林檎に牙を:全5種類
ガラスケージの置かれた一角はカーテンが閉ざされ、真昼でも仄暗い。
感覚が鋭い方の梅丸は薄闇にすぐ慣れる。
凝視するうち、ハリネズミの輪郭を確かに捉える事が出来た。

そう云えば、ハリネズミなんて実物を見るのは初めてだ。
立ち耳に尖った鼻先は何処となくと犬にも似ている。
寝息で規則正しく上下する針山。
山の下半分ほどは布に隠れて、足は見えない。

きちんと布団を被って眠っているのが可笑しくて、思わず口許が緩んだ。
ハンカチ程度の大きさで、やはりハリネズミのマークまである。


illustration by ういちろさん


「うちのペット睨むのはやめてくれるか?」

大人しく眺めていたにも関わらず嵐山から苦情が一つ。
言い付け通り、触れたいのを我慢していたのに。

目を凝らす時は人相が悪くなりがち。
元から冷たい顔立ちの梅丸の場合、更に怖そうな雰囲気になる。
勿論、視線に憎しみがあるなんて嵐山だって本気で思ってないだろう。
ただ飼い主としてはあまり良い気がしないだけ。

「もう良いだろ、見えたのなら。」
「あぁ、布団使って寝てたんね。ハリネズミってこう云う習性なん?」
「……気にするな。」
「何なん……」

何の気なしに訊ねてみたら、不自然に口を噤んでそれきり。
まるで布団については触れて欲しくないかのように。
そんなところで壁を作られると、梅丸の方もどうしたら良いのか。

もっと眺めていたかったが、寝ているなら仕方ない。
嵐山に背中を押されるまま強制退去となった。




梅丸が足を伸ばせそうな大きさの浴槽、ライトグレーの壁は艶々した大理石。
やたら広くて綺麗な風呂場はホテルに来たような錯覚に陥った。

汗だくのままではどうしようもない、荷物を置いたら予定通りシャワーの時間。

それにしても、他所の家で裸になるのは何となく間抜けな感じである。
風呂が沸いてないので乾いて冷たい空間。
どうも落ち着かず、シャワーで手早く汗だけ流して終わり。

入浴前、嵐山も一緒にと誘ってみたら睨まれた。
乱暴にドアが閉められたら梅丸一人きり。
実のところ下心より、単に旅行気分での提案だったのに。
柄にもなく浮かれたところで突き落とされては、やり場が無くなってしまう。

荒々しく身体を重ねるだけで距離がある関係。
嵐山も歩み寄りたかったから、泊まりに来いと呼んだのではないのか。
今日くらい何か特別な事をしたって良い筈なのに。

ボディソープの泡に包まれているうち、気持ちの切り替えも済んだが。
風呂は心の汚れも落とす場所である。
それにラベンダーの香りはリラックス効果抜群。
とりあえず燻っている物を洗い流して、梅丸は風呂場を後にした。


脱衣所に待っていたのは、押し付けられた着替え。
「ジャージでウロつかないでくれ」と部屋着は嵐山が用意してくれた。
別にだらしない恰好をするつもりなんてなかったけれど。
主導権は彼にある、命令ならばただ受け入れるのみ。

畳まれていた布を広げてみれば、浴衣とは予想外。
ますますホテル染みてきた。

黒地に小さな白い梅が咲き零れ、帯の臙脂が引き締める。
今の時期ならそのまま外出しても可笑しくない立派な物だった。
洋服と違って身体にぴったりである必要が無いので、確かにカバーが利く。
わざわざ梅丸の為に購入してきたのか新品。

嵐山も家では和装が多いのかもしれない。
それとも、そんなに梅丸の浴衣姿が見たかったのやら。
戸惑いつつ湯上りの肌に纏って、スリッパに足を突っ掛けた。



illustration by ういちろさん

普段ワックスで癖がついた髪は湯を浴びた後なので項垂れたまま。
毛先から雫が滴って、襟には早くも水玉模様。

見栄えはしても部屋着、思ったより薄手なのでしっとりと肌に馴染む。
考えてみれば花柄を着る事になるとは初めてかもしれない。
モノクロなので男性でも違和感はないけれど。

「あぁ……、何だ、ちゃんと着れてるじゃないか。」

それは安堵なのか残念なのか。
浴衣姿の梅丸を目にして第一声、嵐山の真意は計りかねるところ。

「左前とか間違えるの期待してたん?」
「いや……、お前は和服なんて着慣れてただろ、剣道で。」

言葉の最後、何故か棘が刺さる。


嵐山が冷ややかな態度なのは、誰に対してもいつもの事。
それでも不機嫌からかそうでないかは違う。
踏み込んだ関係の梅丸には見分けがつくようになってきた。
此の場合は、前者であると。

情交は決まって放課後の旧校舎最上階。
帰宅部の嵐山なら兎も角、梅丸に部活を欠席させてまで。

故に、嵐山は剣道に良いイメージすら持ってないのかもしれない。
梅丸が自分に構う時間を奪ってしまう物。
いい加減、嫉妬心の強さを解かって来たのでありえる。

「ユウ、俺が剣道するん嫌なん?もう良いべ、引退したし。」
「だから言ってるんだ……、最後の試合の日、何で教えてくれなかったんだよ?」

今度こそ苛立ちを表に出して、重く静かに梅丸へ突き刺す。
どう云う事なのだろう。
自分なりの考察と噛み合わず、思わず訝しんだ。


試合の日なんて知ってどうするつもりだったのか。

どうやら梅丸の考察は間違っていたらしい。
しかし何処で、と辿ってみれば仮説が一つ浮かぶ。
むしろ最初から逆だったとしたら。

「……え、ユウ、応援来てくれるつもりだったん?」
「まぁ、観てやるくらいなら……」

梅丸の問い掛けには否定せず、視線を逸らす。
どうやら正解。


ああ、それは悪い事をしたかもしれない。

此処まで来て初めて心苦しさ。
ただ中学校で一区切りした訳でなく、完全に引退したのだ。
剣道をする姿は二度と見せられない。
もう全て終わってしまった後ではどうにもならず。

「……悪かったんね。」
「それならそうと訊けば良かったのに、って言っても良いんじゃないのか?」

すぐに梅丸が軽く頭を下げると、次に返された言葉は意外。
そもそも嵐山から訊ねなかったから起きた事態だと。
何だか自棄気味であっても、そう非を認めた。

もっと早く素直になれば良かった。
若しくは、梅丸からそうやって責められたいように。


「あーね……、けど俺、ユウに試合見られなくて良かったと思ってたんさ。」

梅丸も本音を明かせば、そんなところ。

確かに嵐山が試合を見たがるとは思ってもみなかった。
けれど、駆け付けると言われたらきっと困っていただろうと思う。
嬉しくない訳でもないのに。

「何だよ、そんなに僕に来られるの嫌って?」
「そうじゃなかんべ。俺、別に剣道好きじゃねぇし……
 ユウに見せられるようなもんじゃねぇから。」


本当は、心身ともに打ち込んでいたら決勝まで行けたかもしれない。
実力ならあるくせに適当なところで手を抜いていた。
たかが部活に没頭するなんて、面倒で。
クールと言われれば聞こえは良くても、冷めているだけ。

嵐山と関係を持ってから、欠席しがちだったのは梅丸の意志。
ただ我が儘に従っていただけではない。

一つだけ熱中出来るものを見つけたとしたら、それは嵐山の事だ。

惰性でも培ってきた剣道生活。
天秤に掛けるまでもなく梅丸は投げ捨てた。
こんな太陽に灼かれる日でも、嵐山の元へと真っ直ぐ飛んで行ける。

そう口に出したら、重いだろうか。


「ところで、ユウは浴衣着て見せてくれないん?」
「……後でな。」


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2015.08.29