林檎に牙を:全5種類
五月の空は雲一つない快晴、陽射しも夏に向けて強くなり始める頃。
桜が散れば春なんていつも短命である。

こんな陽気の下で制服姿は暑くて仕方ない。
部活動の場なので正装しなければいけないのだが、流石に限界。
北風より太陽とは良く言ったものだ。
紺青のブレザーを脱いで、嵐山はペットボトルのアイスティーを煽った。


すっかり暖かくなった姫ふじ公園は鮮やかな色の花々で彩られている。
冬にフリーマーケットで来た時とはまるで別の場所だった。
今日はそれだけでなく、はしゃぎ回る子供達の声で騒がしいくらい。

毎年GWには子供向けの祭りが開かれる。
ホールでは早生学園演劇部による舞台もあり、嵐山が居るのはその為。
今年の演目はピーターパン。
なるほど、こどもの日には確かに相応しい。

連休中にまで学校の面々と集まらなくてはいけないなんて。
今まで部活動や集団行動を避けて来た嵐山には面倒事ばかり。

衣装係なら裁縫だけしていられる、なんて浅く考えていた訳でもないが。
公晴に誘われなかったら縁が無かったのは事実。
ベテラン脚本家の孫だからって演劇に興味があるとも限らない。


とは云え、入学して間もない一年生は先輩達の手伝い程度だ。
出入り口で客に挨拶する仕事も終えたばかり。
撤収したら学校に戻らなくてはいけないので、今は貴重な自由時間。

だったら二人きりを楽しむべきだろうに。


「ユウ、悪かったんね。」
「分かってるなら最初から誘ったりするなよ。」

人目から隠れた背後、梅丸の手を抓った。
嵐山の指先は小さく尖った形。
これがまた大変痛い、された方は流石に涼しい顔立ちも歪む。
そのくらいでないと此方だって許せないのだ。

一仕事終えた空腹に屋台のクレープはご褒美。
ゆっくりと甘い物を味わっているのに、空気は少し尖っていた。

誘うな、の言葉は嵐山に対してではない。
寧ろ二人なら望むところ。
問題は、先程まで居た「三人目」の事である。


劇が終わって見送りの中、梅丸が観客に紛れていた男子を引き止めた。
黒羊のようなふわふわした髪に眼鏡。
「早未」と呼ばれていた彼は中学校の同級生。
三年生の時にクラスメイトだったが、嵐山からすれば記憶に薄い。

そもそも他人に興味が無いので顔と名前を覚えにくいのだ。
こんな曖昧な認識しかない相手と談笑とはいくまい。
一緒にクレープを齧ったのも短い時間、早未も察してか早々に去った。

後に残されたのは嵐山と梅丸、微妙な気まずさ。
本当なら二人きりを愉しむ筈だったのに。


梅丸にも付き合いがあるのは分かっている。
しかし、自分の知らない所で築かれたものだと思うと腹立たしい。
嫉妬だけは大きく膨れ上がる。

毎度なので梅丸だって勿論分かっているだろうに。
お仕置きを含めて受け入れているのだ。
執着される事が嬉しいと、いつだったか言っていた事を思い出す。
嵐山の方だってもっと求めてほしいのは同じなのに。

悪かったと思うのなら、願いの一つも聞いてくれても良いのではないか。


「ん、言ってみなね。」
「じゃあさ……、金魚すくい付き合ってよ。」

きっと多少の我が儘や無茶を申し付けても、梅丸は承知しただろう。
それでも今の望みはこんな事で充分だった。
先程の埋め合わせさえしてくれれば、他には何も。

相変わらず周囲には子供達や他の生徒達で騒がしい。
擦り抜けるように、そうして連れ立って金魚の屋台へ向かう。

ペットボトルを捨てて、クレープも腹の中、両手は自由。
敢えて繋がなくても一定の距離。
こうしている間にも過ぎていく自由時間が惜しい。

やっと梅丸と二人きり。


四角いプールの中、赤や黒は不規則に泳ぎ回る。
ホームセンターやペットショップに置かれた水槽とは違う印象。
真上から見る金魚は顔が判らない。
あまりにも鮮やかで儚げで、何だか幻想的にすら感じる。

「ユウ、どうしたん?」

声を掛けられても、ポイの柄を握ったまま嵐山は動けずにいた。
輪に貼られた和紙はまだ濡れてもいない。

一回100円だからと小銭を出した後。
愛らしい金魚は欲しくても、勝負もただ一度きりと決めた。
きっと欲が出て次々と挑戦したくなってしまうから。
賭け事は際限が無くなるから恐ろしい。


「灯也こそ何だよそのザマ、10秒で終わったじゃないか。」
「初めてやったんだから仕方ねぇべ。」

ポイを構えた梅丸は様になっていた。
運動神経が良い方なので、さぞ上手いと思いきや期待外れ。
しかし初挑戦ならこんなものかと勘弁してやろう。
いつも祭りは食べ物の屋台ばかりで、金魚すくいは眼中に無かったらしい。

かと云って、実は嵐山だって自信がある訳でもなかった。
動けずにいる本当の理由。

手先は器用だが、物を作る事に対しての場合である。
生き物を捕らえるなんて全く別の技術が必要とされるのだ。
梅丸に意地悪を言った手前、ますます下手なところは見せたくない。


着物の裾を翻すように、飽くまで優雅に金魚は水中を舞う。
不用意にポイを近付ければ鬼ごっこ。

踊り子を捕まえようとする事自体がとても欲深く思えてくる。
金魚達は此処に居てこそ映える錯覚すら。
人々の手に渡る為に生まれた命でも、行き先が金魚鉢では狭くて寂しい。

「あ。」

考え事をしていたものだから、つい手が滑ってしまった。
水飛沫が跳ね上がって少し驚いた所為もある。

哀れ、嵐山が振るう前にポイはプールに落ちた。



「もう一回やるなら俺が奢ってやんのに、あんなの無効だんべ。」
「良いって言ってるだろ、しつこいな。」

そう申し出る梅丸を引っ張りながら、金魚の屋台を後にした。
挑戦する前に終わってしまった狩り。
たった100円でも損は損。

恥も掻いたし未練は確かにある。
けれど、此れで良かったとも嵐山は思ったりもする。
後でまた学校に戻る事になるのだ、金魚なんて提げていられない。
幾ら祭りでも浮かれすぎにも程があるだろう。


つい赤い色に惹かれてしまう、昔から。
身に付けたりする物なら青や紫が好みだが、それとは違う意味合い。
理由なんて口に出せるものか。

見上げた先、陽射しを浴びて一際明るくなった梅丸の赤い髪。
毛先が尖っているので燃えているような錯覚すら。

惹かれたから欲しくなった。
再会するまで何年も探し求めていたのだ。
掴まえられたのは、奇跡に近い。


「どうせ奢ってくれるなら別の物が良いな、他の屋台行きたい。」
「ん、色々見るべぇか。」

集合時間までもう少し。

人々が入り乱れる祭りの会場は、あのプールに似ている。
狙いを定めた筈の金魚がどれだか判らなくなりそうな。
離すものかと、後ろ手で裾を摘まんだ。



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2017.05.13