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開店時刻、暖かくなって日が延びた空はまだ少し明るい。
「club メルティ」の女性達がキャバ嬢を演じる頃。
華やかな舞台に上がる中、"六花"になった七海の姿も。
バイトの切っ掛けなんて、思い返せばあまりにも下らない。
昔から七海は時として女に化けていた。
しかし本物には敵わないだろう、と烏丸が呟いたのは去年の初夏。
そこで賭けをしたのだ。
キャバクラの面接を受けて、採用されるか否か。
こうなれば七海も本気。
いっそ別人になろうと、徹底的に手を尽くした。
カフェオレ色の巻き毛のウィッグ、コケティッシュな顔立ちを生かす化粧。
ウォーターパッドのブラジャーで作った胸。
買ったきり使い損ねていたカラーコンタクトも引っ張り出して。
大きめの猫目に深い紫はよく似合っていた。
昔に比べて、若者は男女共に骨が華奢で中性的になった事だし。
猫を思わせる小顔に、肩幅や胸板の薄い体形。
声や仕草まで変えられるのだから七海は大変有利だった。
そして、面接の結果はご存知の通り。
合否さえ出れば終わりの筈だったが。
面白そうだからと、そのまま勤めてもうすぐ1年近く。
座っている事が多いので他の嬢より長身でも悪目立ちしない。
全体的に色素が薄く、人形を思い起こさせる美。
強い瞳で此方から見詰めると、大抵の相手はどぎまぎするもの。
そして微笑む唇には牙。
深いスリットから覗く、ガーターストッキングの長い脚。
愛用のルビー色のドレスが妖艶さを匂い立たせる。
盛り上げ役が性に合っているものの、小悪魔も演じられる。
男の気持ちが解かるので的確な相槌で話が進む。
接客業とは苦労が多い故の高給。
酔っ払いの愚痴や説教も聞かねばならず、決して甘くないが。
続けている一番の理由は、変身を愉しんでいるから。
「……ありがとうございました。」
今夜も宴から引き上げていく客がまた一人。
至近距離、別れの囁きは甘い艶めき。
女声の中でも六花の役が喉に負担が無く、長時間でも平気。
夢の後味を残すのは、ローズの唇。
客と口付けを一つ交わしてから送り出す。
此処でのキスは挨拶程度の軽さ。
大した嫌悪感も無く、今では慣れ切ってしまった。
意味を持たない行為の数など覚えちゃいない。
生まれ付き七海の度胸は人一倍、更に逞しくなった気がする。
しかし、次に来店した客には流石に驚いた。
軽装の男性二人組。
口許を引き結んだ片割れは、よく見慣れた強面。
「……何やってんよ、番長。」
無人を確認して早々に連れ出した男子トイレ。
何の用だ、と問う声も"七海"に戻る。
女に化けた姿を見られるのは兎も角、舞台で出くわすとは複雑な気分。
「ちったぁ興味あったんやね、店の話しても聞いてなさげだったくせに。」
「いや、俺は連れて来ただけ……バイト先の先輩。」
そう言われて、ああ、と七海も頷く。
顔形はよく見なかったが、かなり長身の男と一緒だった。
決して背の低くない烏丸と並んでも、大きな差。
「最近、無気力で泣いてばかりだったから……」
「え?あんなでっかい人が?」
「……落ち込んでいる男を元気にするには、此処しか無いだろ。」
「まぁ……、真理やね。けど、そっとしておくのも優しさでしょ。」
「……男は度胸、何でも試してみるもんさ。」
「ぷはッ!ちょ、番長っ、よりによってトイレで言うな。」
不意打ちに、とある漫画の有名な台詞。
思わず吹き出したのが悔しい。
飽くまでも烏丸の声はさらりとした低音。
冷徹な印象を受ける男だが、冴えているなどとんでもない見掛け倒し。
こうして涼しい表情を崩さず可笑しな事を言ってのけるのだ。
七海もよく冗談を口にするものの、相方の場合は天然。
「そうだ、良いか番長、絶対呑むなよ?」
「心配せんでも……、車で来た。」
その返事に、七海がどれだけ安堵したやら。
まだ誕生日を迎えていないので二人とも未成年。
だが、家でビール缶を空けた事なら何度か。
数える程度しかない上、外で呑めないのは烏丸の酒癖が原因。
すぐ潰れてくれるならまだ良かったのに。
アルコールとは気狂い水、彼が酔った時の行動ときたら……
見ているだけなら面白くても最初だけ。
手が付けられない、とだけ明かす七海の表情は渋い。
ウィッグの頭を掻き、いい加減開き直る。
いつ誰が入って来て会話を聴かれるやら判らないのだし。
客が手洗いに立ったら、御絞りを渡す為に外で待機。
なので、一緒に居る事自体は何ら問題無いが。
「もう良い、来たからには損はさせないわ。」
咳払いして声を切り替える準備。
席に着いたら、今度こそ六花と客の関係を演じるのだ。
「…………んっ?」
ドアを開いて、足を踏み出そうとして、思わず止まる。
先程から密室の此方にも微かに届いていた。
眉を顰めたのは、店内に響き渡るカラオケの音量。
誰かが歌っているのだ、大きく音を外して。
聴くに耐えず耳を塞ぐ類ではないが"歌"とは言い難い。
例えるなら、犬の遠吠え。
「俺も何か歌うか……、サンダーバードのテーマあるか?」
「V6の実写版テーマ曲の方なら確実に。つかチョイス渋過ぎやね番長。」
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「club メルティ」の女性達がキャバ嬢を演じる頃。
華やかな舞台に上がる中、"六花"になった七海の姿も。
バイトの切っ掛けなんて、思い返せばあまりにも下らない。
昔から七海は時として女に化けていた。
しかし本物には敵わないだろう、と烏丸が呟いたのは去年の初夏。
そこで賭けをしたのだ。
キャバクラの面接を受けて、採用されるか否か。
こうなれば七海も本気。
いっそ別人になろうと、徹底的に手を尽くした。
カフェオレ色の巻き毛のウィッグ、コケティッシュな顔立ちを生かす化粧。
ウォーターパッドのブラジャーで作った胸。
買ったきり使い損ねていたカラーコンタクトも引っ張り出して。
大きめの猫目に深い紫はよく似合っていた。
昔に比べて、若者は男女共に骨が華奢で中性的になった事だし。
猫を思わせる小顔に、肩幅や胸板の薄い体形。
声や仕草まで変えられるのだから七海は大変有利だった。
そして、面接の結果はご存知の通り。
合否さえ出れば終わりの筈だったが。
面白そうだからと、そのまま勤めてもうすぐ1年近く。
座っている事が多いので他の嬢より長身でも悪目立ちしない。
全体的に色素が薄く、人形を思い起こさせる美。
強い瞳で此方から見詰めると、大抵の相手はどぎまぎするもの。
そして微笑む唇には牙。
深いスリットから覗く、ガーターストッキングの長い脚。
愛用のルビー色のドレスが妖艶さを匂い立たせる。
盛り上げ役が性に合っているものの、小悪魔も演じられる。
男の気持ちが解かるので的確な相槌で話が進む。
接客業とは苦労が多い故の高給。
酔っ払いの愚痴や説教も聞かねばならず、決して甘くないが。
続けている一番の理由は、変身を愉しんでいるから。
「……ありがとうございました。」
今夜も宴から引き上げていく客がまた一人。
至近距離、別れの囁きは甘い艶めき。
女声の中でも六花の役が喉に負担が無く、長時間でも平気。
夢の後味を残すのは、ローズの唇。
客と口付けを一つ交わしてから送り出す。
此処でのキスは挨拶程度の軽さ。
大した嫌悪感も無く、今では慣れ切ってしまった。
意味を持たない行為の数など覚えちゃいない。
生まれ付き七海の度胸は人一倍、更に逞しくなった気がする。
しかし、次に来店した客には流石に驚いた。
軽装の男性二人組。
口許を引き結んだ片割れは、よく見慣れた強面。
「……何やってんよ、番長。」
無人を確認して早々に連れ出した男子トイレ。
何の用だ、と問う声も"七海"に戻る。
女に化けた姿を見られるのは兎も角、舞台で出くわすとは複雑な気分。
「ちったぁ興味あったんやね、店の話しても聞いてなさげだったくせに。」
「いや、俺は連れて来ただけ……バイト先の先輩。」
そう言われて、ああ、と七海も頷く。
顔形はよく見なかったが、かなり長身の男と一緒だった。
決して背の低くない烏丸と並んでも、大きな差。
「最近、無気力で泣いてばかりだったから……」
「え?あんなでっかい人が?」
「……落ち込んでいる男を元気にするには、此処しか無いだろ。」
「まぁ……、真理やね。けど、そっとしておくのも優しさでしょ。」
「……男は度胸、何でも試してみるもんさ。」
「ぷはッ!ちょ、番長っ、よりによってトイレで言うな。」
不意打ちに、とある漫画の有名な台詞。
思わず吹き出したのが悔しい。
飽くまでも烏丸の声はさらりとした低音。
冷徹な印象を受ける男だが、冴えているなどとんでもない見掛け倒し。
こうして涼しい表情を崩さず可笑しな事を言ってのけるのだ。
七海もよく冗談を口にするものの、相方の場合は天然。
「そうだ、良いか番長、絶対呑むなよ?」
「心配せんでも……、車で来た。」
その返事に、七海がどれだけ安堵したやら。
まだ誕生日を迎えていないので二人とも未成年。
だが、家でビール缶を空けた事なら何度か。
数える程度しかない上、外で呑めないのは烏丸の酒癖が原因。
すぐ潰れてくれるならまだ良かったのに。
アルコールとは気狂い水、彼が酔った時の行動ときたら……
見ているだけなら面白くても最初だけ。
手が付けられない、とだけ明かす七海の表情は渋い。
ウィッグの頭を掻き、いい加減開き直る。
いつ誰が入って来て会話を聴かれるやら判らないのだし。
客が手洗いに立ったら、御絞りを渡す為に外で待機。
なので、一緒に居る事自体は何ら問題無いが。
「もう良い、来たからには損はさせないわ。」
咳払いして声を切り替える準備。
席に着いたら、今度こそ六花と客の関係を演じるのだ。
「…………んっ?」
ドアを開いて、足を踏み出そうとして、思わず止まる。
先程から密室の此方にも微かに届いていた。
眉を顰めたのは、店内に響き渡るカラオケの音量。
誰かが歌っているのだ、大きく音を外して。
聴くに耐えず耳を塞ぐ類ではないが"歌"とは言い難い。
例えるなら、犬の遠吠え。
「俺も何か歌うか……、サンダーバードのテーマあるか?」
「V6の実写版テーマ曲の方なら確実に。つかチョイス渋過ぎやね番長。」
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2012.05.01 ▲
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