林檎に牙を:全5種類
「絵が描ける」生徒だけで集まった普段の美術部は纏まりに欠ける。
各自好きなように活動して、出欠も自由。
課題作さえ期限までに仕上げれば問題ないと顧問が許可した結果だった。
団体競技の厳しい運動部からすれば、不公平だと愚痴られる事も。

ある程度の好き勝手を許しているのは、顧問自身も同じく。
出欠が自由なのは生徒だけでないのだ。


此の日、お喋りな部員が欠席している第二美術室は平穏だった。
校庭から運動部の声が遠く聴こえるくらい。
何しろ、まだ課題が発表されたばかり。
今から製作を始めるのは蟻のように真面目な面々である。
一方、期限間近でキリギリスが焦り出す頃は戦場めいた騒がしさ。

それから静かな理由はもう一つ。
第二美術室の奥にある扉、倉庫扱いの準備室に。

少し遅れて部活に顔を出したものだから、和磨は知らずに開けてしまった。
いつも隠れて喫煙している場所、ちょっと一服のつもりで。
先客が居る事はあっても、今日は驚かされた。


「えっ、あれ……?弥永先生、居たの?」
「…………居ちゃ悪いみたいに言いますね、アンタ。」

なるほど、流石に顧問が居てはお喋りも控えめになるか。
ただでさえあまり陽が差さない部屋。
影と同化していた叶に気付き、和磨は思わず肩が跳ねてしまった。


王林中学で美術を担当する弥永叶は、美術部の顧問でもある。
艶々した黒髪を重たげに伸ばした30代半ばの女性。

ロングスカートに重ね着している白衣はいつも絵具で汚れていた。
垂れ目ではあるが、どうも和磨のように優しげな印象ではない。
口許の黒子が映える生白い肌。
顔立ちも綺麗な方でも、気怠げで不機嫌そうに見える。


「巽君、私に何か用でも?」
「いや、用って程じゃないけど……」

愛想が無いので叶を苦手とする生徒も多い。
そこは黒巣も同じ筈なのだが、種類が違うのか何故かあちらは人気者。
淡々と突き付けられる低い声に対し、和磨は返答を濁した。
後ろ手でしっかりと煙草を隠しながら。

普段、人が立ち入らない準備室は和磨にとって喫煙所。
換気をしても窓の向かいは壁なので、誰かに見つかる心配も無い。

訝しまれる前に何とか誤魔化さなくては。
画集を借りに来たふりをして、適当に本棚から数冊抜く。
しかし無言はどうにも空気が重い。
煙草と反対側のポケットを探った指先が、飴玉を見つけた。

ダークレッドの紙に包まれた柘榴のキャンディ。
今朝フルーツ味を幾つか突っ込んだまま、すっかり忘れていた。


「飴あるけど弥永先生食べる?」
「要りませんよ、私には煙草あるもの。」

迷いもせずに拒絶され、叶は一本咥える。
ライターを鳴らせば赤い火。
紫煙を洗い流す為の窓を開けて、ふわりと吐き出す。

いつもならば、あの場所に立っているのは和磨だった。
何だか自分を見ているようで妙な感じ。

準備室を喫煙所にしているのは、持ち主の叶も同じ。
授業や部活以外は灰皿を傍らに此処で仕事をしているのだ。
お陰で、匂いが残っていても見破られる心配は少ない。

「……まだ何か?」
「えっ、いや……、失礼しました。」

足を止めていたら、煙を味わっていた唇が動く。
慌てて会釈して和磨は退散した。



成り行きで持って来てしまった画集は机に邪魔。
ハードカバー数冊分は厚く、それなりの重さと大きさがある。
休憩のつもりが余計に疲れてしまった。

今日は此処まで、と決めていた下書きなら済んだ。
絵具のセットは教室に置いてきたので取りに行くのも面倒。
画集を眺めたら適当な時間で帰るか。
そう思っていたけれど。

ふと途中で本を閉じた和磨が腰を上げる。
黙々と作業に打ち込む、とある背中が目に止まって。


「りょん君さ、弥永先生居るなら教えてよね。」
「訊かなかったじゃないですか。」

此方に視線を移さないまま遼二は応える。
ただし、意地悪く笑ったのを和磨は見逃さなかった。
彼もまた喫煙仲間。
一人煙草が見つかれば、其方も危なくなる可能性があるだろうに。

外見ほど柔らかくも優しくもない。
そう知っているのはお互い様、それだけに腹立たしい。


遼二も自分の事で手一杯なのは分かるけれど。
早めに作品を仕上げ、次の課題まで気楽に過ごすのが彼の遣り方。
目の前にあるキャンバスは既に色塗りの段階だった。
筆だけでなく、指先も赤や紫の絵具に染まって乾き始めている。

惹き込まれる色を見ていたら思い出した。
まだポケットに放置されていた柘榴。

「りょん君は飴食べる?」
「そうですね……、口寂しいですし。」

他の部員が耳にしたとしても、今の言葉を正しく理解したのは和磨だけ。
何だ、遼二も煙草が欲しかったのではないか。
準備室に入れなくて落ち着かなかったのだろう、きっと。


さて、飴を貰う事にしても如何したものか。

片手に筆、片手にパレット。
一旦止めるとしても、絵具が散らばった机では置き場がない。
その上、汚れた指では飴を摘まむ事も侭ならず。

「こうすれば良いんじゃない?」

一瞬考え込んだ様子の遼二に、和磨が助け舟を出す。
包みを解いて剥き身の飴玉。
甘い艶を持った深い紅色は宝石にも似ていた。
指先で拾い上げて、そのまま彼の口許へ押し込んだ。

手で摘まんだ物なんて余程の仲でもないと食べない。
本当は、そこまで親しい訳でもないのに。


不用意な事をしたかと思ったが、どうやら杞憂。
遼二は伸ばした舌で飴玉を口腔に引き込む。
軽く指まで舐められたのは、和磨の気のせいと云う事にして。

甘い柘榴で丸く膨らんだ片頬。
製作に集中して、硬くなっていた表情が少し解けた。

「まぁ、美味しいから別に良いです……、巽君じゃあんまり嬉しくないけど。」
「あんまり、なんだ……」

言い間違いではないと受け取っても良いのか。
ならば「嬉しい」自体は本心になってしまうのに。

それは、飴玉そのものの事でなくて。


「弥永先生、今週中は籠るみたいですよ。何か準備あるとかで。」
「そっか、じゃあ飴もっと持って来なきゃね。」
「次はグレープ味が良いです。」
「次もあるんだ、そっか……」

ポケットから同じく柘榴を探して、和磨も口に放った。
酸味の強さに唾液が溢れてくる。
反対側に隠したままの煙草、毒の代用品もまた秘密の味。



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2015.04.30