林檎に牙を:全5種類
思い返せば、昨夜の行動は"迂闊"の一言に尽きる。
七海だって解かっているのだ。

初対面の男の家まで着いて行き、一晩過ごし、性別まで明かして。


冷静になると塊が喉に痞えている気分。
何も無かったとしても、抱え込んだ重みに溜息は止まらず。
自堕落に過ごしていた所為か思考が堂々巡り。
こう云う時、神経の太い烏丸がある意味羨ましくなる。
彼ほど単純に生きられれば悩みも少ないだろうに。

此れには堪らずに引っ掴んだマイク。
大きな声で一曲だけ歌ったら発散出来たようで、気付けば夕方。

髪を巻き直したウィッグに化粧、ドレスで丸く見せる身体の線。
キャバクラの舞台に上がれば声まで化ける。
素知らぬ顔で"六花"として過ごす、いつもの夜だ。



「あ……っ、ど、どうも……」
「……こんばんは。」

気合入れて早々、どうして逢ってしまうのだろう。
指名で向かった席に見覚えのある影。
膝に紙袋を抱えて、窮屈そうにソファーに収まる秋一。


何しに来たんだろうか、此の人は。
七海が彼の立場ならもう顔を合わせたくないものだが。
なのに、その日のうちに。
男と知って店に苦情、と云う訳でもないらしいし。

「だって、きちんと謝ってなかったから……ごめんなさい。」

立ち上がると、改まって深々と下げられる頭。
流石に店内で目立つのですぐ座らせたが。
昨夜は秋一を"捨て犬"と表したが、相応しい呼び名だったようだ。
黒褐色の毛並みから垂れた耳が見えそうな空気。

「あと良かったら、ケーキ……、どうぞ、お詫びです。
 そんなに甘くないので、もし苦手でも食べられると思うんですけど……」

黒い紙袋に、「Miss.Mary」の洒落た白いロゴ。
此方に来てから七海も耳にした名前。
チェーン店を幾つか構える、評判のシフォンケーキ専門店。
差し出されるまま素直に受け取ってしまった。

「そもそも、怒るような事無いし……俺こそ、ごめんな、女じゃなくて。」

顰めた小声は、トーンの落ちた七海の物。
偽り無い謝罪の言葉。
六花の姿をしていても、化けるべきでないと。

秘密の共有、此れでお互い様。


「……ケーキ、切りましょうか。」
「あ、はい、食べて食べて!僕もよく行くけど、本当に美味しいから!」

秋一が顔を上げ、今度は犬の尻尾が左右に振れる。
流石にキャバクラで連日となると財布には厳しかろう。
こうして過ごせるのも1時間。
それまでは、愉しく行こうじゃないか。

「あぁ、でも……ご馳走してくれるなら、今度はロールキャベツが良いな。」

野良猫が不敵に笑めば、捨て犬は一瞬驚いた眼。
逢う前から知っていた彼の事。


舞台を降りて今夜が終わっても、それきりでない。
「またね」と別れる関係。
次は、真昼の素顔で逢いに行くから。


*end

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2012.06.02