林檎に牙を:全5種類
誰かが寄り添って眠っていても、夢の中は孤独。
自分で作り出した支離滅裂な世界に一人きりで過ごさねばならない。

それが寂しいとは思った事は無いけれど。



低く唸って、目覚めれば放課後の音楽準備室。
滲んだ視界が落ち着かず、手探りのままに眼鏡を掴み取った。
うっかりレンズに触れてしまって少しだけ苦い気分。
押された指紋をシャツの裾で磨いてから、遼二は鼻先のブリッジを押し上げた。

そうして軋む身体を伸ばしたら、すぐ隣の体温に気付いた。
ずっと傍らで馴染んでいたもの。

いつもの話だ、触れ合った後で眠ってしまった流れ。


「お帰り。」

台本から目を上げて、神尾が言葉を掛けてくる。
しかし、まだ寝惚けているのは彼の方ではないだろうか。

「何ですか、お帰りって。」
「だって朝でもないのにおはようじゃ変だし、現実にお帰りって意味で。」

此処で「お帰り」なんて一声も充分に変なのだが。
突拍子もない言動は相変わらず。
そのたび返答に困ってしまう身にもなってほしいものだ。
神尾からすれば、彼なりの道理があろうとも。


聞いてないふりで、持ち込んでいたミニペットの緑茶を手に取る。
気怠さはぬるくなり始めた苦味で洗い流して。

潤いが染み渡れば思考も鮮明になってくる。
いつまでも浸っていたいのは山々でも、そうはいかないのだ。
迫り来る日暮れが帰宅を急かす。
不安定な足取りでは電車にも乗れやしない。

それに、今日のところはあまり良く眠れたとは言い難かった。
暇さえあれば微睡みに身を任せる遼二には珍しく。


「ちょっとうなされてたけど、怖い夢でも見た?」
「どうでしょうね……、覚えてないです。」

神尾の問い掛けに、小さな動揺を呑み込んだ。
寝姿を眺めていたのなら確かに多少は察してもおかしくないが。

居心地が良くてもブランケットがあろうとも、所詮はカーペットの上。
眠りが浅ければ夢くらい嫌でも見る時がある。
それも愉快なものとは限らず。

はっきりと内容を覚えている訳ではない、それは事実だった。
けれど夢の中まで知られたくないのが本音である。
深層心理が剥き出しになり、パレットで混ぜかけた絵具に似た混沌。
既に神尾には恥など幾つも知られて、弱みを握られているようなものなのに。

厄介事は半分眠ってやり過ごし、外面を良くして生きてきた遼二の事。
神尾にだけはどうしても遣り難い。

近付かない方が平穏なのではないかと思いつつ、妙に惹かれる。


「うなされてたの知ってた割りに、起こしたりしないんですね。」
「だって夢って映画観てるようなものだし。」

軽く嫌味を込めてみれば、そうきたか。
なるほど実に役者らしい返答。

「途中で止めちゃったら続きは二度と観られないし、勿体ないでしょ。」
「選べないし、好き好んで観てるものではないですけどね……」
「楽しめば良いのに。」
「寝る事自体は楽しいですけど、それとこれとはまた別ですって。」


惰眠を愛する遼二だが、夢を見る事に対してはそこまででない。
すぐ瞼が重くなるのは単に体質と云うか。

一方、神尾は作られた世界を大切にする。
良いものだけでなく、それが苦くとも狂気に満ちていても等しく。
そして彼にとっては夢も劇も同じ。
幕を閉じれば何も残らず消えてしまう儚さも、また愛しいと。

音楽準備室で眠る理由は二人とも少し違う。
やはり夢の中とは独り。
瞼を落とせば、その暗闇は自分だけのものなのだと。


「怖かったら、おれのこと呼んでもいいのに。」
「それは、お断りします。」

神尾の思いがけない言葉はいつも妙に心音を跳ねさせる。
何でもない表情で短い間に整えるものの、気付かれているかもしれない。
それでもやはり遼二は考えてしまう。

実際に呼んでみたら、神尾は何をしてくれるのだろう。

遼二が頷けなかったのは、心を開き切る事が出来ないから。
これ以上の弱みを晒してしまうのは躊躇われる。
恋人ではない、そもそも好みではない。
そうやって口に出さないまま何度も繰り返してきた言葉。

ああ駄目だ、まだ眠りの欠片が残っていては。
巡り出すおかしな思考に言い訳して、今日も停止する。



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2017.10.11 
林檎に牙を:全5種類
あの本で待ってる

ページを開いて、世界を広げて
そう遠くない昔話
ずっと此処に居るから、待ってるから

たとえ淡い幻だったとしても、忘れないで

  


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2017.10.11 
林檎に牙を:全5種類


ういちろさんから頂きました、大護です。
この子も交流でお世話になる予定で、こうして描いていただけて感謝!

俳優の父親にそっくりな息子、て設定により容姿は華やか。
ぼんやりイメージしていた以上に格好良く描いて下さって、もはや眩しい…!
これはモテますね、そんなオーラ出てます(゚Д ゚*)
どちらかといえば明るいし、アクティブなので付き合いやすい子だと思います。

ういちろさん、ありがとうございました!

2017.09.24 
林檎に牙を:全5種類
リビングの窓に差し込む陽射しが眩しくて、大護は目を閉じた。
昼食を待っている間、ソファーに身を沈めていると眠たくなってくる。
天気の良い3月の休日、普段ならバイクで出掛けるところだが。
こうして緩み切った過ごし方をするのも悪くない。

武田家のペット、ディアナも傍らで寛いでいる気配。
わざわざ瞼を上げなくても分かる。
専用のクッションに爪を立てて、しなやかに長い尻尾を伸ばしている頃。

しかし、彼女は猫などではない。


身体を覆うのは柔らかな毛皮にあらず固い鱗。
伸ばした指先に、棘状のたてがみがちくちくと軽く刺さる。
「月の女神」なんて優美な名前にしては、大変ワイルドな風貌をしていた。
ディアナと呼ばれているのはグリーンイグアナの事である。

一時は日本でもブームが来たとは云え、まだまだペットとしては珍しい。
猫ほどの大きさでも爪も歯も頑丈で外見は恐竜。
それにしては大人しく、簡単な言葉を覚えるくらい賢い面を持っていた。

爬虫類は寒さに弱いので普段は温度調節している飼育部屋。
暖かい時なら生活スペースに連れ出して、こうして共に過ごす事も。
子供の頃、恐竜が好きだった大護は特に可愛がっている。
勿論、家族で相談して決めたペットなので一人で世話している訳ではないが。


ふと、スリッパの足音で意識が浮上した。

それは少し奇妙な光景かもしれない。
見れば足音の正体は弟。
手にしている物が不自然なのだ、青々したキャベツの葉が一枚。


グリーンイグアナは草食、主に新鮮な野菜を与える。
てっきりディアナの餌かと思いきや。

「遥人、そのキャベツ何だよ?くれんの?」
「駄目です。」

不愛想な物言いだが、遥人だって意地悪で返した訳ではない。
よく見れば葉の上には違う種類の緑。
キャベツは飽くまで乗り物、元気に蠢く小さな青虫が居た。

ああ、そう云えば母親が台所で短い悲鳴を上げていたか。


恐竜好きだった兄は爬虫類に進化したが、虫好きな弟はそのまま育った。
来月から高校生だと云うのに子供っぽい。
今も庭へ逃がしに行くのでなく、飼育ケースを探している最中。
羽化するまでの数日間だけ観察する気らしい。

「幼虫の頃に触られ慣れていると、羽化してからも記憶持っているそうですよ。」

キャベツから指先に移して、軽く愛でながらそう言う。
蝶になるのか、それとも蛾だか。
虫は怖くないものの興味が無いので大護には区別がつかず。


「ところで兄さん、今日デートだったんでは。逃げられたんですか。」
「……アコが急にバイト入ったんだよ、フラれたんじゃあない。」

それこそが家に居る本当の理由、痛い所を突かれてしまった。
優等生に見えて口が悪いのは嵐山と似ている。
「デート」だなんてあからさまな単語を使う辺り、まったく嫌味な事だ。

年上の彼女はスケジュールが合わない事が多々。
大人なだけ余裕があり、我の強い大護も軽くあしらわれてしまう。

大護も来年には家を出る予定なので忙しくなるのはお互い様なのだが。
高校生活も今年で最後、思い返せば出来る事が増えたものだ。
アクティブな彼にとっては目まぐるしい変化。
彼女の事だって含まれるが、バイクの免許を取ってから行動範囲も広がった。


弟と云えば、昔から何一つとして変わってない気がする。
碌に身長も伸びておらず、首も腕も細くて生白い。

兄弟は他人の始まり、似ていないのは外見ばかりでないとつくづく思う。
顔も頭も良い筈なのにどうも雰囲気が辛気臭いのだ。
仲が悪い訳ではないが、趣味は合わないので必要以上に干渉しない関係。


「遥人、彼女欲しいとか思った事ないのか。」
「面倒そうですし、そもそも好かれても嬉しくないですし。」

これだ、実に色気が無い言葉を吐く。
思春期なんて異性の事ばかり気になってしまう者も居るのに。
遥人は浮いた話の一つも聞いた事が無い。
やはりまだ子供過ぎるのか、他人に興味が薄いのか。

「兄さんこそ、女の子と付き合うのってそんなに良いものでしょうかね。」

思いがけず、聞き捨てならない発言。
どうしてそんな事を。


「いつもスケジュールが彼女次第なんて不自由そうですけど。」
「お前そんな目で俺を見ていたのか……」
「いえ、皆そうでしょう?べったりしてる割りに壊れやすくて。」
「捻くれているな、随分と。」

苦笑の一つも返したくなる。
クッションで遊ぶディアナを撫でながら、大護は少し考え込んだ。

くっついたり離れたり、確かに世間一般の恋人同士はそんなものだろう。
一人は楽でも、独りでは居たくないのだ。
軽い気持ちの付き合いも経験があるので大護には否定出来ない。

ただ、今の彼女に関しては大護が惚れ込んだ。
最初なんて高校生では弟扱いで相手にもされやしなかった。
飢えるように欲しがって、どんなに苦しんだ事か。
それこそ忌々しい程の熱量。

深い仲になってからは大護から甘える形。
二人の時でしか見せない顔で。
こんな面が自分の中にあったと思い知らされるとは。

良くも悪くも、人は恋愛で変わる。


「…………あ。」
「何ですか、急に。」

そう云えば、今、気付いてしまった。

遥人と愛だの恋だのの話をしたのは初めてだ。
その時点で、もう今までと違うのだと。


「いや……、今度、家に友達連れて来るから。報告する事忘れていた。」
「唐突ですね。僕の許可なんて要らないでしょう、別に。」

全くだ、下手な会話繋ぎだったと大護も我ながら思う。
不意に話題を変えたのは単なる誤魔化し。

このまま話題を続けるのは何となく気が進まなかった。
頭の片隅で「兄弟間で語り合うものではないだろう」と呆れた呟き。
気付いてしまったからには無視出来ず。
くすぐったいような、妙な居心地の悪さで一杯。

続きがあるとしたら、きっと遥人が恋を知った時。


いつまでも青虫のままではいられない。
蛹を開いたら別の生き物。
忍び寄る春に溶かされて、変化は否応なく訪れる。



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2017.09.18 
林檎に牙を:全5種類
夕暮れが迫る頃、放課後の生徒会室はまた一人退席していった。
それぞれ仕事が終われば帰って良い日。
他の教室とも離れており、ただでさえ静かだった部屋に音が消える。

そう言い表せばいかにも窮屈そうな世界だが、実際には。

書面から視線を上げて見渡せば、ホワイトボードやファイルの山ばかりでない。
片隅には電気ポットに持ち寄りのカップがきっちり人数分。
おまけに良い匂いを漂わせるお菓子までも。

「武田君もその辺で終わりにしても良いからねぇ。」
「いえ、もうすぐ書き終わるので……」

そう言いながら伊東天満はカップケーキをつまむ。
今日のおやつも料理部の彼による手製、まだしっとりと温かい。
苺ジャムにバナナ、ナッツやチョコチップを散らして焼いたので種類も色々。


紺青のブレザーによく映える赤いパーカー、柔らかい栗毛。
一応は校則違反でないにしても目立つ。
ただ伊東の場合は何も格好の所為ばかりでもないか。
睫毛が長くて大きめの垂れ目は愛らしく、少女のように甘い顔立ち。

これで早生学園高等部の生徒会長だと云うのだから驚く。
見るからに生真面目な生徒が務めるものだと思っていたのだが。

威厳は置いといて、伊東が選ばれた理由は全くの謎でもない。
笑みを絶やさず人当たりの良い彼が居てこそ、堅苦しくならずに済んでいる。
そして指示が的確と云うか、人を使うのが巧いと云うか。
仕事に慣れてくるうち分かってきた事。


中等部と打って変わって高等部の生徒会は雰囲気が緩い。
仕事もきっちりこなすが、先程まで繰り広げられていたのは半ばお茶会だ。

周囲からの推薦で流されるまま決まったとは云え、拍子抜けしてしまった。
書記の一年生、武田遥人は聞かれないように溜息を吐く。
艶々した黒髪に退屈そうな猫目。
成長期前なので、まだ小柄で華奢な身体つきに制服は緩い。


実はベテラン俳優の息子と云う肩書を持つのだが、注目されるタイプではない。
昔から大抵、外交的で父親似の兄に人は集まるものだった。
お陰様で母親似の物静かな遥人は干渉されず自由にやってこられた訳だ。

平気で人前に立てる父や兄と違って、遥人は裏方の方が落ち着く。
生徒会の仕事も嫌ではないので淡々と。

それに早く帰ったところで、やりたい事がある訳でもなし。
彼氏彼女と約束があるからと去って行った役員達に対しても無関心の目。
放っておけばいい、どうでもいい。
人を好きになった事すらないので全くの他人事だ。


しかし、やはり切りの良いところで帰るべきだったか。
今日のうちに仕上げてしまおうとしたら遅くなってしまったようだ。
いつの間にか、引き戸のガラスに見慣れた人影。

ああ、また狼が出た。


「よぉ、伊東居る?」
「いらっしゃい白ちゃん。」

獣の耳みたいに跳ねた癖毛を覗かせて、呼び声一つ。
尖った形の目で生徒会室を見回した。
遅れてきた役員ではない、演劇部部長の白部である。

来訪する事なら伊東も分かっていたのだろう。
にこやかに招いて、お茶会に一人増えた。


伊東に声を掛けたものの本当に用があるのは食べ物の方だ。
空いた椅子に腰を下ろすと、白部はバナナケーキを無遠慮に食い付く。
伊東も気前良く葡萄ジュースを注いで飲み物の準備。
此処にあるカップの人数分とは役員だけでなく、白部も含まれている。

「がっつかなくて大丈夫だよぉ、白ちゃんの分も取っておいたから。」

赤いパーカーの伊東と狼に似た白部。
肩を並べると、何だか「赤ずきん」を思わせる組み合わせである。


「なぁ悪いんだけど。借りてたDVD、兄ちゃんに返しといてくんねぇ?」
「え?はぁ、別に良いですけど……」

ふと此方に向き直ると、白部が手提げを渡してきた。
彼ら二人も兄と同学年なので友人関係らしい。
だからと云って、その繋がりで遥人とも仲が良い訳でもないが。

それどころか正直な話、遥人は白部にあまり良い印象を持っていない。

こうして立ち寄っては、残り物のお茶とお菓子を喰い尽す。
演劇部は意外と体力を使うのでいつも空腹らしい。

生徒会室は休憩室ではないのだが、果たして良いのだろうか。
真似する生徒が後を絶たない事態なんてのも予測される。
最上位の権限を持つ伊東が許しているので、口を出す幕はないものの。
ご馳走するのは白部だけなのでよほど仲が良いのだろうけれど。


「白ちゃん、苺のも食べる?」
「ん、そんじゃぁ貰おうかね。」

ほんの数分、すっかり寛いだ白部は我が物顔にすら見える。
伊東の柔らかい空気に当てられた所為もあるか。
葡萄ジュースの筈なのだが、ワインでほろ酔いになったかのような。

伊東が自分の苺ケーキまでも半分に割り、気前良く与える。
けれど勧められるまま喰い付いたのは欲張り過ぎ。


「うわっ、ドロッと出た。」

勢い余ってか、溢れてきた苺ジャム。
まるでケーキが血を流したようでもあり遥人は密かに顔を顰めた。

片や、伊東は「子供のようだ」と白部の汚れた口許を笑う。
実に無邪気な声を立てて。
ご丁寧な事に、伸ばした指先でジャムを拭ってやった。

そのまま舐め取り、一瞬だけ覗かせたのは艶めいた愉悦。


あれを目にしたのは遥人だけだろう。
残り少ない役員達は、そもそも彼らの方など気にも留めず。

ああ、確かに気付かされた、全ての認識は逆さまだったのだと。

赤ずきんのお菓子が目当てで狼は通っていたのではない。
寧ろ、あれは罠だったのだ。
甘ったるい匂いで棲家へ誘い込み、食べられる為の。


「……白部さん、僕のも良かったら要りますか?」
「そりゃ勿論食うけど、どうした急に。」
「何だか、食べられなくなったと云うか。」
「意味分からんよ。」

こんなに手間暇が掛けられた罠、遥人がいただくのは申し訳ない。
毒なんて混ざっていないにしても。
しっかりと責任を持って狼に平らげてもらわねば。

偏見も無ければ興味も無い。
此れは赤ずきんと狼の物語だ、遥人はそっと舞台を降りた。



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2017.09.08