林檎に牙を:全5種類
広大な白い建物とそれ見合った駐車場。
行き交う買い物客も銘々に大人が乗れそうなカートを押しながら。
皆一様に、それだけ荷物は桁違いのサイズで山積み。

カードを提示しなければ入る事を許されない。
日常から少しばかり切り離された別世界。

「すっげぇ、アメリカンドリームだ……!」
「寺井、ハウスハウス。」

もう20歳にもなる大人の女が、今にも走り出しそうなはしゃぎぶり。
寺井の表情ときたらすっかり子供に戻ってしまっている。
片や、袖を摘まんで引き止める美沙は冷めた目。

コストコと云う場所は人々を妙に浮かれさせる。
友達と二人で買い物の筈が、美沙からすれば気分は犬の散歩。


いや、考えてみれば美沙も来るのは数ヶ月ぶりだったか。
高校生の頃に家族でカードを作っても、専門学校からは一人暮らし。
此処の商品は大抵が業者用の量。
買い溜め出来る物だとしても使い切るまで時間が掛かる。
アパートの収納スペースだって限られているし。

ならば、一人暮らし同士で分け合えば丁度良い。
片方がカードを思っていれば同伴可。
そんな理由で誘ってみたら、思いのほか食い付いたのが寺井だった。


剥き出しの天井に白く冷たい床、建物自体は意外と無機質。
目まぐるしく感じるのは膨大な商品のパッケージで彩られている所為。
此処では衣食住のほとんどが揃う。
配置は素っ気ないが、確かに目的なく歩いているだけでも楽しめる。

初めて来ただけに、寺井は視界に映るもの全てが珍しいようだ。
感受性豊かな丸い目を輝かせて。
右に左に向くたび結んだ長い髪が忙しく、まるで尻尾。

こんな彼女を見ている方が面白い。
はぐれぬようにと袖を引くままの美沙は笑いを堪えた唇。
冷静な保護者を務めて悟られないままで。
目付きや雰囲気が鋭く、涼しい表情を保つのは普段から得意手。


相談しながらカートに日用品を投げ込み、背が高い棚の森を抜ける。
彷徨う訳でないがそうこうする間に奥へ奥へ。
お菓子の家ならぬ、パンとスイーツのコーナーに辿り着く。

店内で作っている物ばかりなので、包装済みでも美味そうな色は鮮やかに。
透明なビニール一枚越しにご馳走の数々。
ガラスを隔てて厨房にも近く、焼けたバターの香りが鼻先をくすぐる。
車で来たので、トランクに積めばまだ荷物は増やせる。


「ティラミス買うけど止めないでね!」
「1kg以上もあるけどマジで?」

意気込む寺井に、美沙の返事は飽くまでも冷静。
ティラミスはコストコの名物に数えられ、客にも絶賛されている。
上一面にたっぷり降られたココアの平原。
白いマスカルポーネと黒いスポンジによる魅惑的なストライプ。

ただし、容器は洗面器ほどの大きさ一杯。
パーティサイズなんて言っている場合じゃない。

「いやー、スプーン突っ込んで食べるのやってみたくて。」

そんな事だろうと思った。
欲望に忠実と云うか、我慢の出来ない性分と云うか。
自己責任の上なら何をやっても構わないけれど。

しかし獣と表現してしまうには牙が無く、少しばかり不似合い。
やはり寺井はペットくらいで丁度良いか。

「だってやるでしょ、こんな立派なモン見たら食べずにいられないって。」
「止めはしないけど、忠告はするわ……、最初は良くても絶対食べきれないから。」
「ティラミスは”私をハイにする”って意味だよ、もっとテンション上げて行こうよ!」
「いつもハイなのにコレ以上どうしろと。」

どうにも温度差は変わらず平行線。
カートに積むか戻すか、売り場の前で迷う手。


「小分けに切って半分ずつ引き取ろうか……、今日うち来なよ。」
「あ、良いの?」

先に折れたのは美沙だった。

きっと、ただ忠告しただけでは効き目など期待出来ない。
そして喜び勇んで食い付いても、せいぜい10分。
やがては、ティラミスの容器を抱えたままスプーンを咥えて無口になってしまう。
そんな寺井の姿を想像して思わず溜息一つ。

奔放すぎる寺井にも何かと困ったものだ。
美沙が気に掛ける必要など無いのに、つい世話を焼いてしまって今に至る。


「美沙が居ると頼もしいね、いっそ一緒に住んでたら良かったのに。」

飽くまで明るく笑う不意打ちに、美沙の心臓が跳ねた。
ちょっと調子に乗りすぎだ、まだ言うか。
怒りはしないが流石に苦笑いが零れそうになってしまう。

ならば、此の言葉を返そう。

「うちのアパート、ペット禁止だから……」
「えっ?」


*end



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2014.06.30