林檎に牙を:全5種類
今年もチョコレートの祭典は終わって翌日。
キャンディとクッキーが控え、一月先まで準備期間の始まり。

まぁ、飽くまで男性の話だが。
友チョコなら交換で済ませてしまった椿には関係無し。
唯一、貰う側だったのは例のトリュフ。

美味しいと勧められておきながら、此れだけは開けられずにいた。
何となく勿体無くてリボンを撫でるだけ。
昨日の客全員に配られた一つに過ぎないのに。
なかなか頭が冷えてくれない。


昼食時、大学の食堂は騒がしいほど賑やかになる。
席を探しながら歩き回る椿が持つ定食の盆には、生チョコの箱も。
友人達のお陰で暫くデザートに困らない。

こんな時、席を確保してくれる友達の存在は有り難いもの。
遠くからでも目立つので手を振られなくても判る。


お団子に結った濃いキャラメル色の髪とヘアバンド。
大きな双眸は垂れ気味で幼い印象。
加えて、小柄で華奢となると同級生に見えない。
ナチュラルな天然石のアクセサリーは常に重ね着け。
砂糖菓子のように可憐な容姿に、スパイスの効いた民族衣装。

服飾専攻は個性的なファッションセンスが多い。
毎日ゴスロリの女生徒なら複数名居たが、エスニックと云えば透子が有名。
ランジェリーショップで働いている友達、も彼女の事。

透子も美人の部類に入るのだが、何しろ味付けが独特。
否、独特なのは服装だけではなかったか。

「ご機嫌いかが?」
「はいはい、席取りありがとね透子。」

何処か芝居掛かった口調と仕草。
珍妙と云うよりも、ごっこ遊びに興じる子供を思わせた。
元から浮世離れしているので、似合ってしまうのも透子の特権。
尤も、きちんとした場では改めているので友人間だけの面。
一年の付き合いで慣れた椿が軽く受け流す。


「ところで、良い物は貰えたかな?」
「うん……すごい太っ腹なんだね、あの店。」

口の中のコロッケを呑み込んでから、椿が深く頷く。
考えてみればやはり店側の割に合うまい。
ランジェリーショップで1,000円なんてすぐ飛ぶ。
一日だけの数量限定だとしても、椿が訪れたのは夜だったのに。

気掛かりだったもので、訊こうと思っていたのだ。
しかし、椿の返答は予想外だったらしい。
鰹出汁の香るうどんを啜って、透子が酸っぱい顔をした。

「そんなに喜ばれるとはね……」
「嬉しいに決まってるよ、本命チョコでも可笑しくない物じゃない?」
「あれが本命って、大胆すぎるだろう……しかも安っぽいし。」
「透子どんだけセレブよ、あんな高そうな箱入り……」
「え、サービスはおっぱいチョコの小袋だろう?」
「え、貰ったのはトリュフだったよ?」

噛み合わない会話に、歪みが発覚した。
瞬きしながら見詰め合って数秒。

如何云う事なのだろうか、此れは。

「椿ちゃん、そんなにおっぱいチョコが好きなのかと思ったよ。」
「違ぁう!ひどい誤解だよッ!」


冗談はさて置くとして揃って一呼吸。
お茶を飲んで、昼食を口に運びつつ落ち着いて話し始める。
椿から昨日の事を聞く透子は黙って考え込む仕草。

「職権乱用したな、稲荷さん。」

そうして、三日月に吊り上がった唇で一言零す。
何が面白いんだか。

「椿ちゃん、バレンタインが何の日か知ってるかね?」
「美味しいチョコ食べる日。」
「訊き方が悪かったね、失敬……本来は?」
「女の子が……好きな男の子にチョコ渡す日……?」
「サービスじゃなくて、椿ちゃんの為に用意した物だったら?」
「……ッ……!」

まさか、そんな訳。
都合の良い方向に受け取ってしまっても、構わないのだろうか。

今、指先まで震えそうなほど巡った感情は一つ。

「あ、有り得ないよ、色んな意味で……女だし、私……」
「同性だから惹かれる、って感情もあるだろう?」

喉が詰まったのは、透子の言葉を認めざるを得なかった為。
そうだ、あの人が女性だから見蕩れていたのは事実。
そもそも女性同士でなければ、ランジェリーショップで出逢わなかった。


椿が知っている事なんて3つだけだ。
苗字と、冷たい指先と、好きな物はあのトリュフ。

「だから、もっと知りたいって思ったら……其れが答えだろう?」

同僚なら、彼女の事をもっと知っているだろう。
訊ねればきっと教えてくれる。
透子を通じて紹介して貰う手段もある。

だけど。

「……稲荷さん、今日も居る?」

返事を出すのは一ヵ月後なんて心臓が持たない。
次に会ったら、まずは下の名前を訊こう。


*end

← BACK



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

2012.02.14