林檎に牙を:全5種類
タイトルは「バスルームガーデン」より(YouTube)。

*バスルームガーデン



朝から降り始めた外の雨はまだ続いているようだ。
窓が無い浴室からは聴覚だけが頼り。
空気の冴える夜にはよく響く、壁を隔てて闇が洗われる音。

濡れた手で栓を捻れば、シャワーで掻き消える。
狭い世界にも此処だけの雨。

ただし、それは部屋の住人である稲荷の手ではない。
ストロベリーミルクのマニキュアが似合う、ふっくらした指。
白と黒が行儀良く並ぶ鍵盤上で軽やかに舞う。
おっとりしているように見えて、音楽の事となると椿は別人。

気恥ずかしかったのは初めの頃くらい。
泊まりに来ている椿と風呂を共にするのも、何だかんだで慣れてきた。


そろそろふやけてきた稲荷の方は、骨っぽく長い指にアイリスブルーの爪。
アイシャドウが消えた吊り目は何処かあどけない印象。
そうして浴槽に深く細身を沈めながら、ぼんやりと椿を見ていた。

シャワーを止めれば再び染み入る雨音。
バスチェアに腰掛けている椿は、全身にフローラルを泡立てる真っ最中。
背中を洗うなら手伝うべきか。
呼ばれるのを待つか、声を掛けるか稲荷がしばし迷う。

けれど、彼女の手は不意に止まる。
足元に視線を落としたままで何か考え込む表情。


「昔読んだ本にこんなシーンあったな、と。でも本のタイトルが思い出せなくて。」

どうしたのかと稲荷が訊ねてみれば、そんな返答。
睫毛に雫を浮かせたまま此方へ振り向く。

「厳つくてお腹出た母親でも、泡の中で足の爪が綺麗だった……て文章。」
「そう……、知らないな。ごめんね、お力になれなくて。」

雨の夜、同性の恋人同士で一緒に入浴。
確かに傍目にはドラマチックかもしれない場面だろう。

かと思えば、そんな事情は無関係。
椿の記憶に触れたのは切り取られた日常の一つ。
ふとした時に「美」は光る。


真っ白なクリームに似た泡の中で艶めく色。
指先の可愛らしいピンクと違って、椿の足にはアイリスブルー。

湯船に並べた膝の水面下、稲荷の足にも甘いストロベリーミルク。
素足で戯れ合ったベッドで塗り合った。
ペディキュアは普段なら自分で選ばない色だろう。
それぞれ一番気に入っているマニキュアを交換した結果。

サンダルを脱いで久しい季節、素足を晒す事は少ない。
そこは他人に分からない場所。

見えない部分を選んだのは、その方が心音を躍らせるから。
後ろめたいなんて訳ではない。
秘密を愉しむ二人遊び、複雑で深い理由は要らない。


それはそうと「厳つくてお腹が出た」の形容詞が引っ掛かる。
まだ年若いのに椿がそこに自分を重ねたのは。

「椿ちゃん、やっぱりコンプレックスあるの?」
「まぁ、お腹はちょっと……胸見られるより恥ずかしいですよ。」

太ってはいないものの、乳房も尻も肉感的な身体つき。
前屈みでは余計に腹が弛んで見えるので、不自然なほど背筋は真っ直ぐに。
曰く、細身の稲荷と比べると少なからず自己嫌悪に陥るらしい。
同性の恋愛は憧れや劣等感が浮き彫りになる。

昔、棒切れのような自分が嫌だった稲荷からすればそんな事ないのに。
むしろ椿の方がよほど女性として魅力的に感じる。
白くて柔らかで、ふわふわした肌触り。

良い香りの泡に包まれて、何だかお菓子にも見えた。
とびきり甘い事なら知っている。


「ひざまずいて足をお舐め。」

熱で血色鮮やかになった椿の唇から、零れた言葉。
独り言の声量でも確かに響く。


どうした事かと稲荷が驚いた目をすれば椿も当然気付く。
今の言葉は無意識か、悪戯かは判別不能。
それでも色香を打ち払って、いつもの表情で笑う。

「いえ、さっきの本のタイトルですよ。」
「あぁ……、思い出せたのね。」

再び開かれた栓、シャワーで流して泡が溶け出していく。
熱い水滴を弾きながら濡れた裸身。


その時、稲荷の手を伸ばさせたのは衝動かもしれない。

浴槽からアイリスブルーの爪は狙いを定める。
どうしようもなく沸いた欲求。
バスチェアに支えられた、椿のふくらはぎを緩く掴んだ。

「え、あの……?」

呆気に取られつつも、椿は抵抗せず。
裸は今更でも片足を上げたものだから、色付いた付け根が覗く。
そこだって恥じらうのは今更でも。

引き寄せた爪先には、艶々と小さな菖蒲の花弁。

命令でなくても、こうしたいと心から思ったから。
躊躇う事など無く稲荷は口付けた。
自分自身から分かたれた色、愛しのアイリスブルーへ。


*end



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2015.11.16 
林檎に牙を:全5種類
既存の作品と繋がっていたり、独立していたり。
異性や同性の多種多様な関係。

*性描写、暴力描写を含む物はRが付きます。
*up

***
稲荷×椿/下着屋(♀)×大学生(♀)
*マシュマロチョコファッジ/バレンタイン.2012
 <前編>/<後編>
*鎧の下は永遠少女/続・マシュマロチョコファッジ
 <前編>/<後編>
*バスルームは女の子の魔法で出来てるの/お風呂
頂き物
*甘いメロディならチェリー味/縹さんからの稲荷×椿/イラスト

犬飼+梅月/女子校(♀+♀)
*マゼンタ逃避行/香りに惹かれて、と彼女は言った
*チョコレートブリッジ/アイスクリームショップ

キャットプラネット/地味っ娘(♀)+派手っ娘(♀)
 餌付け編/写真編

荊女王/大人になりたくなかった女の子の話(♀×♀)
<01>/<02>/<03>/end
*煉瓦の城/荊女王の結末

鳥籠魔女/囚われの魔女(♀)×不愛想な看守(♀)
<01>/<02>/<03>/<04>/<05>/<06>/不定期連載中

さえずる星屑/ストリートミュージシャン(♀)+受験生(♀)
<01>/<02>/短期連載中

相合バニラガール(お菓子+百合オムニバス)
*苺ショートの乙女/苺の食べ時(♀+♀) 
*チェリージュビレに火をつけて /サクランボの唇(♀+♀)
*満月ピーチタルト/ベランダで夜食を(♀+♀)
*ティラミス・トリップ/コストコ(♀+♀)

***

単発
*ドラキュリーナとランタン少女/ハロウィン.2012(♀+♀)
*Dr.ジキルとMrs.ハイド/昼と夜は別人(♀→♀/男性視点)
*燦然ドロップス/フリーマーケットで見つけた物は(♀×♀)
*言霊魔女/文芸部の毒舌顧問と中二病部員(♀+♀)
*憂鬱デネブ/七夕.2013(♀+♀)
*ジョーカーの掌/嘘吐きと正直者(♀+♀)
*逢ヶ魔時/瑠璃色/ノスタルジア/兄嫁とデート(♀+♀)
*ラプンツェルコンプレックス/髪を切ると決意した日(♀+♀)
*チョコレートの闇に残り火/親友の「彼女」の為に(♀+♀)
*深海カメリア /カメリアコンプレックス(♀→♀)
*パンドラ /エロ漫画家と喪女(♀→♀)
*唇にグースベリー/漫画家と女子高生(♀→♀)
*月に蜂蜜/真夏日の喫茶店(♀+♀)
*薄荷火刑/薬草使いの魔女と箒乗りの魔女(♀+♀)
*ティーカップは少女の棺/誰も好きじゃないあなたが好き(♀→♀)
*熟れないルビー/作家と吸血鬼(♀+♀)
*魔女は膨れっ面/ハロウィン.2014(♀×♀)

***


イラスト企画
絵師さんの描き下ろし創作イラストに、朔花が物語を創造して書かせていただく企画です。
随時募集中なので、もし興味ある方は拍手やブログコメント等から連絡下さい。
キャラから新しく作っていただきいて二人組、NL・GL・BL問いません。

*おやすみ、サリー R/棺の少年とドクターの永夜(♂×♂)
 illustration by こんな世の中(和隆さん)

***


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2015.11.16 
林檎に牙を:全5種類
焼き付いたメロディは朝になっても消えない。
キラキラしたギターと強い声。
夢の後味に思いを馳せてみれば、ほろりと甘く。

通勤通学で駅は慌ただしく、誰もが自分の事で手一杯。
小鳩が鼻歌を奏でても聴こえやしない。
ツグミの曲は音源も無くオリジナルなので覚えたて。
腰を落ち着けた電車の席、眠い朝に一人だけ愉しい世界に浸る。


「朝から機嫌良いね、何か良い事あった?」

不意の問い掛けに、声を呑み込んだ。
思わず止まった鼻歌の代わり、途端に煩くなる心音。

顔を上げたら小鳩と同じ濃紺のブレザー姿。
ああ、脅かさないでほしい。
聴こえてしまったのが友達でまだ良かった。


無造作なベリーショートの鈴芽は、スカートでなければ少年に見える。
快活そうなアーモンド形の目を真っ直ぐ向け、傾げた小首。
声変わり前の男子中学生に通じる可愛らしさ。

年齢より少し幼く見えるという点では小鳩も同じく。
黒いガラス玉を思わせる目に眼鏡、髪は白いシュシュで二つ結び。
何だかんだで楽なスタイルを貫いている所為。
洒落っ気が無い訳でもないものの、地味になりがち。

「鼻歌って聴かれると恥ずかしいよ?」
「スズメ、うっさい……」

言い返したところで真っ赤。
微量の気恥ずかしさを混ぜて、また一日が始まる。

指摘された通り、小鳩が浮かれていたのは事実だった。
今まで受験や将来なんて考えるだけで憂鬱を伴っていたのに。
三日後の塾を心待ちにしている現状。
星のように光る歌声に、すっかり魅せられてしまっていた。




コンビニ袋を提げた帰り道、何となく足取りが弾む。
学校と塾で頭を使い果たした後では体力も腹も空っぽに近い。
夜を賑わせる灯りを抜けて、駅の西口ステージへ。

ただ、今日はいつも通りじゃなかった。


ステージに立つツグミは何も持っていない。
その隣、演奏者は見慣れない男性。

年の頃は20代前半で短めの黒髪、奥二重の眼が冷たく硬い雰囲気。
袖を捲った筋肉質の細い腕に抱えているのはやはりギター。
しかし、ツグミの物とはまた違う。
アコースティックよりも薄く、メタリックな艶を持つエレクトリック。


趣向が異なる為か、立ち聞きの客も明らかに多かった。
歌い手達を囲む形で小鳩との間に壁を作る。
妙に遠くなってしまって、浮かれていた気持ちは急速に落ちていく。

あれは一体誰なのだろう。

不明瞭な感情が一滴。
インクを垂らしたように沁みて広がっていく。

やがて、ステージの二人が揃って一つ息を吸う。
吐き出した時には衝撃。
夜を震わせる声が、小鳩の呼吸を奪った。


繰り返し聴いて耳に馴染んだ物でなく、全く知らない曲。

きっと、例えるならば稲妻。
月も星も見えない真っ暗闇を白く染める。
そう云う類の音楽だった。
刺すように強くて痺れる声には、甘さの余地が無い。

何処までも綺麗に伸びるツグミに合わせ、熱を含んだ低音の男性。
混ざり合って深みを持ち、一つの歌となる。


駅の片隅、ただ小さなステージを賑わせるだけじゃない。
雑踏から切り取られて独特の世界を創り上げる。
観客達はすっかり魅せられていた。
好奇心で足を止める者にも、熱狂が伝染していく。

聴きたかったのは此れじゃないのに。

正直、戸惑いで不機嫌を抱えていたのも少々。
小鳩のそんな考えも粉々にしてしまった。




「今日はすぐ帰っちゃうの?」

やがて曲が終わっても、声を掛けられず。
夜食の入った袋をどうしようか。
何となく気まずくて帰ろうとした時、ツグミから呼ばれた。
小首を傾げて、サングラス越しに向けられる眼。

素直に喜べずに一瞬固まってしまう。
小鳩の胸には、尖った光が突き刺さったまま。


「あの……、お連れさん一緒でなくて良いんですか?」
「あぁ、カラスさん?一通り歌ったら帰るって約束だったから。」

言葉通りに振り向けば、ギターケースを背負って撤収する姿。
全体的に黒っぽいあの男性に「カラス」の呼び方は適していたろう。
尤も、本名とも思えなかったが。

其処を突けば小鳩も少し痛かった。
「ツグミ」は今だけの呼び方、目の前に居る彼女の本名すら知らないのだ。

知らない顔や声を見せられた後。
軽い縁で近付けて親しげにしていたが、実は雲の上の人ではないだろうか。
聴き慣れた曲だって勿論心地良かった。
けれど、あんなにも熱くなれる音を持っていたなんて。

あれは、カラスが隣に立ったからこそ引き出せた物。
歌えない小鳩は密かに奥歯を噛んだ。

もっと知りたいのに。


「ツグミさんって……、本名はどうしても教えられないですか?」
「そうだね……、ごめん。」

差し出がましいと思いながら、恐る恐るの問い掛け。
覚悟していたつもりでも返事はやはり否。
本当はツグミからの謝罪なんて必要なかったのに。

「素の自分だとあんまり優しくしてもらえないから、歌う時は決別するつもりでね。」

意味深な付け足しが陰を落とす。
寂しげな色を含んだ口調で、小鳩は少し息苦しくなった。
誰かに酷い事をされたのかもしれない。
訊ねても答えてはくれないだろう、見えない壁に阻まれて。

せめて、慰めてあげられたら。


ツグミの頭を撫でようと、無意識のうちに差し伸べた手。
それは、全くの弾みだった。
意図も悪意もあらず、魔が差したともまた違う。

驚いて身を竦めたツグミと、目測を誤った小鳩の手。
タイミングが重なって思わぬ事態は起きる。

「あ……ッ!」

指先で弾いてしまった黒いレンズ。
痛みに痺れて動かせず、ツルとの繋ぎ目に引っ掛かったのは事故。

硬質な音を立てて、サングラスが地面のタイルを叩いた。


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2014.10.06 
林檎に牙を:全5種類
中心街に面しているだけに駅の西口方面はいつも活気がある。
例え月も星も見えない夜であっても、散りばめられた光で溢れていた。
居酒屋が掲げるネオンの色なんて毒々しいくらい。
冬になれば街路樹はイルミネーションが灯り、冴えた闇を彩る。

毎週2日、夜遅くまで塾通いの受験生には有難い。
治安の悪化を辿る昨今、女子高生の独り歩きは危険と隣合わせ。
明るいと云うだけで幾分か安心する。

今夜も数字漬けになって解放される頃は9時過ぎ。
学校から直行したので制服のままだし、塾の前に齧ったパンも消化済み。
空きっ腹を抱えたまま電車に揺られるのは辛いものがある。
コンビニで夜食を買うまで帰れない。

下向きの溜息で怠い気持ちを追い出すと、二つ結びの髪が肩で揺れた。
首に当たるシュシュがくすぐったい。
落ちかけた眼鏡を指先で直して、小鳩は自動ドアを潜った。


大きな噴水の前を緩い速度で回るバスの群れ。
立ち並ぶビジネスビルやリゾートホテル。
仕事も遊びも揃った場所、夜を歩く人々は途切れない。

塾は駅前、駅ビル内も賑やかなので痴漢や誘拐犯も出まい。
ただ、一ヶ所だけ人気の無い地点も存在する。
コンビニ袋を提げた小鳩も此処だけは足が重くなったものだ。
通るのが怖かったのは、少し前までの話。

今ではすっかり塾帰りの楽しみ。
一歩ごとに近付く、ギターの旋律とハスキーボイス。


足を止める数人に囲まれ、歌声の主はステージの女王として立っていた。

奇妙な事に、夜だと云うのに流線型のサングラス。
鼻筋が通って唇は薄く、黒いレンズで隠されてもシャープな面差しが判る。
小鳩より年上には違いなくとも若い女だった。


アコースティックギターを掻き鳴らす骨張った長い指。
真っ直ぐに伸びた黒髪、毛先を胸元で躍らせながら活き活きと。

芯がありながらも囁くように優しいAメロ、Bメロ。
一転するサビは叫びに近い激しさ。
しかしながら、少しも不快に尖っていないのだ。

正面から歌声を浴びると、耳どころか胸を突き抜ける錯覚。
それが小鳩にとって何より血が沸き立たせる。
素直に沁み込む捻くれた歌詞。
キラキラした後味を残して、間奏で甘い余韻に浸らせる。


駅の西口にある一角は、路上ライブの為に設けられたスペースとなっている。
登録さえすれば誰でも朝から夜まで一定時間借りる事が出来た。

シャボン玉ショーやジャグリング、ダンスの集団。
特にストリートミュージシャンの大事な活動場所となっていた。
事実、地元出身のグループが幾つかデビューしている。

しかし、此の時間帯は不審者や質が悪い者も混じっていた。
一ヶ月ほど前、小鳩に絡んできた男もその類。

派手な色の髪に着崩したスーツ姿。
いつからか壁に凭れて座り込み、延々と歌なのか独り言なのか蚊の鳴く声。
「ホストのよう」が褒め言葉だったのは一昔の話。
賎業のイメージが強くなった今時、蔑称以外の何物でもない。

それまで見ないふりで素通りしていたが、此の日は違った。
ナンパやキャッチ商法のよくある手。
碌に面識もないのに、突然アドレスを書いた紙を押し付けてきたのだ。

そうして動けない小鳩を助けてくれたのが、ギターの彼女。


「こんばんは。」
「ええ、それと……いつもありがとう、小鳩ちゃん。」

一曲終わり、やっと言葉を交わして繋がりが生まれる。
話す時は歌よりも心地良い低音。
サングラスの目は見えないが、きっと笑っているのだろう。

下ろしたギターをケースに仕舞い込むと、近くのベンチまで移動する。
座り込んだ隣に並んで腰を下ろした。
小鳩がコンビニ袋を差し出せば、此処で休憩。
今夜の夜食はペットボトルのお茶とおにぎり、二人分。


助けてもらってから数日後、お礼を持って頭を下げに行った。
以来、夜食を共にする習慣は何となく続いている。
おにぎりに食い付くと、空っぽの身体に米の味が沁みた。

「今年は涼しくなるの早いね……」
「そうですね、路上ライブって冷えません?」
「ギターさえあるなら私は何処でも歌うよ……、雨でも雪でも。」
「ん、わたしも温かい物持ってツグミさんの歌聴きに行きますから。」

彼女が名乗ったのは「クロツグミ」。
音楽活動をする時だけの呼び方で、本名は小鳩も知らなかった。

黒鶫と云う鳥は雄だけが黒く、そして繁殖期に美しく囀る。
真っ黒な髪に、綺麗な声。
何処となく中性的な印象を受ける彼女は、確かに其方を連想させた。


女子高生に食べ物を貢がせているほど金に困っている訳ではない。
昼は学生、夕方にバイトを経て歌いに来ているそうだ。
それに最初の一回以外、対価なら貰っている。
ただし、それは金銭よりも小鳩にとって値打ちがあった。

「今日は何が良い?」

ペットボトルを傾けて喉を潤し、ツグミが問い掛ける。
食べ終わったら特別ステージ。
小鳩の為に好きな曲を一つ弾き語りしてくれた。

此のギターと声を一時でも独占出来る特権。
そう思うたび、小鳩の胸に星が瞬くような感覚が起きる。


言い表すならば、「一目惚れ」と口にしても良い。
恋に落ちるが如くファンになった。

歌が好き、夜食が美味しい、話すと楽しい。

それだけで充分過ぎると満足していた筈なのに欲は出てくる。
ツグミの目許を頑なに覆っている黒いサングラス。
未だに見せない素顔が気になっていた。
格好つけたいだけなのか、それとも自信が無いのか。

隠すからこそ価値が出てしまう。
知らないからこそ、知りたいと思う。

ただの好奇心なのか分からないまま、今も小鳩の中で息衝く事。



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2014.09.20 
林檎に牙を:全5種類
開けたままだった窓、風向きが変わった事を頬で感じた。

今日の空は泣き喚く駄々っ子を思わせる。
ずっと暗雲が居座っていた所為で、真昼から灯りが要る程だったのだ。
境目の見えない夜はいつから始まっていたのやら。

仕事中の机が濡れては一大事。
念の為に原稿用紙を避難させてから、作家は窓辺に立った。

昼も夜も家で筆を振るう生活で生白い肌、伸ばしっぱなしの黒髪。
釣り気味の双眸が涼しい面差し。
背が高く細身なので髪が短ければ青年にも見えたろう。
実際はそう若い訳でもなく、女性として円熟してきた年頃。


ガラスを閉ざす前、決まった癖で上空に向けて鋭い目を細めた。
見上げたところで今日は何も居やしない。
寝静まる時間でなくても飛び回る影など一つも無し。

いつも我が物顔で突き進む竜も箒も、こんな天気に挑むほど酔狂でない。
地上から足を離せばたちまち撃ち落とされてしまう。


荒れる外界と切り離されて、不自由が無い家の中はまるで箱舟。
職業柄ただでさえ籠りっぱなしの生活なのだ。
インクと紙さえあればどんな世界だって描き出せる。

勿論、手と頭だけ動かして生きている訳じゃない。
一人暮らしに足りるだけの食糧に、居心地良く温かな寝床。
常備薬の小瓶は魔女から補充したばかり。
ついでに大袋一杯のチョコレート。
雨をやり過ごす用意は万全、必要な物ならば此処に揃っている。


打ち付ける雨の中、ドアベルとノックの音が作家の耳を叩いた。
一人でも問題なかった空間は不意に壊れる。

騒がしい雨夜の訪問者など雨宿りか、それとも幽霊か。
否、寧ろ輝く月夜にこそ似つかわしい存在。
その正体を作家は知っている、そろそろ来る頃だと思っていたのだ。

「お久しぶりね、スノウ先生!」
「いらっしゃいローズ……、相変わらずのようで。」

傘を畳んで雨避けの赤いストールを纏った少女が家に踏み込む。
黒髪に大きな目が可愛らしく、年頃は10歳前後だろうか。

少女が呼んだ作家の名は、スノウ・ホワイト。
20年前から此の国でなかなかの売れっ子として知られている。
かつて「天才文学少女」と謳われた程。


処女作から耽美な作風を得意とするが、何も性描写ばかりじゃない。
口付けの表現だけで下手な官能小説よりも胸を熱くさせる。
妖艶ながら淡い色が似合う物語。
表現に幅がある文章は、歌のように読者の頭へ流れて光景を描くのだ。

故に、作風で読者から「理想像」を押し付けられる事が多い。
主人公と作者は混同されがち。

女性同士の恋愛を書けば、スノウを同性愛者だと決め付けて指を差す輩も居た。
そんな理屈は当て嵌まらない、馬鹿馬鹿しい。
では何故、男性の同性愛を描く作家は大半が女性なのかと問いたい。

雪の如く儚げな少女だって、年齢を重ねれば冷たく強かな氷の女になる。
良くも悪くも注目を浴びて人々に踏み固められた結果。
「白雪姫」なんて名前でも、三十路の今では継母女王の方が近い。
服など何でも良いと、黒いワンピースを着ている所為もあり。

ワンピーススタイルを好む女は無精者も含まれる。
一枚だけ纏えばそれなりに恰好がつくので、服を選ぶ手間が省けるのだ。


「趣味は悪くないけど、もっと良い服あるでしょう?」
「私が家で何着ようと良いだろ……別に、年相応だと思うけど。」

ローズが来た時点で今日は筆を置こうと決めていたのだ。
お持て成しは赤ワインとチョコレート。
杯と皿を運んで、テーブルに向かい合わせになる。

自分を美しく見せる事にローズは余念がない。
睫毛の長いアーモンド形の眼で、子供ながら華がある。
服装に対して言葉を投げるだけあって、いつでも気を抜かない。
長く柔らかな黒髪に映える赤いストール。
同系色のドレスで今日の装いは一見すれば赤ずきん。

尤も、実のところはそんな可愛らしいものではないのだが。

「先生ってお幾つになったのかしら?」
「34歳。」
「堂々と言うのね。」
「あぁ……、若い方が価値あると思ってる奴ほど年齢隠すよな。」

皮肉めいた笑いでスノウが唇を歪めてみせる。
それは最上級の嫌味だった。
子供ながら、慣れた仕草でワインを啜るローズに対して。
酒を味わう舌なら身に着いている。

出逢ったのは、まだスノウが若かった頃。
あれから何年経とうともローズの姿は全く変わらず。
否、年を取る事から逃げたのだ。

苦々しくスノウを睨む、真っ赤な瞳。
それは不死である吸血鬼の証。


今日、ローズを招いた理由は他ならぬ吸血鬼の取材。
次回作でのテーマに選んだ事で彼女の存在を思い出したのだ。
想像だけで世界は描けず、こうして様々な職種や種族に話を聞くのも仕事。

血を好む魔族はそれこそ世界中に居るが、種族も習性も枝分かれ。
此の近隣諸国に生息する吸血鬼は以下の通り。

噛まれた人間は漏れなく同族になる訳じゃない。
第一、人間を襲わなくても肉や魚を扱う店で血なんて簡単に入手できる。
仲間を増やすのは人生の伴侶を決めた時のみ。

スノウにとって、その習性こそが最も厄介なものだった。
昔、言い寄って来る吸血鬼に執着されて大変な目に遭ったのだ。
何しろ相手の男は色狂いの人外。
周囲の人間まで被害を受けたり、住処を変えたり、逃げ切るまで苦労した。


少女だったスノウは確かに美しかったが、それだけが理由でない。
作品に心酔するあまり、いつか彼女が老いて引退してしまう事を恐れたのだ。
永遠の命ならば筆もまた永遠に動き続けるだろうと。
そんな数十年も先の話をされても困ってしまう。
それに此の騒動で多大なストレスを受けたのだ、半年ほど何も書けなくなった。

虚しく雪として立ち消えるか、頑強な氷として書き続けるか。
あの時こそが作家人生の分岐点。
そして、スノウが後者を選べたのはローズのお陰でもあった。
他の吸血鬼を味方に付けねば勝てなかったのだ。


「わたしが言うのも何だけど……、永遠に美しく生きたいと思わないの?」
「嫌なこった、かったるい。」

チョコレートを齧りながら、軽々と一蹴。

「一生涯筆を握るつもりだけど、そりゃ果てがあるから出来る事だろ。
 何百年も続けるなんて御免だね。」

あれだけ精神が擦り減る事態は無かったのだ。
人間にとって魅力的な筈の不老不死も、スノウは嫌悪しか抱けず。
何年経っても首を縦に振るつもりなど無し。


「私は"人間だから"書いていられるんだよ。」
「別に辞めたって良いじゃない、いつだって。」
「……死ねっての?」
「作家じゃなくても良いから、わたしと生きる道だってあるわ。」

吸血鬼同士から生まれたローズにはまだ伴侶が居なかった。
外見こそ幼いままでも、独り立ちして長い。
共に歩く者なら男でなくても構わないのだ、スノウを選ぶ事だって出来る。


否応なく夜の住人となった少女に同情も一片。
けれど、ただそれだけ。

「お前が本当に欲しいのは母親じゃないのか?」

差し伸べられた手を取る訳にはいかない。
少し意地悪くも、突き刺した言葉は引き込めるつもり無し。
確信ならスノウの中にあった。

姿が変わらなければ心も育ちにくい。
幼い我儘を振りかざしても許されると、増長していた節がローズにはある。
子供のままで生きるには何かと不都合が生じがち。
だからこそ、甘やかし続けてくれる存在を必要としていたのだ。

申し出た真意はスノウの為でなくて、結局のところ自分の為。

指摘されては仕方あるまい。
張り詰めた沈黙は不意に解けて、ローズの負け。


「戯言失礼しました、先生。」
「そうだな……、じゃ、本題に行こうか。」

吸血鬼と作家は口許だけで笑みを交わした。
それでは、取材を始めましょう。

色褪せず世に残る傑作の為に。


*end



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2014.09.10