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林檎に牙を:全5種類
酔ってもいないのに、随分と思い切った事をしたものだと思う。
自分の行動の意味が解からない時なんて誰にもあるが。
そして大抵は、過ぎた後に溜息を吐くのだ。


今夜は帰らないかもしれない。

意味深なメールにも関わらず、烏丸の返信は"了解"の一言。
あっさりしたものだがいつもの事。
何も不審に思わず文字を打ったのだろうと容易に想像出来る。
携帯を閉じた手で七海は巻き毛を弄った。

タクシーの窓の外、見知らぬ住宅地が高速で流れて行く。
隣に座る、今日初めて逢った男の家を目指して。



昔、女装した男がホテルで殺された事件をニュースで見た。
其の加害者とは、誘いを掛けてきたもう一人の男。
美女と思いきやベッドで発覚、逆上して犯行に及んだそうだ。

あの惨事を繰り返す可能性。
それとも男でも構わないと無理やり犯されるか?

いや、どちらにしても極例。
烏丸と付き合いがあるなら悪い人でもないだろう。
怒鳴られて追い出される覚悟はあるけど。
詐欺と罵られても文句言えまい。

考えみても現実味が無く、まだ劇の上の気分。
華やかな舞台から離れた今は素顔に戻っている筈の時間。
なのに、演技を続けているのが可笑しい。

"六花"に食い潰されようとしているみたいだ。
それも七海自ら進んで。


長身の秋一には狭そうに見える、アパートの一室。
シーツに肌が滑れば、もう後戻り出来ず。

身体を触られて、気付いたところで明かす。
密かに、七海が頭の中で打った脚本。
秒読みでタイミングを計る。
多少のズレはあろうとも、大筋は変わらないだろう。

流れを作り、脚本の世界に誘い込んで、相手を登場人物にしてしまう。
そうやって六花を演じてきたのだ、ずっと。


けれど、捲られる筈のページは止まる。

抱き付かれても、秋一はそのまま動こうとしなかった。
早々にばれて困惑しているのかとも思いきや。
七海の肩に顔を埋めて、縋る形。
アルコールで熱くなった呼吸が首筋をくすぐるだけ。


「……しないの?」

我ながらなんて命知らず。
相変わらず色香を忘れぬ声でも、挑発は少し掠れる。

「出来ません、よ……、頭くらくらする。」
「あら、此処まで来といて?」
「僕もそう思う……本当、すみません……」
「……良いわよ、付き合ってあげるわ。」

やはり店で呑み過ぎたか。
しかし、気付いてくれないのなら脚本は進まぬまま。
男だと言う機会を逃してしまった上に動けず。

そうなれば、此処から先はアドリブ勝負。


「悪いとは思うんですけど……六花さん居てくれて、助かります……」
「何、そんなに酔った?だから大丈夫かって訊いたじゃない。」

そうではない、と振られる秋一の首は横に。
煙草の匂いが混じった体温。
嬢として男に触れられる事など元から慣れていた。
しかし、今は不思議なほど馴染む。

「此処で、一人で寝るの……、辛くて。」

一呼吸切って、低音が力無く震える。
しゃくり上げる気配。
熱い雫がぽつりぽつり、七海のデニムシャツの肩を濡らす。


無気力で泣いてばかり、とは此の事だろう。
烏丸の証言を思い出す。
そして秋一の台詞を加えれば、大体の原因は予想が付く。

「最近まで、もう一人住んでたみたいね……、女性が。」

部屋中に散らばった愛らしい色。
秋一の趣味だとしても可笑しくないが、目を凝らせば違和感。
其のうちの幾つかは、確かに女物。

逃げないから明かりを消す手だけ自由にさせて欲しい、と申し出る。
秋一も泣いている顔を見られたくないだろうし。


「プロポーズしようと、思ってたんですよね……」

洟を啜り上げて、言葉が零れると共に涙が決壊する。
塩辛いどころか強い苦味。

シャツの布も飲み切れなくなって、七海の素肌まで届く。
先程呑んだ酒が変質して流れた物かもしれない。
そんな事を考えながら、黒褐色の癖毛を柔らかく撫でる。


彼女と出逢って、同棲して、3年。
飲食店の年収は決して高くなくとも安定していた。
たまに少し贅沢して、慎ましくも温かな日々。
けれど、本当に幸福に思っていたのは秋一だけだったらしい。

生活に不満があった彼女は、何処ぞの金持ちに浮気。
一度強欲になればもう戻れない。
そうして出て行ったのが、数週間前の話。

「お金に負けちゃったのもショックですけど……
 彼女の心変わりに気付けなかった自分にも、腹が立って。」

今日の太っ腹ぶりは其処も起因か。
女の優しさや笑顔を時間単位で買う事。
後には何も残らずとも、時に金を払う価値を持つ。
男心と云うのは、そうした部分も含む。


ならば、此れは同情か?


閉め切らないカーテンの外、レース越しの夜空。
窓際のマットレスからも丸い月は鮮やかに。
動けないまま紫の瞳が見上げていた。
大きな身体を丸めた捨て犬は、ゆっくりと呼吸が落ち着き始める。

広い背中を柔らかに叩くリズム。
切れ切れな七海の鼻歌を子守唄にして。

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2012.05.24