨道な恋。
*はちみる の桜桃 愛さんとのコラボ企画です。

*作品数が多いため別窓

*Ginger&Mint/透子+和磨/君の幸せを願う
*Caramel&Honey/透子+和磨/君には敵わない



劇中劇
*焔のグラナイト/少年漫画、アニメ
*鬼門クラブ/少年漫画



頂き物
*青、藍、若しくは祝福/縹さんからの鞍吉君+和磨/イラスト
*World Vivid/和隆さんからのルビーさん+和磨/イラスト
*歓喜の毛並み/縹さんからの一ノ助/イラスト



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2020.12.31 
林檎に牙を:全5種類

illustration by ういちろさん


苺の甘ったるさは胸に火を灯す。
蕩ける感覚に軽い眩暈。

チョコレートはこんな使い方もあったか。

食べ物を差し出すと素直に齧る様が可愛くて、俺の方も癖だった。
それに美味い物は一緒に分け合いたい。
別に深い企みがあっての行動ではなかったのに、決して。


条件反射で喰い付いた辺り、今はパブロフの犬。
首輪をして大人しく躾けられている類などではありえない。
常々、ユウは小型の猛獣みたいだと思う。
気を抜けば唇を噛み千切られる。

牙を立てられて、血が絡むキスしか知らなかった頃を思い出す。
抵抗もせずにされるがまま。
勿論、今も時々は敢えてそれを味わう事もあるが同じじゃない。

あの頃はそれだけで満足していたのに。
甘いのも苦いのも全部知りたい、もっと欲しい。


「……ちょっ、待て、おあずけ。」

不意に縺れ合った舌が解ける。
掠れ声の訴えに、上目遣いで睨まれた。

他人を黙らせる迫力を持った目。
それすら可愛いと感じるので、俺には効かない。
元々こうも余熱で溶けかけでは尚更か。


「まだ、灯也のチョコ貰ってないだろ。」
「後じゃ駄目なん?」
「僕は今欲しいんだよ……、何か文句でも?」
「いや、そんなんじゃねぇけど。」

精一杯に冷静を装いながらユウは強がってみせる。
キスを止める言い訳じゃない。
甘い気分に浸っていたかったのはお互い様。

ただ、相手のペースを呑まれるようで癪なんだろう。
分かっているから大人しく従った。
ユウは凶暴な獣でもあるが、俺の手綱を引く主人でもある。
ひっそりと息を整えるのも見ないふり。


名残惜しく一歩下がって、用意してきた袋を差し出した。
中には綺麗な藤色のギフトボックス。

箱だけはきちんとした造りの良い物を選んできた。
チョコレートは食べたらお終い。
去年のバレンタインで贈った缶も裁縫箱に再利用してくれている。
此れもきっとユウの宝箱になるだろう。

蓋の下、肝心の贈り物は四角く並んだチョコレート。
華やかなピンクと比べれば外見はシンプル。
それで良い、違いは食べれば分かる。


「ん、どうぞ。」

今度も摘まみ取って、ユウの前に運ぶ。
二回目なので流石に警戒混じり。
食べない訳にもいかず、少し迷ってから口は開かれた。
指にも牙の先を突き立てながら。

口腔の熱で溶け出すチョコレート。
カルヴァドスが香る。

「……林檎の味がする。」
「当たり。」

チョコレートはスイートとホワイトを合わせた。
細かく砕いた林檎チップ、温めた生クリーム、洋酒でガナッシュ。
バットで冷やし固めたら一口ずつに切り分ける。
溶かしたチョコレートでコーティングして出来上がり。

林檎が好きなユウの舌には合う筈。
感想は訊くまでもない。
頬張ってゆっくりと味わう表情に、俺も少し口許が緩んだ。



痛いくらいだった熱は少し落ち着いて、今は温かい時間。
胸の火は弱くなってしまったが悪くない。

俺の胸にユウが背を預けて、立てた膝は割られて肘掛け。
椅子にされるお馴染の格好。
もうチョコレートと紅茶で寛ぐ事にしたらしい。
先程と違う甘さが漂う。

「あのさ、何で灯也はバレンタインにこだわったりする訳?」

紅茶を啜ると、溜息混じりに質問される。
ああ、訊ねられるだろうとは思っていたのだ。

去年まで「バレンタインなんか下らない」と認識していたユウの事。
女子が苦手なので貰っても軒並み断っていたらしいし。
俺の方は甘い物が好きだから、と云うのもあるが全てじゃない。
言葉に纏めると難しいけれど。


「そうだんべねぇ……、ずっと続くとは限らないから、と云うか。」

言い方を間違えたと自分でも思う。
弾かれるように振り向いたユウの目は刃物の鋭さ。
別れるかもしれない、なんて意味では断じてなかったのに。

そうではない。


バレンタインだけの話ではなかった。
毎年こうして一緒に過ごせるとは限らない事。

現に、お互いの両親だってわざわざ記念日を祝わなくなった。
時間や仕事や様々な都合。
夫婦として誓い合った男女ですらそうなのだ。

想いが通じ合ったら”その先”を考える時期。
いつぞや進路についても話した。
もう同じ制服で毎日会えるのは高校生まで。
ユウと気持ちが離れなくても、別々に過ごす日も増えていくだろう。

だから、今のうち出来る事はなるべく実行したい。
いつか後悔しない為。

それは種を撒くように。

会えない日があったとしても、思い出は花として残る。
ガラスケースに咲く薔薇と薊はまるでその象徴。
よく出来た偶然だった。
プリザーブドなら枯れたりしない訳だし。


「……来年も交換しない訳にはいかなくなったじゃないか。」

そう伝えたらユウは項垂れてしまった。
呆れたり怒ったりするかと思えば、予想外の反応。


「そりゃ、まぁ何貰っても嬉しいし、僕だってなるべく一緒に過ごしたいけど。」
「嫌じゃないんなら良いがね。」
「買いに行くのどんだけ恥ずかしいと思ってるんだよ?」
「でも用意しといてくれたんね、ありがとな。」

感謝を述べたのに、何故かユウは赤い顔で奥歯を噛む。
腹立たしげで乱暴な手つき。
今度は俺が林檎のチョコレートを口に突っ込まれた。


二種類のチョコレートを使っているので、口当たりは滑らか。
散々味見をしたので舌に慣れた風味だった。

けれど、一人で食べた時よりももっと甘い。

向かい合わせ、ゆっくりと首に回される腕。
先程の仕返しみたいに唇も重ねられた。
チョコレートだけでは口寂しくなっていたのだろう。
華奢な腰を抱き寄せて、俺も味わう事にした。

苺も林檎も、目を閉じるうちに溶けていく。
媚薬じみた香りだけ残して。



illustration by ういちろさん


*end


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2017.02.14 
林檎に牙を:全5種類
何と答えるべきなのだろうか、こうした時に。
確かに速度を上げている心音。
決して甘い意味などではなく、完全に動揺が原因である。

冗談だとしたら馬鹿にされているし、激昂しても良い場面。
しかし本気であるならば。
それはそれで更に困惑してしまう。
遼二に好意があっての事か、単なる性欲なのか。

真意が測れない以上、下手に動けなくなる。


「してみたい、って……」
「嫌なら早未が出てくか、おれを追い出せば良いよ。」

唇に触れたままで固まった指先、神尾の息が熱い。
そうして一歩詰められて、見下ろされる。
至近距離で揺れたピアス。

"今"だと暗に決断を迫られた。

まだ突き飛ばせる事は出来る、相手もそれで構わないと言う。
しかし、それは終わりを意味した。

神尾と言葉を交わすのは今日で最後になる。
きっと気まずくて音楽準備室にはもう来れやしない。
クラスも違えば階も違うのだ。
自然にお互いの存在は消え去って、何も残らないだろう。

そんな別れは何となく惜しかった。
神尾と過ごしている時の空気は居心地が良いと、認めざるを得ない。


それに危険なんてものは無い。
正直なところ、男が好きな遼二には据え膳と呼べる状況。
おいそれと公言できない性癖だ。
今を逃せば、もう同志に遭える事など無いかもしれない。

綺麗な顔をした神尾は人形のようで、危うい色香もある。
女でなくとも惑わされる者は居るだろう。

ただ食欲がそそられるかと云えば、遼二にとっては「否」だ。
全く好みではない事は断言できる。
生気があって肉付きの良い男に惹かれる性質なので、寧ろ正反対。

単に欲を満たすだけならまだしも。


「……それって、神尾の事好きじゃなくても良いんですか?」
「遊ぶだけなら恋愛感情は要らないよ。」

とうとう指先に濡れた舌が触れた。
熱いゼリーを思わせて、溶かされそうな錯覚。
遼二の呼吸が震えた。
引き込める事は許されない、今更。

伸ばされたままの手に、頬を擦り寄られて妙な気分だ。
猫が懐くような仕草で流れるように絡んでくる。
さらりと乾いて、冷たい触り心地の肌。

温めてやりたい、なんて考えるのもおこがましい。
そんな相手なら神尾には他に居るのに。


故に、引き寄せたのはそんな理由ではない。

熱なら布で隠された部分にある。
其処に触れたら彼はどんな声を零すのか。
自分の肌を味わった時、どんな表情をするのか知りたかった。




寒がりなので首元まで留めていたのが仇になった。
ボタンだらけの制服は開くのも一苦労。
逸る指先では尚更の上、そう注目されていると脱ぎにくいのだが。

学ランの方を開いたところで、シャツに神尾の手が伸びた。
手伝いなんて別に要らないのに。


一つ二つボタンを外され、顔を上げたら吐息が触れ合う。
キスするとしたら今が絶好。
遼二が顔を逸らしたのも、それが理由。

「……そーゆーのは、要らないです。」
「ん、そーゆー人多いよ。」

拒絶はあっさりと受け入れられた。
傷付いたり落胆したりする様子もなく、頷いて終わり。

キスを断られたのは遼二だけではないらしい。
そんな口振りだった。
シャツを開いていく手も慣れたもの。
そのままベルトまで外されて、浅く溜息を吐いた。



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2016.12.13 
林檎に牙を:全5種類
梅丸灯也とは正直なところそこまで仲が良かった訳ではない。
中学三年生で一度だけ同じクラスになった。

いわゆる”友達の友達”と云う縁。
カラオケ大会でグループ出場したのが去年の春。
その時だけ、休日や放課後に練習で行動を共にしたものである。

ホールから出てすぐ、足を止めて梅丸と向き合った。
ワックスでシャープな癖をつけた髪は陽に透けると赤くなる。
一重の吊り目は無表情になりがち。
こんなに突然の再会でも、あまり驚いたように見えない。


梅丸こそどうしてこんな子供向けのイベントに居るのか。
訊かなくても格好を見れば大体分かった。
筋肉質の細身には紺青のブレザー。

「そう云えば、梅丸君も早生学園でしたっけ……」
「ん、演劇部。一年だから裏方だけな。」
「そうですか、お疲れ様です。」
「出迎えの仕事終わるし、ちっとんべぇ待てるか?何か食うべぇ。」

梅丸からの誘いに、顔に出さないまま遼二は渋った。

軽く挨拶だけで済ませようと思ったのに。
対して仲が良かった訳でもあるまいし、何を話せば良いのか。


「連れが居るからまた今度」と断ろうとしたが、その台詞は使えず。
神尾と向き直ったら、軽く手を振って去られてしまった。
こんな人混みに呑まれると見えなくなるのも早い。

どうやら気を利かされたようだ。
それが却って今は忌々しい、後で文句を言ってやらねば。

神尾に逃げられた遼二は仕方なく曖昧に頷いた。
嘘の一つも吐けば良かったが、タイミングを失った後だ。
劇も終わって暇になったところ。
こうして過ごす相手が変わって、しばしの待機。


「急に悪ぃんね早未、ユウも一緒で良いか?」
「何、僕が居たら悪いみたいに。」

再び呼ばれた声に振り向けばもう一人増えていた。
それも、これまた見覚えのある顔。


煮詰めた砂糖に似た褐色の髪と、尖った雰囲気の吊り目。
小柄で華奢なので年下に見えるが彼も元同級生。
出席番号一番、嵐山悠輝だ。
中性的な整った容姿で目立っていた子である。

「嵐山君も久しぶりですね。」
「……どちら様?」

あからさまに訝しげ。
そう云えば、こうした人物だったか。

冷たいようだが仕方あるまい。
ただでさえ不愛想で人を寄せ付けない奴だった。
確かに、同じクラスの時も喋った事は無かったと思う。
忘れ去られていても当然と云うべきか。

こんなメンバーで和気藹々と食事、とはいくまい。
浅い溜息の後、遼二は苦笑一つ。
斯くして三人連れ立って、屋台の方へ移動する。



鉄板の上で卵色が流れて、ふわりと甘い匂い。
薄い生地は瞬く間に焼ける。
色鮮やかなフルーツやアイスクリームを巻けば、まるで花束。
いつもクレープの屋台は何処か華やか。

匂いに誘われて子供達が寄って来るので注文が途切れない。
三人もまた、屋台に足が勝手に動いてしまった。


「梅丸君と嵐山君、演劇部って意外ですね。
「別に……、従兄に誘われたからだし。衣装担当だから舞台に立つつもり無いよ。」
「俺もそこまで演劇に興味ある訳じゃねぇけど、結構楽しいんさ。」

素っ気ない嵐山に、前向きな返答をする梅丸。
一年生なんて入学して一ヶ月にも満たない素人なのでこんなもの。

せいぜい今回の舞台も手伝い程度。
二人だって出迎えの係なので、まだどうこう言える立場でない。
それでも演劇は芸術。
部員が揃って世界を作り上げる一体感は味わったようだ。


冷たいクリームが熱々のクレープで蕩けてくる。
流れ落ちないうちに頬張って、口数が少なくても問題無し。

神尾の綿あめを食べた後なので口の中がますます甘い。
かと云って、軽食タイプは食べる気が起きず。
クリームチーズに砂糖を振っただけのフレーバーにしておいた。
遼二には此れくらいシンプルな物で丁度良い。

梅丸が苺、嵐山が林檎。
食べる方に忙しそうな辺り、彼らも甘い物が好きらしい。

それなら宣伝しておいた方が良いだろうか。

「僕は部活じゃなくてバイト始めましたよ。」
「何処にしたん?」
「駅ビルの西側にある……「Miss.Mary」ってカフェです。」
「あぁ、知ってるかもしんねぇ。広間の近くだんべ?」

「Miss.Mary」はチェーン店を構える程のシフォンケーキ専門店。
喉を潤すよりは甘い物を楽しむ為にあった。
焼き菓子の良い香りを漂わせて、駅ビルの人々が足を止める。
お陰様で毎日繁盛していた。


良ければ二人で、と云う言葉は何となく躊躇う。

カップルや女同士なら気兼ねなく口に出来たろうに。
いっそどちらも一人の時なら同じく。
モノクロで落ち着いた雰囲気の店なので、男でも入りやすい。

では何故かと訊かれれば、遼二は少し困る。
中学校の頃からよく知っていた訳ではない梅丸と嵐山。
今誘えば「一緒に」と云う意味になる。
此の二人の事に踏み込んで良いのか分からなかったのだ。


嵐山を見ていれば、特にそう思う。
尖った態度で他人に興味無さそうな相手だったのに。

遼二と梅丸が二人になる事を阻むように着いて来た。
考え過ぎとも言い切れまい。
あれほど素っ気ない奴が誰かに執着するなんて。


視線を離していた隙、動揺した響きの声がして思わず振り向いた。
見れば何やら梅丸が嵐山に叱られている。

それでも決して緊迫した空気などではなかった。
怒っている嵐山を受け流している梅丸。
じゃれ合うような、慣れたような。
むしろ和やかさすら匂わせて、祭りの風景に溶け込む。

ああ、そう云えば。
嵐山が感情を露わにしているところなんて初めて見た。



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2016.11.30 
林檎に牙を:全5種類
片手にひとひら、紙切れが何と重い事か。
此処に詰められていた気持ちの所為。
折り目を付けてしまう事すら何となく忍びないほど。

山羊だったら読まずに食べてしまうところ。
しかし、遼二の持つ「未」の名は似て非なる羊。


そもそも紙を口にする嗜好なんて無いのだけれども。
下らない事ばかり考えて軽い現実逃避。
件の紙が視界に入る数だけ、今は密かな溜息を繰り返す。

用事なら早いところ済ませてしまうに限る。
学校の廊下、放課後は玄関口へ急ぐ生徒達で慌ただしい。
流れに逆らって遼二だけは階段を上る。
行き着く場所なんて一つ、まだ宛先が居る筈の洋菓子実習室。



「お邪魔しますよ。」
「邪魔するなら今は遠慮しろよ……」

形式としてノックはするものの「お入り」の承諾が無いまま扉を開いた。
そんな来訪に対して部屋の主は渋い顔。
コックコートの粉を払いながら咳一つ、拓真が視線を向けた。


生徒は楽しい放課後でも、職員はまだ仕事中。
今日の分が終わろうと実習は他のクラスで明日もあるのだ。
仕込みに授業の準備、やる事なら幾らでも。
手が離せない時は余裕が無くなる、たとえ恋人が相手であっても。

それに加えて、こうした場面での遼二は碌な事をしない。
何しろある時は腹を打ち据えられ、ある時は指を舐めさせられた。
拓真が一瞬身構えたのだって無理もない。

緊急の用でもあるまいし、それなら時間を改めるべきか。
けれど拓真には我が儘な遼二の事。
お構いなしに部屋へ足を踏み入れていく。
欲求を曲げるなんて頭にあらず、それなら最初から訪問なんてしない。


こうなれば遼二の気が済むまで付き合う覚悟。
諦めて仕事を投げ出した拓真は、少し疲れた雰囲気で寄る。
さて、何の御用時かと云えば。

「ラブレターです、保志さんに。」

そうして大事に運んできた紙を差し出した。
一言で表せば、随分と可愛らしい単語になるものである。
流石に拓真だって面食らう。
赤くなるなんて初心な反応ではなく、怪訝に。


「って、カフェのチラシじゃねぇかよ?」
「だから、一緒に行きましょうって意味ですよ。」

紙に印刷されているのは、先日オープンした店の名と自慢のメニュー。
シロップたっぷりのフレンチトースト、パンケーキやワッフル。
どれも洒落たティーカップの横、皿の上で澄まし顔。

デートの誘いなのだから、確かに間違ってはいない。
それならば遼二の気が重かった理由とは。
そこはチラシを入手した経路にある。
実のところ、此れは遼二に宛てられたラブレターだったのだ。


遡って数分前、教室での出来事。
「一緒に行こう」と誘ってきたのは、よく話すクラスの女子だった。

外面の良い遼二は女子に好意を持たれやすい。
優しさに妙な下心が無い為か。
同性愛者でも異性が嫌いな訳ではないので、子供や動物に対するものと似る。
それは甘やかされるような居心地の良さ。


薄々と感じてはいたが、いざ表に出されると困ってしまう。
受け取れない好意は迷惑になるだけ。
そして遼二は、彼女が振り絞った勇気に気付かないふりをした。

その瞬間、目にしてしまった陰りが焼き付いて離れない。
傷付けた方だって心が痛む。

それなのに、チラシだけ受け取って拓真のもとへ向かったのは。


「わざわざ今、持ってくるもんなのかコレ……、嬉しいっちゃ嬉しいけどよ。」

事情なんて知らない拓真が首を傾げる。
ラブレターの意味を呑み込んで、喜びも少し複雑そうに。

ああ、だって仕方ないじゃないか。

チラシのメニューを目にした時、遼二が真っ先に思った事。
拓真ならあれが好きそうだとか。
一緒に食べたいだとか。
気付いた時には、認めざるを得なくなっていた。

確実な速度で育っていた感情。
とっくに身体を繋げた後で認識するなんて。


「別に、嫌なら他の人とでも行きますけど?」
「……断らねぇの知ってて言うのやめろよ。」

意地悪に返されて、拓真が叱られた犬の表情で呟く。
そう、それで良いのだ。
いつだって遼二の方は振り回す立場で居たかった。

何しろ、そうでなくてはどうして良いのか分からなくなってしまう。


斯くして、ラブレターはお役御免。
我ながら酷い使い方だと自覚しつつも反省はしない。
デートの約束に浮かれる気持ちを呑み込んで、羊はいつもの眠い表情。



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2015.12.31