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思い返せば、昨夜の行動は"迂闊"の一言に尽きる。
七海だって解かっているのだ。
初対面の男の家まで着いて行き、一晩過ごし、性別まで明かして。
冷静になると塊が喉に痞えている気分。
何も無かったとしても、抱え込んだ重みに溜息は止まらず。
自堕落に過ごしていた所為か思考が堂々巡り。
こう云う時、神経の太い烏丸がある意味羨ましくなる。
彼ほど単純に生きられれば悩みも少ないだろうに。
此れには堪らずに引っ掴んだマイク。
大きな声で一曲だけ歌ったら発散出来たようで、気付けば夕方。
髪を巻き直したウィッグに化粧、ドレスで丸く見せる身体の線。
キャバクラの舞台に上がれば声まで化ける。
素知らぬ顔で"六花"として過ごす、いつもの夜だ。
「あ……っ、ど、どうも……」
「……こんばんは。」
気合入れて早々、どうして逢ってしまうのだろう。
指名で向かった席に見覚えのある影。
膝に紙袋を抱えて、窮屈そうにソファーに収まる秋一。
何しに来たんだろうか、此の人は。
七海が彼の立場ならもう顔を合わせたくないものだが。
なのに、その日のうちに。
男と知って店に苦情、と云う訳でもないらしいし。
「だって、きちんと謝ってなかったから……ごめんなさい。」
立ち上がると、改まって深々と下げられる頭。
流石に店内で目立つのですぐ座らせたが。
昨夜は秋一を"捨て犬"と表したが、相応しい呼び名だったようだ。
黒褐色の毛並みから垂れた耳が見えそうな空気。
「あと良かったら、ケーキ……、どうぞ、お詫びです。
そんなに甘くないので、もし苦手でも食べられると思うんですけど……」
黒い紙袋に、「Miss.Mary」の洒落た白いロゴ。
此方に来てから七海も耳にした名前。
チェーン店を幾つか構える、評判のシフォンケーキ専門店。
差し出されるまま素直に受け取ってしまった。
「そもそも、怒るような事無いし……俺こそ、ごめんな、女じゃなくて。」
顰めた小声は、トーンの落ちた七海の物。
偽り無い謝罪の言葉。
六花の姿をしていても、化けるべきでないと。
秘密の共有、此れでお互い様。
「……ケーキ、切りましょうか。」
「あ、はい、食べて食べて!僕もよく行くけど、本当に美味しいから!」
秋一が顔を上げ、今度は犬の尻尾が左右に振れる。
流石にキャバクラで連日となると財布には厳しかろう。
こうして過ごせるのも1時間。
それまでは、愉しく行こうじゃないか。
「あぁ、でも……ご馳走してくれるなら、今度はロールキャベツが良いな。」
野良猫が不敵に笑めば、捨て犬は一瞬驚いた眼。
逢う前から知っていた彼の事。
舞台を降りて今夜が終わっても、それきりでない。
「またね」と別れる関係。
次は、真昼の素顔で逢いに行くから。
*end
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七海だって解かっているのだ。
初対面の男の家まで着いて行き、一晩過ごし、性別まで明かして。
冷静になると塊が喉に痞えている気分。
何も無かったとしても、抱え込んだ重みに溜息は止まらず。
自堕落に過ごしていた所為か思考が堂々巡り。
こう云う時、神経の太い烏丸がある意味羨ましくなる。
彼ほど単純に生きられれば悩みも少ないだろうに。
此れには堪らずに引っ掴んだマイク。
大きな声で一曲だけ歌ったら発散出来たようで、気付けば夕方。
髪を巻き直したウィッグに化粧、ドレスで丸く見せる身体の線。
キャバクラの舞台に上がれば声まで化ける。
素知らぬ顔で"六花"として過ごす、いつもの夜だ。
「あ……っ、ど、どうも……」
「……こんばんは。」
気合入れて早々、どうして逢ってしまうのだろう。
指名で向かった席に見覚えのある影。
膝に紙袋を抱えて、窮屈そうにソファーに収まる秋一。
何しに来たんだろうか、此の人は。
七海が彼の立場ならもう顔を合わせたくないものだが。
なのに、その日のうちに。
男と知って店に苦情、と云う訳でもないらしいし。
「だって、きちんと謝ってなかったから……ごめんなさい。」
立ち上がると、改まって深々と下げられる頭。
流石に店内で目立つのですぐ座らせたが。
昨夜は秋一を"捨て犬"と表したが、相応しい呼び名だったようだ。
黒褐色の毛並みから垂れた耳が見えそうな空気。
「あと良かったら、ケーキ……、どうぞ、お詫びです。
そんなに甘くないので、もし苦手でも食べられると思うんですけど……」
黒い紙袋に、「Miss.Mary」の洒落た白いロゴ。
此方に来てから七海も耳にした名前。
チェーン店を幾つか構える、評判のシフォンケーキ専門店。
差し出されるまま素直に受け取ってしまった。
「そもそも、怒るような事無いし……俺こそ、ごめんな、女じゃなくて。」
顰めた小声は、トーンの落ちた七海の物。
偽り無い謝罪の言葉。
六花の姿をしていても、化けるべきでないと。
秘密の共有、此れでお互い様。
「……ケーキ、切りましょうか。」
「あ、はい、食べて食べて!僕もよく行くけど、本当に美味しいから!」
秋一が顔を上げ、今度は犬の尻尾が左右に振れる。
流石にキャバクラで連日となると財布には厳しかろう。
こうして過ごせるのも1時間。
それまでは、愉しく行こうじゃないか。
「あぁ、でも……ご馳走してくれるなら、今度はロールキャベツが良いな。」
野良猫が不敵に笑めば、捨て犬は一瞬驚いた眼。
逢う前から知っていた彼の事。
舞台を降りて今夜が終わっても、それきりでない。
「またね」と別れる関係。
次は、真昼の素顔で逢いに行くから。
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2012.06.02 ▲
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