| Home |
車の行き交う大通りを一本曲がれば、空腹には堪らない場所。
週末のレストランは夕飯時を迎えて更に賑わっていた。
落ち着いた橙色の灯りの下は和やか。
それぞれの席にご馳走が並び、談笑が進む。
楽しむ為に必ずしもアルコールが要るとも限らなかった。
車が無いと不便な土地柄、酒のグラスは数える程度。
チョコレート色のテーブルに、四葉模様のランチマット。
此処の食卓はいつも春の色が料理を彩る。
和風レストラン「四ツ葉」、今日も盛況。
窓辺の席の注文は、鶏みぞれオムライスと肉じゃがコロッケ。
違う物を分け合うのは女性同士の愉しみ。
一杯に頬張ったものだから口許がソースでベタつく。
慌てて拭い去れば、向かい側。
早苗の仕草に、雪菜が鋭いアーモンド形の眼が和らげた。
「え、そんなに可笑しい?」
「別に?」
交わす一言も戯れ合う響き。
柔らかい空気に早苗が一息吐いたのは安堵。
実のところ、此処に誘うのは少し勇気が必要だった。
彼女にとっては。
「さーちゃん?」
全く隙だらけだった背後、聞き慣れた声。
独特の低音を持つ男のもの。
ああ、やはり遇ってしまったか。
此の事だって予測していなかった訳ではないのだ。
声を掛けられてからの一瞬、早苗の思惑など誰も知らないだろう。
覚悟を決めて小さく吐いた息。
振り返る時にはいつもの表情、けれど今は作られたもの。
「……秋くん。」
「あ、やっぱりそうだ。」
声と同じ柔らかさで笑う、一人の若い男。
チェックのネルシャツにジーンズのアメカジスタイル。
平均より頭一つ分ほど突き出る長身。
一瞬圧倒されても、すぐ雰囲気の穏やかさに溶け去る。
黒褐色の癖毛も優しい顔立ちも、早苗によく似ていた。
並ぶと血の繋がりは何より雄弁。
「アズの……お兄さん?」
「あっ、初めまして、妹がいつもお世話になってます。」
「紹介するまでもなく判っちゃう、よね。」
見比べて眉根を寄せた雪菜の問いに、早苗が正解と告げた。
5歳年上の兄、秋一。
そして此処「四ツ葉」の調理師でもある。
厨房に引っ込んでいるなら顔を合わせないとも思っていたのだが。
仕事上がりに夕食の約束でもしていたらしい。
誰、とは早苗達ではなく。
ふしゅ、と怪訝な空気が壊れる音。
吹き出したのは、秋一の隣。
口許に手を当てたまま小さく震える若い女性。
俯くと、艶めく黒髪が零れて水のように形を変える。
「ちょ、笑い過ぎだよ七海!」
「だって……、ねぇ?」
顔を上げれば、含み笑いで細められた眼。
早苗には何となく直視出来ず。
妙に緊張してしまう人なのだ、七海は。
調理も製菓も県内の専門学校と云えば、早苗が入学した乾学園。
同じく、秋一が卒業した所でもある。
それにしたって何年も前。
進学の為に家を出たきり、実家にあまり寄り付かなくなったと思えば。
此の恋人と離れたくないのが理由、らしい。
女性としては少し長身でも、秋一の隣では華奢に見える。
カラスの濡羽と呼べるミディアムショートの黒髪。
長い睫毛が縁取る、紫のコンタクトで染められた猫目。
コケティッシュな小顔は、確かに小さく優雅な獣を思わせた。
桜が咲いても、まだ夜は冷え込む春。
ロング丈のスプリングコートからレギンスの長い脚が伸びる。
露出している訳でもないのに艶っぽい美人。
仕草の一つ一つから微か匂い立つのだ。
成る程、純朴な兄が骨抜きにされてしまう訳である。
秋一から紹介されたのは、此方で暮らして間も無く。
自分も周囲も子供だった高校の箱庭。
巣立ったばかりの早苗に、大人との隔たりを強く感じさせた。
七海ほどの女性もそう居ないかもしれないけど。
それから。
「邪魔してごめんね、二人ともゆっくりしてって。」
「それじゃ、また今度ね。」
「あっ……」
「…………」
短な言葉でも、七海の低く綺麗な声は余韻を残す。
折角のディナーに長居は悪いと、早々に恋人達が立ち去る。
此方も"そう"だと、早苗は言えなかった。
雪菜との関係を問われなかったのは、当然過ぎた為。
妹が同年代の女の子と仲良く食事。
友達でなくて、他に何の回答があると?
同性ではそんなものなのだ。
雪菜と一緒に居ても、周囲から恋人だと見てもらえない。
それはそれで、また"異常"だと傷付けられる。
流石に家族から言われたくない。
仲睦まじい秋一と七海の姿に、淡くブルーになる。
あんな風に堂々と愛し合えない。
「大丈夫よ。」
そこまで口にすると、返された言葉は一つ。
二人が消えた後も難しい顔のまま無言を決めていた雪菜。
「同性だから……とかは、もう何度も言い合ったわよね。」
「そ、だね。しつこいくらいに……ごめん。」
「一緒に居る事が最優先だもの、私は"友達"の蓑被るの何でもないわ。」
「……うん。」
こう云う時、詰まった喉は言葉を失う。
だから、いつも頷くしか出来ず。
泣きたいくらいの感情で。
「それに蓑も色々あるわ、私の読みが当たってるなら向こうも同じよ。」
「……え?」
終わりかと思えば、雪菜が続けた言葉は不可解。
溢れないまま涙が疑問で乾く。
如何云う意味なのだろうか、其れは。
「多分……あの人、男ね。」
「うん、秋くんは男だよ?」
「そっちじゃなくて。」
「…………えッ?!」
別れに出会い、喜びに哀しみ、全て優しく包み込む春。
そして驚きも加わって。
桜色の中、刺激が弾け続ける。
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村
週末のレストランは夕飯時を迎えて更に賑わっていた。
落ち着いた橙色の灯りの下は和やか。
それぞれの席にご馳走が並び、談笑が進む。
楽しむ為に必ずしもアルコールが要るとも限らなかった。
車が無いと不便な土地柄、酒のグラスは数える程度。
チョコレート色のテーブルに、四葉模様のランチマット。
此処の食卓はいつも春の色が料理を彩る。
和風レストラン「四ツ葉」、今日も盛況。
窓辺の席の注文は、鶏みぞれオムライスと肉じゃがコロッケ。
違う物を分け合うのは女性同士の愉しみ。
一杯に頬張ったものだから口許がソースでベタつく。
慌てて拭い去れば、向かい側。
早苗の仕草に、雪菜が鋭いアーモンド形の眼が和らげた。
「え、そんなに可笑しい?」
「別に?」
交わす一言も戯れ合う響き。
柔らかい空気に早苗が一息吐いたのは安堵。
実のところ、此処に誘うのは少し勇気が必要だった。
彼女にとっては。
「さーちゃん?」
全く隙だらけだった背後、聞き慣れた声。
独特の低音を持つ男のもの。
ああ、やはり遇ってしまったか。
此の事だって予測していなかった訳ではないのだ。
声を掛けられてからの一瞬、早苗の思惑など誰も知らないだろう。
覚悟を決めて小さく吐いた息。
振り返る時にはいつもの表情、けれど今は作られたもの。
「……秋くん。」
「あ、やっぱりそうだ。」
声と同じ柔らかさで笑う、一人の若い男。
チェックのネルシャツにジーンズのアメカジスタイル。
平均より頭一つ分ほど突き出る長身。
一瞬圧倒されても、すぐ雰囲気の穏やかさに溶け去る。
黒褐色の癖毛も優しい顔立ちも、早苗によく似ていた。
並ぶと血の繋がりは何より雄弁。
「アズの……お兄さん?」
「あっ、初めまして、妹がいつもお世話になってます。」
「紹介するまでもなく判っちゃう、よね。」
見比べて眉根を寄せた雪菜の問いに、早苗が正解と告げた。
5歳年上の兄、秋一。
そして此処「四ツ葉」の調理師でもある。
厨房に引っ込んでいるなら顔を合わせないとも思っていたのだが。
仕事上がりに夕食の約束でもしていたらしい。
誰、とは早苗達ではなく。
ふしゅ、と怪訝な空気が壊れる音。
吹き出したのは、秋一の隣。
口許に手を当てたまま小さく震える若い女性。
俯くと、艶めく黒髪が零れて水のように形を変える。
「ちょ、笑い過ぎだよ七海!」
「だって……、ねぇ?」
顔を上げれば、含み笑いで細められた眼。
早苗には何となく直視出来ず。
妙に緊張してしまう人なのだ、七海は。
調理も製菓も県内の専門学校と云えば、早苗が入学した乾学園。
同じく、秋一が卒業した所でもある。
それにしたって何年も前。
進学の為に家を出たきり、実家にあまり寄り付かなくなったと思えば。
此の恋人と離れたくないのが理由、らしい。
女性としては少し長身でも、秋一の隣では華奢に見える。
カラスの濡羽と呼べるミディアムショートの黒髪。
長い睫毛が縁取る、紫のコンタクトで染められた猫目。
コケティッシュな小顔は、確かに小さく優雅な獣を思わせた。
桜が咲いても、まだ夜は冷え込む春。
ロング丈のスプリングコートからレギンスの長い脚が伸びる。
露出している訳でもないのに艶っぽい美人。
仕草の一つ一つから微か匂い立つのだ。
成る程、純朴な兄が骨抜きにされてしまう訳である。
秋一から紹介されたのは、此方で暮らして間も無く。
自分も周囲も子供だった高校の箱庭。
巣立ったばかりの早苗に、大人との隔たりを強く感じさせた。
七海ほどの女性もそう居ないかもしれないけど。
それから。
「邪魔してごめんね、二人ともゆっくりしてって。」
「それじゃ、また今度ね。」
「あっ……」
「…………」
短な言葉でも、七海の低く綺麗な声は余韻を残す。
折角のディナーに長居は悪いと、早々に恋人達が立ち去る。
此方も"そう"だと、早苗は言えなかった。
雪菜との関係を問われなかったのは、当然過ぎた為。
妹が同年代の女の子と仲良く食事。
友達でなくて、他に何の回答があると?
同性ではそんなものなのだ。
雪菜と一緒に居ても、周囲から恋人だと見てもらえない。
それはそれで、また"異常"だと傷付けられる。
流石に家族から言われたくない。
仲睦まじい秋一と七海の姿に、淡くブルーになる。
あんな風に堂々と愛し合えない。
「大丈夫よ。」
そこまで口にすると、返された言葉は一つ。
二人が消えた後も難しい顔のまま無言を決めていた雪菜。
「同性だから……とかは、もう何度も言い合ったわよね。」
「そ、だね。しつこいくらいに……ごめん。」
「一緒に居る事が最優先だもの、私は"友達"の蓑被るの何でもないわ。」
「……うん。」
こう云う時、詰まった喉は言葉を失う。
だから、いつも頷くしか出来ず。
泣きたいくらいの感情で。
「それに蓑も色々あるわ、私の読みが当たってるなら向こうも同じよ。」
「……え?」
終わりかと思えば、雪菜が続けた言葉は不可解。
溢れないまま涙が疑問で乾く。
如何云う意味なのだろうか、其れは。
「多分……あの人、男ね。」
「うん、秋くんは男だよ?」
「そっちじゃなくて。」
「…………えッ?!」
別れに出会い、喜びに哀しみ、全て優しく包み込む春。
そして驚きも加わって。
桜色の中、刺激が弾け続ける。
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村
スポンサーサイト
2012.04.15 ▲
| Home |