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深夜ともなれば、騒がしい街も眠りに就き始める。
静寂で澄み渡る空に月光だけが鮮やか。
灯りの疎らな通りを抜けた奥。
暗闇に慣れていた眼が不意に、毒々しいネオンに突き刺される。
酒のある界隈、此処だけは今が輝く時間。
それでも瞼を閉じる時間は来る。
看板の「club メルティ」の文字で、蛍光ピンクに濡れた建物。
「じゃあね。」
最後の客とキスを交わすのは日付が変わった頃。
スーツの背中を見送れば、キャバ嬢達もドレスを脱ぎ捨てる。
私服に戻れば何処にでも居そうな女の子。
とは云え、普段から夜の雰囲気を纏う者もまた多い。
灯りの消えた「CLOSED」の店先。
これから明け方まで遊ぶ彼女達の夜はまだ終わらない。
談笑する集団の中でも、緩い巻き毛の"六花"は目を引く。
胸元に流れる甘いカフェオレ色の髪。
深紅のネイルが並んだ指先は少し骨っぽい細さ。
黒々と長い睫毛に紫の猫目、ローズに濡れた唇が三日月を描く。
大粒の牙を覗かせ、くすくす笑う声。
こんな月夜の下では吸血鬼か小悪魔を思わせるほど妖艶。
「六花さんも呑みに行きます?」
「ごめんね、先約あるから帰らないと……、また今度。」
女性的な色香のある声で告げると、手を振ってお別れ。
夜更かしに慣れていても今日は駄目。
欠伸を噛み殺して送迎の車に乗り、帰宅を急ぐ。
本当に武装を解くのは、マンションに着いてから。
桃色のフェイクレザージャケットはハンガーへ。
シャワーを浴びれば、テーブルに温かい食事が待っている。
今日は鶏団子のロールキャベツ。
仕事上がりの空腹に和風出汁のスープが沁みる。
ウィッグの下、襟足が長めの艶やかな髪は漆黒。
カラーコンタクトを外した猫目も。
化粧を落とした顔は随分と若く、10代なのだから当然。
此処に居るのはキャバ嬢の六花ではない。
男子学生の七海、19歳。
「番長ー、此れ美味いね。米ちょっと硬いけど許す。」
客や嬢達の前とは違う、紛れも無い男の声。
口を開けばやはり牙が目立つ。
ただし今は、毛並みが良い野良の黒猫と云ったところ。
「炊く時に水加減間違えたんだよ……、上から目線だなお前。」
引き結ばれた口許が解かれれば抑揚の無い低音。
夕飯は済ませたものの一杯だけスープを飲み、烏丸が呟く。
付き合いは古く、ルームメイトとしては1年以上。
こんな遣り取りもいつもの事。
甘い風貌の七海と比べれば、細身でも筋肉質な烏丸は男性的。
一眠りしたので黒髪も乱れたまま。
不機嫌でなくとも少々眼光の鋭い強面、良く言えば精悍。
キャバクラは舞台、嬢は女優。
客を魅せる役柄と普段通りの自分が同じだなんて限らない。
女よりも艶かしく、男よりも堂々と。
夜の七海が演じているのはそんな女性の役だった。
六花も間違いなく自分の中の人格だが。
一度舞台に上がれば、声や仕草までも擦り変わる。
そして、今からまた別の顔。
テーブルへと戻される空っぽのスープボウル。
腹ごしらえも舌舐め擦りで終わらせ、揃って腰を上げた。
改装前のマンションは、数年前まで地元で有名だったラブホテル。
プライバシー第一な防音効果抜群の部屋。
近隣に響かなくても、夜中なのでマナー違反ではあるものの。
一息胸を満たして読んだカウント、3、2、1!
「メグメグ☆ファイアーエンドレスナイト!」
弦を弾く指先が紡ぎ出す、熱い旋律。
ヘッドセットに二つの咆哮が重なり合った。
血が沸き立たせながらベースを奏でるのは七海。
硬い指先に深紅のマニキュアは、お洒落よりも補強の為。
裸のままの爪で弾くと割れ易いのだ。
無意識に吊り上がった口端に牙が尖る。
六花でもなければ七海でもない、全く違う歌声。
先程までの寝起きの気怠さは何処へやら。
隣の烏丸もギターを抱き、骨張った大きな手で掻き鳴らす。
普段は無愛想な相方が最も生き生きとする時。
温度の低い声も別人のように燃え上がる。
演奏と歌は別録りなので、此れは寝覚めの準備運動。
本番の熱気はこんなものではないのだ。
データ化した音は編集で合わせ、ネットの海へ。
「カラス番長」烏丸忍、「GIGI」矢田部七海。
動画サイトで活動している歌い手としての名。
「俺のブログに「裸執事歌ってくれ」ってリクエストあったんだが……」
「声だけならガチムチ兄貴系やもんね、番長。」
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静寂で澄み渡る空に月光だけが鮮やか。
灯りの疎らな通りを抜けた奥。
暗闇に慣れていた眼が不意に、毒々しいネオンに突き刺される。
酒のある界隈、此処だけは今が輝く時間。
それでも瞼を閉じる時間は来る。
看板の「club メルティ」の文字で、蛍光ピンクに濡れた建物。
「じゃあね。」
最後の客とキスを交わすのは日付が変わった頃。
スーツの背中を見送れば、キャバ嬢達もドレスを脱ぎ捨てる。
私服に戻れば何処にでも居そうな女の子。
とは云え、普段から夜の雰囲気を纏う者もまた多い。
灯りの消えた「CLOSED」の店先。
これから明け方まで遊ぶ彼女達の夜はまだ終わらない。
談笑する集団の中でも、緩い巻き毛の"六花"は目を引く。
胸元に流れる甘いカフェオレ色の髪。
深紅のネイルが並んだ指先は少し骨っぽい細さ。
黒々と長い睫毛に紫の猫目、ローズに濡れた唇が三日月を描く。
大粒の牙を覗かせ、くすくす笑う声。
こんな月夜の下では吸血鬼か小悪魔を思わせるほど妖艶。
「六花さんも呑みに行きます?」
「ごめんね、先約あるから帰らないと……、また今度。」
女性的な色香のある声で告げると、手を振ってお別れ。
夜更かしに慣れていても今日は駄目。
欠伸を噛み殺して送迎の車に乗り、帰宅を急ぐ。
本当に武装を解くのは、マンションに着いてから。
桃色のフェイクレザージャケットはハンガーへ。
シャワーを浴びれば、テーブルに温かい食事が待っている。
今日は鶏団子のロールキャベツ。
仕事上がりの空腹に和風出汁のスープが沁みる。
ウィッグの下、襟足が長めの艶やかな髪は漆黒。
カラーコンタクトを外した猫目も。
化粧を落とした顔は随分と若く、10代なのだから当然。
此処に居るのはキャバ嬢の六花ではない。
男子学生の七海、19歳。
「番長ー、此れ美味いね。米ちょっと硬いけど許す。」
客や嬢達の前とは違う、紛れも無い男の声。
口を開けばやはり牙が目立つ。
ただし今は、毛並みが良い野良の黒猫と云ったところ。
「炊く時に水加減間違えたんだよ……、上から目線だなお前。」
引き結ばれた口許が解かれれば抑揚の無い低音。
夕飯は済ませたものの一杯だけスープを飲み、烏丸が呟く。
付き合いは古く、ルームメイトとしては1年以上。
こんな遣り取りもいつもの事。
甘い風貌の七海と比べれば、細身でも筋肉質な烏丸は男性的。
一眠りしたので黒髪も乱れたまま。
不機嫌でなくとも少々眼光の鋭い強面、良く言えば精悍。
キャバクラは舞台、嬢は女優。
客を魅せる役柄と普段通りの自分が同じだなんて限らない。
女よりも艶かしく、男よりも堂々と。
夜の七海が演じているのはそんな女性の役だった。
六花も間違いなく自分の中の人格だが。
一度舞台に上がれば、声や仕草までも擦り変わる。
そして、今からまた別の顔。
テーブルへと戻される空っぽのスープボウル。
腹ごしらえも舌舐め擦りで終わらせ、揃って腰を上げた。
改装前のマンションは、数年前まで地元で有名だったラブホテル。
プライバシー第一な防音効果抜群の部屋。
近隣に響かなくても、夜中なのでマナー違反ではあるものの。
一息胸を満たして読んだカウント、3、2、1!
「メグメグ☆ファイアーエンドレスナイト!」
弦を弾く指先が紡ぎ出す、熱い旋律。
ヘッドセットに二つの咆哮が重なり合った。
血が沸き立たせながらベースを奏でるのは七海。
硬い指先に深紅のマニキュアは、お洒落よりも補強の為。
裸のままの爪で弾くと割れ易いのだ。
無意識に吊り上がった口端に牙が尖る。
六花でもなければ七海でもない、全く違う歌声。
先程までの寝起きの気怠さは何処へやら。
隣の烏丸もギターを抱き、骨張った大きな手で掻き鳴らす。
普段は無愛想な相方が最も生き生きとする時。
温度の低い声も別人のように燃え上がる。
演奏と歌は別録りなので、此れは寝覚めの準備運動。
本番の熱気はこんなものではないのだ。
データ化した音は編集で合わせ、ネットの海へ。
「カラス番長」烏丸忍、「GIGI」矢田部七海。
動画サイトで活動している歌い手としての名。
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「声だけならガチムチ兄貴系やもんね、番長。」
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2012.04.22 ▲
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