林檎に牙を:全5種類
「えっと、隣に越してきた東です……宜しくお願いしますね。」

一目惚れと云うのは、名曲との出逢いにも似ている。
其れは魔法の掛かった音。
前奏から惹き込まれて、ずっと耳を離れない。

岸透子にとって早苗はそんな存在に思えた、同性であっても。
新しい季節の始まりに。



長身ながら和柄のワンピースに包まれた曲線は女性的。
バレッタで纏められた黒褐色の髪に、色素の薄い肌。
唇から覗く大粒の前歯が目立ち、何処かウサギを思わせて愛らしい。
顔立ちも雰囲気も、柔らかで優しげ。

女の子同士の恋の歌なら幾つも作ってきた。
しかし理解があるとは云え、透子自身が惹かれる事になるとは。
性癖と作品が必ずしも直結するとは限らない。
もしもそうなら、成年誌の漫画家は全員性犯罪者になってしまう。
ただ、此の感情は曲に対するものと近い。

どれだけ夢中になろうとも、自分だけの物には出来ず。
留めておけなくても構わない。
声一つで、甘いものが広がった胸が躍る。


「……はぁ?お菓子食べてるからでしょ、ソレって。」

鼻歌混じりにチョコバーを齧っていたら、横から水を差された。
お陰で良い新曲が出来そうだったのに。
反論も面倒なので溜息で済ませ、パソコンのモニターから視線を移す。

素っ気無い声の主は爪を磨いていた由紀。
同居人、否、正しく表すれば居候。


互いの姉と兄の結婚により、幼馴染とは義理の姉妹になった。
とは云えど遊んでいたのも幼い頃まで。
中学校では既に別々の世界を築いて、細く長くの付き合い。

派手で男受けする由紀に、浮世離れした雰囲気の透子。
そもそも、全く違うタイプなのだから仕方ない。

大人になろうとする気持ちを逸らせる思春期。
友達より先に経験を済まそうとする空気の中、由紀も居た。
片や、作曲が好きな透子の恋人は電子の歌姫。
学校で喋る数人が居れば良く、興味以外は無関心を貫いてマイペースに。

進んだ道は裁縫の趣味でも。
車もあるので、家から通えない事もない距離の服飾の学校。
一人暮らしを選んだのは、望んだから。


其処に由紀が尋ねて来たのも今更だが、理由もあるにはある。
彼女もまた結婚を控えているのだ。
地元に居られるのも僅か。
数日だけでも、彼も親も居ない自由な時間が欲しいとの主張。

それを考慮したとしても、何故此処なのだろうか。
他に頼る友達だって居そうなものを。
昔の縁と家族の仲と云う事で承諾したものの。



「それよかお腹空いたんだけど、夕飯どーすんの?」
「あぁ、行ってみたいお店あるから其処で良いかな。」

何となく不遜な由紀の物言いにも、透子の返事は波風立たず。
刺さらない棘は簡単に受け流される。
居候なら作れと命令しても罰は当たるまいに。
尤も、由紀の性格上からして素直に従うとも思えないが。

そして、必要以上に他人へ踏み込まないのが透子の性格。
だからこそ此の数日間は平和に過ぎている。
同じ部屋で生活しようとも干渉せず、会話も多くない。


暦の上で春を迎えても夜は冷え込む。
外気の厳しさに備えて厚手のストールを肩から羽織った。
合わせ目は結ばず、蝶々のブローチ。
エスニック調の衣服を好むので、ゆったり身体を包まれる形の恰好。

故に尚更、由紀が薄着に見えてしまう。
デニムのホットパンツから突き出した脚はストッキングのみ。
寒そうだと思っても口に出さず。
此の場合の心配は寧ろ余計なものだと思う。
好きで着ている物に、他人があれこれ言うべきではないと。


「お店って何処行くわけ?」
「少し遠いけど「四ツ葉」って所、和風レストラン。」
「ふーん、何でも良いけど。」
「鶏じゃがが美味しいんだって、あと……、あっ!」

鍵を閉めながらの玄関先。
金属音を確かめた後、弾かれる勢いで透子が顔を上げた。
廊下の向こうから近付く足音と、長身の影。

「お帰り、早苗ちゃん。」

隣とは云え、思いがけず出会えて嬉しくなる。
掛ける声も無意識に緩んで甘く。

ただいま、と返される早苗の笑みは今日も柔らか。
友達に対してのものと解かっていても可愛くて仕方ない。
出逢って二週間ほど、顔を見るだけで夢中なのは恋の始まり。

「透子ちゃんは出掛けるところ?」
「そうそう、こないだ教えて貰ったお店行ってみようかと。」
「え、本当?!何か嬉しいな。」
「うん、気になったからネットでも見てみたら行きたくなって……」

唐突に、背後から腕を掴まれて途切れた会話。
透子が振り向くと、不機嫌な由紀の眼。
取り残された所為だけでなく。

「行くなら早くして、ここ寒いんだけど。」


ごめんごめん、と軽く頭を下げた刹那の事だった。

何処か意味ありげに笑った由紀。
気まずげに軽く瞼を伏せた早苗。

向き直ろうとした一瞬、それは確かに。
透子を挟んで交差した視線、淡くとも見逃さなかった。
二対の眼に混ざった色。

「…………」

それじゃまた、と部屋へ引っ込んだ早苗に手を振って。
隣室の扉が閉ざされる金属音。
其れは、冷たい廊下に言い知れぬ不穏を残して消える。


「……君らって、何か変な空気。」
「別に……、運転が透子ならあたし呑んでも良いでしょ?」

一歩先、顔の見えない由紀は既に違う話題。
頷き返しても曖昧に。
床を叩く靴音二つ、それぞれ違う重さ。


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2012.03.06