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劇中劇は此方から。
*焔のグラナイト
*焔のグラナイト
七つの海、の命名に込められた願いは「広い心」。
両親を憎まなかった辺り、確かにその通りにはなっただろう。
女児だったとしても可愛い部類の名前。
変わった名前は、生まれてきて最初の虐待だと七海は溜息を吐く。
ただでさえ、姉のお下がりを着せられて育ったのだ。
散々からかわれたのは言うまでもなく。
しかし既に、幼い頃から彼は対処法を見つけていた。
愛らしい容姿に生まれた事なら自覚している。
ならば、利用しない手は無い。
場合によって男女を使い分ければ良いのだ。
「性別による損得って色々あるでしょ。」
制服姿は男にしか見えずとも、性別が曖昧な私服では女にもなれる。
学校外、七海を知らない相手ならば誰でも簡単に騙せた。
六花の声でくすくす含み笑いを零す。
昔から七海の一人遊びは、漫画を広げてのアフレコ。
声優ごっこで登場人物全員を演じ分けるのだ。
お陰で、声変わりを迎えた後も女の高音を身に付けた。
それこそ艶っぽいハスキーボイスの大人から舌足らずの少女まで。
無論、男の役なら更に多人数。
女性デュエットも一人で可能なのは歌い手としても強み。
顔が見えないネットの世界。
男である事を公言しているだけに、声が化けるたび大変驚かれる。
「名前の所為だけじゃないと思うけどな、矢田部の性格……」
呟いた烏丸も「忍」、男女兼用の名前。
しかし、コンプレックスを抱いた覚えも気にした事もなし。
基本的に相手にも自分にも鈍感なのだ。
変わり者の七海と付き合うには、太い神経が必要。
相方の「番長」の名付け親は同級生だったか。
七海と共に、中学も高校も6年間着続けた制服は学ラン。
強面に似合い過ぎた故の呼び名。
卒業した後も今更抜けなくなってしまった。
どちらかと云えば忍者のようなイメージを受ける名前なのだが。
それに、高校の頃にピアスを開けた程度で不良と云う訳でもない。
黒髪に紛れて時折光を弾く小粒のエメラルド。
服はシンプルな安物で構わないだけに、妙に目を引く。
歌声に関してなら烏丸だって大きく化ける。
いつも無表情を保つ低音も、音楽の中では烈火を思わせる熱唱ぶり。
普段の烏丸と「カラス番長」は別人。
七海とユニットを組む事もあれど、ソロでは彼の方が固定ファンも多い。
CDを出す有名人から全くの無名まで、動画サイトの歌い手は無数。
それでも気に掛けてくれる者が居るのは嬉しいもの。
楽器を手に入れてから高校ではバンド活動も経験した。
けれど、プロになりたい訳じゃない。
飽くまで音楽は趣味、就きたい仕事はそれぞれあるのだ。
「番長、見え難いから余計に眉間に皺寄るんじゃ。」
「……ずっと掛けると度が進むから嫌だ。」
運転の時にだけ必要な眼鏡を置いて、烏丸が鞄を掴む。
隣街までの通学は車を使う。
どうせ同じ行き先、真っ直ぐ帰るだけの日は一台で充分。
ドアを開けば春の強い陽射し。
ショートブーツの足が踏んだ駐車場の砂利にも、タンポポが蔓延る。
此の先にある乾学園は、徒歩数分離れて校舎が二つ。
赤レンガ造りのデザイン&コンピュータ専門学校。
アルミパネル外壁の調理&製菓専門学校。
ブックデザイナー志望の七海と、調理師志望の烏丸が通う場所。
実習中はキーボードを叩く音が部屋に絶えない。
パソコンに向かう中、深紅の爪も。
イラストから服飾まで含まれるデザイン学科は、大きく分けて三つ。
七海が専攻するのはメディアクリエータ。
広告ポスター、CGやWEBなどのデザインを学ぶ。
知識や技術も要るが、やはり閃き頼みなので神経が磨り減る。
二年生になって、パソコンを使う時間が更に増えた。
夜更かし明けには疲れる。
烏丸に劣らぬ顰め面の後、目薬を差して首の骨を鳴らす。
黒い長袖の上にラベンダー色を重ね着したTシャツ。
平たい胸にしなやかな猫の洒落たプリント。
少しばかり褪せた色合いが細身を包み、程好く男を匂わせる。
今の七海は女に見えない。
「やっくーん、うちの卒業生の漫画家って何描いてた人だっけ?」
「焔のグラナイト……お前、もう出来たとか余裕やね。」
不意に声掛けられて思考中断。
課題作品が完成次第、ネットサーフィンの自由時間。
隣の友人は既に画面を切り替えている。
煮詰まっていたものの七海も最後の仕上げのみ。
時計と相談しつつ一息吐く事にして、友人に付き合う。
「あー、あれか。少年漫画で主人公が女子とオッサンって珍しいね。」
「そうやね……、何かエロいわ、少女とオヤジの組み合わせって。」
「ちょっと読んでみたいんだけどさ、ウィキペディアだと字ばっかで……」
「pixiv事典は?公式じゃなくても絵もあるから分かり易いと思う。」
隣のキーボードに伸ばした片手。
深紅の爪が軽やかに舞い、流れるように移動してページを捲っていく。
ログインしなくても百科事典くらい見られる。
「焔のグラナイト」とは本校の卒業生、雪片黒曜の代表作品。
人間に擬態した魔物と戦う、変身能力を手にした少女と男の物語である。
魔物が化けた姿は、それぞれ既に亡くなった人間。
世間から「死神」の汚名を負いながら旅する二人に、多くの読者が涙した。
ヒーローの悲哀が切なく温かな読後感を残す。
男女共に切れの良いアクション、硬派なストーリー展開。
仮面ライダーシリーズを思わせる作風で特撮ファンから支持が高い。
そして少女の戦士としての名が、グラナイト。
何年も前だが、アニメも放送されて随分と話題になった。
本を愛する七海の実家にも全巻揃っている。
人気作家にあやかって、だろう。
漫画家育成のアートクリエータ科に毎年志望が殺到する理由。
「どう?結構メディア出てたし、誰か見覚えある?」
「ありがとねー。そうそう、こんなん居た、眼鏡でホストっぽい奴。」
「それはセイやね。スーツでアクションって、すっごい動き難そうな……」
「あっ、でもやっくんこーゆー恰好似合いそう。」
いや、ホステスならやってるけど。
笑う友人を前に、冗談への返事は胸の中だけで口を噤む。
バイト先も、別人になる事も、学校では伏せている。
"七海"の人格一つだけで過ごす時間。
六花としての顔を知る者は他に烏丸しか居ないのだ。
素顔の方が気楽である筈なのに、何故だろうか。
不意に、演じられない事を窮屈に感じてしまう時がある。
明確な理由を挙げると難しく、言葉が纏まらない。
変身した姿は秘密。
それは確かにヒーローに似ているかもしれない。
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両親を憎まなかった辺り、確かにその通りにはなっただろう。
女児だったとしても可愛い部類の名前。
変わった名前は、生まれてきて最初の虐待だと七海は溜息を吐く。
ただでさえ、姉のお下がりを着せられて育ったのだ。
散々からかわれたのは言うまでもなく。
しかし既に、幼い頃から彼は対処法を見つけていた。
愛らしい容姿に生まれた事なら自覚している。
ならば、利用しない手は無い。
場合によって男女を使い分ければ良いのだ。
「性別による損得って色々あるでしょ。」
制服姿は男にしか見えずとも、性別が曖昧な私服では女にもなれる。
学校外、七海を知らない相手ならば誰でも簡単に騙せた。
六花の声でくすくす含み笑いを零す。
昔から七海の一人遊びは、漫画を広げてのアフレコ。
声優ごっこで登場人物全員を演じ分けるのだ。
お陰で、声変わりを迎えた後も女の高音を身に付けた。
それこそ艶っぽいハスキーボイスの大人から舌足らずの少女まで。
無論、男の役なら更に多人数。
女性デュエットも一人で可能なのは歌い手としても強み。
顔が見えないネットの世界。
男である事を公言しているだけに、声が化けるたび大変驚かれる。
「名前の所為だけじゃないと思うけどな、矢田部の性格……」
呟いた烏丸も「忍」、男女兼用の名前。
しかし、コンプレックスを抱いた覚えも気にした事もなし。
基本的に相手にも自分にも鈍感なのだ。
変わり者の七海と付き合うには、太い神経が必要。
相方の「番長」の名付け親は同級生だったか。
七海と共に、中学も高校も6年間着続けた制服は学ラン。
強面に似合い過ぎた故の呼び名。
卒業した後も今更抜けなくなってしまった。
どちらかと云えば忍者のようなイメージを受ける名前なのだが。
それに、高校の頃にピアスを開けた程度で不良と云う訳でもない。
黒髪に紛れて時折光を弾く小粒のエメラルド。
服はシンプルな安物で構わないだけに、妙に目を引く。
歌声に関してなら烏丸だって大きく化ける。
いつも無表情を保つ低音も、音楽の中では烈火を思わせる熱唱ぶり。
普段の烏丸と「カラス番長」は別人。
七海とユニットを組む事もあれど、ソロでは彼の方が固定ファンも多い。
CDを出す有名人から全くの無名まで、動画サイトの歌い手は無数。
それでも気に掛けてくれる者が居るのは嬉しいもの。
楽器を手に入れてから高校ではバンド活動も経験した。
けれど、プロになりたい訳じゃない。
飽くまで音楽は趣味、就きたい仕事はそれぞれあるのだ。
「番長、見え難いから余計に眉間に皺寄るんじゃ。」
「……ずっと掛けると度が進むから嫌だ。」
運転の時にだけ必要な眼鏡を置いて、烏丸が鞄を掴む。
隣街までの通学は車を使う。
どうせ同じ行き先、真っ直ぐ帰るだけの日は一台で充分。
ドアを開けば春の強い陽射し。
ショートブーツの足が踏んだ駐車場の砂利にも、タンポポが蔓延る。
此の先にある乾学園は、徒歩数分離れて校舎が二つ。
赤レンガ造りのデザイン&コンピュータ専門学校。
アルミパネル外壁の調理&製菓専門学校。
ブックデザイナー志望の七海と、調理師志望の烏丸が通う場所。
実習中はキーボードを叩く音が部屋に絶えない。
パソコンに向かう中、深紅の爪も。
イラストから服飾まで含まれるデザイン学科は、大きく分けて三つ。
七海が専攻するのはメディアクリエータ。
広告ポスター、CGやWEBなどのデザインを学ぶ。
知識や技術も要るが、やはり閃き頼みなので神経が磨り減る。
二年生になって、パソコンを使う時間が更に増えた。
夜更かし明けには疲れる。
烏丸に劣らぬ顰め面の後、目薬を差して首の骨を鳴らす。
黒い長袖の上にラベンダー色を重ね着したTシャツ。
平たい胸にしなやかな猫の洒落たプリント。
少しばかり褪せた色合いが細身を包み、程好く男を匂わせる。
今の七海は女に見えない。
「やっくーん、うちの卒業生の漫画家って何描いてた人だっけ?」
「焔のグラナイト……お前、もう出来たとか余裕やね。」
不意に声掛けられて思考中断。
課題作品が完成次第、ネットサーフィンの自由時間。
隣の友人は既に画面を切り替えている。
煮詰まっていたものの七海も最後の仕上げのみ。
時計と相談しつつ一息吐く事にして、友人に付き合う。
「あー、あれか。少年漫画で主人公が女子とオッサンって珍しいね。」
「そうやね……、何かエロいわ、少女とオヤジの組み合わせって。」
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隣のキーボードに伸ばした片手。
深紅の爪が軽やかに舞い、流れるように移動してページを捲っていく。
ログインしなくても百科事典くらい見られる。
「焔のグラナイト」とは本校の卒業生、雪片黒曜の代表作品。
人間に擬態した魔物と戦う、変身能力を手にした少女と男の物語である。
魔物が化けた姿は、それぞれ既に亡くなった人間。
世間から「死神」の汚名を負いながら旅する二人に、多くの読者が涙した。
ヒーローの悲哀が切なく温かな読後感を残す。
男女共に切れの良いアクション、硬派なストーリー展開。
仮面ライダーシリーズを思わせる作風で特撮ファンから支持が高い。
そして少女の戦士としての名が、グラナイト。
何年も前だが、アニメも放送されて随分と話題になった。
本を愛する七海の実家にも全巻揃っている。
人気作家にあやかって、だろう。
漫画家育成のアートクリエータ科に毎年志望が殺到する理由。
「どう?結構メディア出てたし、誰か見覚えある?」
「ありがとねー。そうそう、こんなん居た、眼鏡でホストっぽい奴。」
「それはセイやね。スーツでアクションって、すっごい動き難そうな……」
「あっ、でもやっくんこーゆー恰好似合いそう。」
いや、ホステスならやってるけど。
笑う友人を前に、冗談への返事は胸の中だけで口を噤む。
バイト先も、別人になる事も、学校では伏せている。
"七海"の人格一つだけで過ごす時間。
六花としての顔を知る者は他に烏丸しか居ないのだ。
素顔の方が気楽である筈なのに、何故だろうか。
不意に、演じられない事を窮屈に感じてしまう時がある。
明確な理由を挙げると難しく、言葉が纏まらない。
変身した姿は秘密。
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2012.04.26 ▲
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