林檎に牙を:全5種類
窓越しに見える中庭は、まるでガラスに閉じ込められた冬の園だった。
いつの季節も小さな池を囲んでそれぞれ花が咲き零れる。
まだ梅が見頃になったばかりの2月末。
桜は痩せ細った枝を北風に震わせ、寒さに耐えていた。

きっと今年も卒業式や入学式に満開は間に合わないだろう。
そう云うものだ、人はただ待つしか出来ない。
もう何度も見送ってきた花の色。


図書室の主、軽海はそんな事を考えながらカウンターから見回す。
程良い暖房で守られた空間。
皆コートを膝掛けにして、此処は一足早く春である。
そうして今日も平和な放課後。

ほとんどの生徒が一度は利用するであろう図書室。
ただ、常連の面々は覚えてしまった。
カウンター近くの出入り口、軽海に会釈してから思い思いに過ごす。

三年生なら尚更、すっかり見慣れた顔ぶれ。
それももう約半月までの事か。

卒業が近付き、めでたさと寂しさが入り混じる頃だ。
なかなか帰らないのは校内の風景を心に刻み込む為だろうか。
読書に耽っても、何処か切なげな雰囲気。


それから、軽海は知っている。
此処は学生達が逢瀬を愉しむ場でもある事。

目を向けてみた、左側の角。
あの場所をお気に入りにしていた生徒が変わった。
図書室でお得意様だった二組。
今は片割れずつ、忠臣と千紗が肩を並べて座り込む。


忠臣は校内で屈指の読書家だった。
三年かけてジャンル問わず読み漁り、貸し出しカードも何枚目だか。
もうすぐ居なくなると思うと何だか残念な気持ち。

片や千紗も読書家ではあったが、"好き"には違いがあった。
以前から視線で忠臣を追っていた事なら軽海も気付いていたのだ。
カードに彼の名が記された本ばかり借りて、共通の話題を作ってきて。
健気でもあれば、熱心さには恐れ入った。

どうやら想いは通じたらしい。
ただ二人で居るだけで、それまでとは雰囲気が随分と甘い。
中学生らしく初々しい恋愛の匂いをさせて。


忠臣の方は軽海ともよく喋るが、此の件に関しては普及せず。
そんな野暮な行為は美しくない。

そうした仲になったのも、単によく顔を合わせる所為だけでなかった。
忠臣は嫌味も目立って気難しそうな印象。
職員なので多少は軟化しても、親しくなるには時間が掛かる。

ああ、そうだ、それも隣に青葉が居たからこそ。

いつも行動を共にしていた相棒。
社交的な青葉が間に立っていたから、軽海も忠臣と繋がりが生まれた。

そして、千紗にだって相棒は居た。
長身で引き締まった佇まい、少年のような格好良さを持つ凛子。
彼女の方は付き合わされる形で通っていたようだが。


今や、どちらも図書室には顔を出さなくなった。
理由なら察しがついていた。
相棒の邪魔をしたくないと云うか、恋している表情を見たくないと。

好きだったから。

青葉も凛子も、それぞれ自分の相棒に恋をしていた事。
同性と云う枷の前に諦めた事。

何も軽海の思い込みでもなく、それが事実。
勘の良さなら自信があった。
伊達に大人をやっている訳でも、中学校生活を長年見守っていた訳でない。


そうそう、カップルならもう一組居たか。
今度は人気の少ない本棚の影へと視線を移してみた。

あちらは最近になってから通い始めた二人。
棚に隠れるようにして、茶髪の華奢な嵐山と赤毛で長身の梅丸。
やはり三年生、どちらも男子だった。

本を開いても文字を追う様子は無し。
暖かさに思わず欠伸をする嵐山が、梅丸の背中に寄り掛かる。

容姿だけなら嵐山は女子とも見紛うが、学ラン姿では間違えない。
カップルだと断言する根拠ならある。
うっかりと云うか、一度だけキスしていた場面を目撃してから。
他の生徒に見られてやしないか、軽海の方が少し焦った。

まぁ、それも一興。


目の前で起きている事だけに意識を傾ける。
わざわざ干渉しない。

触れない物を密かに愛でるのは愉しいものだった。
観客になる一人遊び。
静かでも、劇的な事など無くとも、此れはドラマ。



「軽海、貸し出しお願いしたいんだけど。」

名を呼ばれて、ふと意識を戻される。
しっとりと冷たく低い声。

カウンターを隔てて向こう側、綺麗な黒髪の女子が一人。
いつも眠そうな目は不機嫌で鈍く尖っていた。
そんな視線も悠々と受け止め、軽海は微笑を返すのみ。

「鈴華さんは相変わらず苦手なんですねぇ、僕の事。」
「良いから早くしてくれないかしらね。」

差し出されたカードが渡って、受付完了。
その際に指先すらも触れず。


軽海の席はカウンターの中。
観客は舞台に上がれず、此処から動けない。
そう、それで良いのだ。
傍観者の立場だからこそ皆一様に愛おしく思う。

物語は着々とクライマックスへ進んでいる。
日毎に満ちていく月のように。


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2016.05.27