林檎に牙を:全5種類
ウサギは鳴かないから飼い易いなんて人間のエゴでしかないのに。


「言わないから伝わんないのよ、あんたは。」

事実だからこそ投げられた言葉は鋭い棘になる。
全く以って仰る通り、頷くしか出来ない。
耳を塞いだって無駄な痛みが、東早苗の胸にじわり響く。



卒業証書と軽い鞄だけ持って、学校帰りに直行したカラオケ。
制服に袖を通すのも今日で最後。
高校生活も終止符、4月からは進学や就職の分かれ道。
嬉しくもあれば名残惜しくもあり。
混ざり合って、打ち上げも尚更に熱を上げる。
飲み干した酒を瓶底の一滴まで舐め取るような騒ぎ。

さも当たり前の如く、幹事は早苗任せ。
確かに構わなかったとは云えども、周囲から押し付けられた形。
頼まれたら嫌と言わない性格を知っての上。


「私がいつも助け舟出す訳にいかないのに、明日からどうすんの?」

隣を歩く高木雪菜が深みのあるハスキーボイスで続ける。
首を傾げると肩までの黒髪が一房零れた。
早苗を突き刺すアーモンド形の眼には強い意思。
けれども、冷たくはなく。

長身でしっかり者、いつも揺ぎ無いと思われる柔らかな雰囲気。
いつも早苗は周りに頼られがちだった。

一人きりで何でも受け止める事なんか出来る訳ないのに。
そうやって甘えられる度、無理して背負ってきた。
本当は泣きたい時も笑ってみせて。

そう云う時、気遣ってくれたのは雪菜が唯一の存在。


散々浮かれてはしゃぎ疲れた後。
帰り道に押し寄せる寂しさは寒さと共に沁みる。

細道の灯りに落ちる影は、二人の物だけ。
並んで歩く横を車が擦り抜けても、留まる事など無く消え去る。
エンジン音が遠ざかれば凍ってしまいそうな静寂。

澄み切った闇に、見上げてみた月は凛とした顔。
冬の夜を渡る風がパーティ気分を醒ます。
いつまでも熱気に浸れず、奪われれば眼前には現実。
巣立った後の新生活や将来?
否、それよりもっと手の届く近さに。

「何て返事した訳、あの告白。」
「……っあー……」

今まで閉ざされていた早苗の唇が、初めて重低音を零した。
折角触れないようにしていたのに雪菜は容赦無い。
もう良いじゃないか。
腫れ物だとしたら、潰した後なのだし。


酩酊感とは人を思い切った行動に至らせる。
それは、クラスメイトの男子が歌っていた時の事。
ラブソングの最中、全員の前でマイク越しに告白されたのである。

好意を持っている相手からならば感動的だったろう。
しかし、早苗にとっては全く反対。
当の男子も悪い人ではないものの、あまり喋った事も無かったのに。
正直、逃げ去りたい程の困惑に襲われた。

「で、お優しいあんたは付き合ってあげんの?相手に悪いから、て。」

意地の悪い言い方をされて、必死に早苗が首を横に振る。
ウサギの髪留めも外れてしまいそうな勢いで。

まさかそんな、幾らなんでも。
囃し立てられる中、流石に其の場では言葉が出てこなかった。
部屋から出て一対一。
決心を固めて「ごめんなさい」と頭を下げた。

本当の理由は、胸に燻って息苦しい。


全身を包む寒さが厚いコートの隙間から忍び込む。
疾うに感覚の消えた指先を握り締めて、居心地の悪さに耐える。

分かれる道は秒読みを読むまでに近付いた。
繋がりがあろうと、もう毎日会えない。
春から過ごす場所には見知った顔など無いのだ。


「……だって、わたし、女の子しか駄目だもの。」

まだ間に合う。
舐めて湿らせた唇で、早苗が掠れ気味の声を紡ぐ。

「それで……、雪菜が好きなの。」

故に、友達としての意味なんかじゃない。
震えた一息は白く染まり、跡形も無く夜に溶ける。
感情の波紋だけを残して。


「ごめんね、友達で居られなくて。」

沈黙を破る声は、先程よりも少しだけ低く。
雪菜よりもずっと高い目線を伏せる。
しかし彼女と絡み合う事など無く、寧ろ見ようとせずに。

「気持ち悪いって思うかもしれないのは、解かってるよ。
来週から家出る事になってるし……、もう、姿見せないから……」

此れは、打ち明ければ終わってしまう恋。

相手が同性である事は早苗にとって第一条件。
けれど、途方も無く大きな障害。

そんなものだ。

他人の我が侭を叶える事なら出来るのに。
早苗がそう振舞ったところで、誰が聞いてくれると?



「だから……ッ、何で"好き"の後がそうなるのよ?!」

腕を取られた拍子、早苗の視界を遮る涙が弾け飛んだ。
苛立ちすら混じった鋭い声。

「え?あ、あの……、だって……」
「何も今生の別れじゃないでしょ、隣街なんだから。
 免許持ってるし、いつでも車飛ばせるわよ……それに、」

一呼吸置いて、早苗を見詰め返すアーモンドの眼は真摯。

「本当は、あんたは如何したいのよ……、もう私と会いたくないの?」


いつでも変わらず平静を保つ雪菜が、哀しげに問い掛ける。
こんな表情をさせたくなくて、今まで告げられなかったのに。
また困らせてしまったようだ。
ならば、せめて素直な気持ちを口にする事が義務か。

「離れるのは仕方ない、けど、もう会えないのは嫌だよ。」
「……うん、私も。」

表情を解いて雪菜も穏やかに頷く。
それだけで、早苗の中で張り詰めた物を消していく。
此の気持ちが恋だと思い知らされる。

顔を見れなくなるのが嫌なのは互いに同じ、其れは確かな事。

けれど、そこまで確かめ合ってから解からなくなってしまう。
今まで突き放されるとばかり思っていただけに。
如何云う事を意味するのだろうか。

「えっと、まだ友達で居てくれる……、て事?」
「其れは無理。」
「ほ、ほら、やっぱり……!」
「だから、何で良い方向に受け取れないのよ……」


がくりと呆れた雪菜が苦々しく溜息。
取られたままの腕を、不意に強く引かれる。
ますます意味を図りかねる早苗の思考が飛んだ一瞬。

絡んで溶け合う真白の吐息。
冷えていた唇が重なって、熱を生む。

「私も、アズが好きって事……信じなさいよ。」

キスから覚めやらぬ伏せ気味の瞼。
最後の一手に、息が詰まった早苗から涙が溢れた。
コートの袖を握り締めていた手が開かれる。
放す為ではなく、背中を抱く為。


「お節介なくらい気遣いばっかしてるくせに、こう云うところ鈍いんだから。」
「ごめん、ね……気付けなくて……」

震えそうに冷たい夜の中。
分かれ道の前、泣き止むまで抱き合った。


感情を育てた三年間に別れて、もう友達だった時には戻れない。
もうすぐ離れる春が来る。
此処から踏み出したら、もっと気持ちは近くに。



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2012.03.01