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林檎に牙を:全5種類
席に着けば嬢と客で2対2、冷たいグラスが並ぶ。
顔見知りが居ると妙に舌が渇く。
思わず氷の欠片を含んだが、アルコールの必要は無い。

烏丸と同じく七海の分は烏龍茶。
呑むと声が掠れてしまうので女に化け難くなるのだ。


「ご趣味ギターなんですか?本当だ、指先硬ーい。」
「あぁ……、バンドもやってた。」

見れば、烏丸が嬢のミキと話し込んでいる。
ちゃっかり手を握られながら。
楽しむと云っても何喋って良いのか解からない。
トイレからの帰り、そう首を傾げていたのは誰だったか。

それにしても、長年の付き合いでも少し意外な一面。

七海が知る烏丸は音楽馬鹿の朴念仁。
女性の扱いも慣れていなければ、ちやほやされても表情が変わらない。
その割に、今日ばかりは格段に増えた口数。
まぁ、笑顔と会話のプロであるホステスに掛かれば当然か。

「今は組むの二人だけ……それで、こいつはベース。」
「えっ、六花ちゃんお知り合い?言ってくれれば良いのにー。」

不意に烏丸の方から話を振られ、一斉の注目に思わず身動ぎする。
此処では他人同士を演じるつもりだったのに。
まだ舞台の上を共にして数分経たず。
此の大根役者め。

「やだぁ、此処じゃ知らない振りしてよ?」

それでも、小悪魔役に徹する七海の表情は崩れず。
内心毒づいてたって誰にも伝わらない。


そして実のところ。
本当の性別は従業員だけに明かしており、周知の事実。

ウィッグと化粧は家からでも、ドレスを纏うのは店なのだ。
まさか半裸の女性達と一緒に着替える訳にいくまい。
なので、七海のロッカーは男子更衣室。

女でないと露見しているなら、賭け事は負けじゃないかって?
飽くまで"採用"が重点だと云うのが七海の主張。

雇ってもらえているのは、周囲の理解と協力による。
此の店は"性"に複雑な人間に優しい。
他に、同性愛者や性転換した嬢とボーイも紛れているのだ。
ついでに腐女子も多い。

「ねぇ六花ちゃん、もしかして……友達以上だったりする?」
「……給料貰えても嫌だ。」

"そう云う"意味でこっそり問い掛けたミキへの返事。
七海が口を開くより早く、烏丸が答えた。

俺の心の声と同じ事を言うな、馬鹿。


それはそうと此方も接客せねば。
七海の隣は、話を聞きながら穏やかに笑う"犬"。
先程の遠吠えの主である。


烏丸の先輩、と事前に教わっていなければ年下と間違えるところだった。
ただ長身に圧倒されるばかりだった初対面。
腰掛けている今では、全体的に柔らかな印象しか受けず。
黒褐色の癖毛に生白い肌。
甘い顔立ちは何処か幼く、高校生に見えなくもない。

「あっ……、すみません、ありがとうございます。」

煙草を咥えたのを見計らって着火すると、申し訳無さそうに会釈。
こんな事、嬢にとっては当然なのに。

意外と低い声だが、程好く渋味を含んだ烏丸とは違った。
此れも童顔に不似合いな煙草の仕業だろう。
微かに語尾の掠れた、甘い後味。
声が良いだけに選曲ミスで台無しになっていたのが非常に惜しい。
そう云えば、確かにかなり高音の歌だった。

「ごめんなさいねぇ、あれが無理やり連れて来ちゃって。」
「大丈夫です、えっと、こう云う所は初めてだから緊張してるだけで。」
「あら、その割にさっきは気持ち良さそうに歌ってたみたいだけど?」
「わ、忘れて下さい……、力抜くつもりが、裏返っちゃって。」

七海が指摘してみれば、口に手を当てて弱々しい声。
色白なので染まった頬は目立つ。
大きな男が恥ずかしげな仕草を見せるのは何だか可愛らしい。

その反応に、思わず小さく吹き出してしまった。
今だけは演技でも何でもない笑み。


其処から先のお喋りは彼のグラスに水割りを注ぎながら。
東秋一、2つ上の22歳で調理師。
此方は音楽そのものの経験は無いものの、昔ダンスを習っていたそうだ。
きっと無意識だろう、店のBGMに合わせて揺れていた爪先が証拠。
趣味の話をすればハーブ栽培に料理、と何処か女性的。
烏丸のバイト先のレストランだけでなく、乾学園の卒業生と云う点でも先輩。
相方とは厨房を共にし、帰りにもよく食事や遊びに行く仲らしい。

今まで其の役目は七海だけだったのに。
一緒に住んでいても、進む道を別けてからはお互い違う世界。
しかし男女ならいざ知らず同性。
寂しさを感じる前に、酒でも呑み交わしたい気分になる。

「あらやだ、烏丸も大人になったのねぇ。」
「そりゃ……、今年で20歳になるだろ、俺ら?」

流石に六花の恰好では、いつもの呼び名は伏せる。
一方の烏丸には、どんな想いの言葉だったのかなんて通じない。
見当違いの返事ながら予測済み。



窓の無い店内、夜を彩るのは月や星より華やかな女性達。
給料日の思い切った贅沢か、二人の客は時間一杯楽しんでいた。

折角のキャバクラでも烏龍茶しか飲めず、しかし嬢に言い寄る訳でもなく。
いつもの淡々とした口調ながら、烏丸はミキと随分盛り上がっていた。
マイクが回って来てからは特に絶好調。
流石に場に合わせて誰しも知っている選曲だったが、やはり例の烈火の声。
見知らぬサラリーマン達から熱いコールまで貰っていた。

「東さん、大丈夫?」
「ん、まだ呑めるよ?」

訊ねれば、アルコールで蕩けた表情で秋一が笑う。
シャツの襟から覗く鎖骨辺りまで桜色。
大して強い訳でもないらしいが、グラスが空いた端から次を欲しがる。

一見ご機嫌、その実、カラ元気の可能性も。
無気力で泣いてばかり、と烏丸から聞いていたのを忘れていない。
今だけ楽しい振りをするのも"客"と云う役には多いのだ。
嘘を吐かないのは、携帯を気にする眼。
着信音が無くても落ち着かず、時折酒混じりの溜息。


「じゃあ……、何、慰めてくれるの?」

置かれた拍子、グラスの中の氷二つが涼やかな音を立てた。
掠れた囁きは七海の耳にしか届かない。

長身に見合って大きな手。
七海の上に重なれば、同性でも包まれてしまう程に違う。
汗を掻いたグラスを支えていた為、濡れて冷たい。
酔って潤んだ瞳と視線が交差する。


意味なんて解かっている。
沈黙は一瞬、ローズの唇が短く言葉を紡いだ。

「いいよ?」




流石に、いつまでも居座れる程は羽振り良くない。
烏丸の運転で来たので帰りの時間となれば退散は二人一緒。
しかし、暫く夜風に当たりたいからと秋一だけ残った。

本当の理由なんて言えやしない。
終業時刻、近くのファミレスで七海と待ち合わせする為の嘘。


何故あんな返事をしてしまったのか、七海自身もよく解からなかった。

嬢を誘ったところで無駄なのに。
ベッドまで付き合うものだと勘違いしている客は本当に多い。
故に断る術を身に付けなければやっていけないのだ。
第一、ドレスの武装を解けば男の身体。
六花として過ごした中、あしらう為の嘘などもう数え切れず。


如何なるやら後の事など知らない。
ただ、あの声をもう少し聞いていたかった。

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2012.05.11