林檎に牙を:全5種類
片手にひとひら、紙切れが何と重い事か。
此処に詰められていた気持ちの所為。
折り目を付けてしまう事すら何となく忍びないほど。

山羊だったら読まずに食べてしまうところ。
しかし、遼二の持つ「未」の名は似て非なる羊。


そもそも紙を口にする嗜好なんて無いのだけれども。
下らない事ばかり考えて軽い現実逃避。
件の紙が視界に入る数だけ、今は密かな溜息を繰り返す。

用事なら早いところ済ませてしまうに限る。
学校の廊下、放課後は玄関口へ急ぐ生徒達で慌ただしい。
流れに逆らって遼二だけは階段を上る。
行き着く場所なんて一つ、まだ宛先が居る筈の洋菓子実習室。



「お邪魔しますよ。」
「邪魔するなら今は遠慮しろよ……」

形式としてノックはするものの「お入り」の承諾が無いまま扉を開いた。
そんな来訪に対して部屋の主は渋い顔。
コックコートの粉を払いながら咳一つ、拓真が視線を向けた。


生徒は楽しい放課後でも、職員はまだ仕事中。
今日の分が終わろうと実習は他のクラスで明日もあるのだ。
仕込みに授業の準備、やる事なら幾らでも。
手が離せない時は余裕が無くなる、たとえ恋人が相手であっても。

それに加えて、こうした場面での遼二は碌な事をしない。
何しろある時は腹を打ち据えられ、ある時は指を舐めさせられた。
拓真が一瞬身構えたのだって無理もない。

緊急の用でもあるまいし、それなら時間を改めるべきか。
けれど拓真には我が儘な遼二の事。
お構いなしに部屋へ足を踏み入れていく。
欲求を曲げるなんて頭にあらず、それなら最初から訪問なんてしない。


こうなれば遼二の気が済むまで付き合う覚悟。
諦めて仕事を投げ出した拓真は、少し疲れた雰囲気で寄る。
さて、何の御用時かと云えば。

「ラブレターです、保志さんに。」

そうして大事に運んできた紙を差し出した。
一言で表せば、随分と可愛らしい単語になるものである。
流石に拓真だって面食らう。
赤くなるなんて初心な反応ではなく、怪訝に。


「って、カフェのチラシじゃねぇかよ?」
「だから、一緒に行きましょうって意味ですよ。」

紙に印刷されているのは、先日オープンした店の名と自慢のメニュー。
シロップたっぷりのフレンチトースト、パンケーキやワッフル。
どれも洒落たティーカップの横、皿の上で澄まし顔。

デートの誘いなのだから、確かに間違ってはいない。
それならば遼二の気が重かった理由とは。
そこはチラシを入手した経路にある。
実のところ、此れは遼二に宛てられたラブレターだったのだ。


遡って数分前、教室での出来事。
「一緒に行こう」と誘ってきたのは、よく話すクラスの女子だった。

外面の良い遼二は女子に好意を持たれやすい。
優しさに妙な下心が無い為か。
同性愛者でも異性が嫌いな訳ではないので、子供や動物に対するものと似る。
それは甘やかされるような居心地の良さ。


薄々と感じてはいたが、いざ表に出されると困ってしまう。
受け取れない好意は迷惑になるだけ。
そして遼二は、彼女が振り絞った勇気に気付かないふりをした。

その瞬間、目にしてしまった陰りが焼き付いて離れない。
傷付けた方だって心が痛む。

それなのに、チラシだけ受け取って拓真のもとへ向かったのは。


「わざわざ今、持ってくるもんなのかコレ……、嬉しいっちゃ嬉しいけどよ。」

事情なんて知らない拓真が首を傾げる。
ラブレターの意味を呑み込んで、喜びも少し複雑そうに。

ああ、だって仕方ないじゃないか。

チラシのメニューを目にした時、遼二が真っ先に思った事。
拓真ならあれが好きそうだとか。
一緒に食べたいだとか。
気付いた時には、認めざるを得なくなっていた。

確実な速度で育っていた感情。
とっくに身体を繋げた後で認識するなんて。


「別に、嫌なら他の人とでも行きますけど?」
「……断らねぇの知ってて言うのやめろよ。」

意地悪に返されて、拓真が叱られた犬の表情で呟く。
そう、それで良いのだ。
いつだって遼二の方は振り回す立場で居たかった。

何しろ、そうでなくてはどうして良いのか分からなくなってしまう。


斯くして、ラブレターはお役御免。
我ながら酷い使い方だと自覚しつつも反省はしない。
デートの約束に浮かれる気持ちを呑み込んで、羊はいつもの眠い表情。



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ BL小説へ
にほんブログ村


小説(BL) ブログランキングへ


スポンサーサイト

2015.12.31