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「服を着るのは人間の愉しみ」とは七海の格言。
烏丸からすれば、単に選ぶ時間が長い言い訳に過ぎないが。
ショッピングモールの片隅での事だった。
服の店舗に立ち寄ると、いつまで経ってもレジに向かわない。
欲しい品が無い訳でなく寧ろ逆。
男物のコーナーをぐるり回れば、次は籠を持ったまま女物へ。
一緒に買い物に来ると、決まって陥る事態である。
身体が幾つあると思っているのやら。
相方の女装癖に関してはどうでも良い。
干渉するつもりなんて無いが、此ればかりは閉口してしまう。
そろそろ夕飯の食材を買いに行きたいのに。
「幾ら洒落たって女には負けるだろ……、所詮男だし。」
「…………あ?」
ただの呟きに返事なんて要らなかったのに。
不機嫌露わな低音一つ、黒い猫目に睨み付けられる。
後から思えば、此れが全ての始まり。
「何だと番長、俺の女子力甘く見てるな?」
「俺の女子力……、て言葉自体に矛盾あるだろ。」
「よし、覚えてろ……お前に俺の本気を見せてやる。」
「……何のキャラの台詞だ?」
馬鹿な会話は何年も続いている日常茶飯事。
なのだが、不用意に七海のプライドを突付いてしまったらしい。
カラスの濡羽の髪を持つ中性的な容姿に、高い美意識。
加えて演技派、声や仕草まで化けられば女より魅力的と自覚済み。
そんな訳でナルシストから持ち掛けられたのは、賭け一つ。
「キャバクラの面接受けて、合格したら俺の勝ちな?」
自宅マンションから近くの大通り。
此処から車を走らせて行けば、かなり離れて歓楽街がある。
「紳士の楽園 スーパー女神」やら「レディースクラブ 男達の挽歌」やら。
昼でもインパクト絶大なので、夜なんて凄まじい存在感。
若葉マークの運転中、ネオンに気を取られると危ない。
赤信号を忘れて前の車に追突しそうになった事があるのは烏丸の秘密。
「あ、でも一ヶ月待って。ダイエットとか準備あるから。」
「……念入りだな。」
心の底からどうだって良いけど。
そもそも、こんな展開になったのも七海に流されただけの話。
烏丸だって訳が分からないままなのだ。
「ところで夕飯、豚肉安いらしいからカツ丼にしようかと……」
「何っ、俺を太らせようったってそうはいくか!」
「……分かった、変更して刺身な。」
「……刺身で。」
七海が"準備"とやらに取り掛かったのは翌日以降。
何か買い込んできたり、一人で鏡の前で表情を作っていたり。
此方も巻き込まれてダイエットメニューへ切り替えも。
作るのは誰だと思ってるのやら。
ただ量を減らせば痩せると云うものでもない。
元から少食な方なので、残した物はよく烏丸の胃に収まっていたし。
そうして"美女"が現われたのは、一ヵ月後。
「どやさ!」
コツ、と足元で軽やかに鳴るのは華奢な靴の踵。
胸元に零れるカフェオレ色の巻き毛。
猫に似た顔立ちを生かすメイクで、愛らしくも艶やかに。
細身を桜色のワンピースに包んだ小悪魔。
第一声以外は完璧。
「あぁ……、良いんじゃないか……?」
「何やねその反応、「彼女がお洒落してきたのに無関心な彼氏」かっ!」
で、何だっけ?あぁそうか、賭け、面接。
はっきり言って忘れていた。
蹴られたところで思い出したなんて、黙っていた方が良さそうだ。
長年の相方もウィッグを被ると髪型一つで別人。
何か違和感があると思えば、よく見ると瞳が紫に変色している。
勿論カラーコンタクトなのは判っているのだが。
お前は覚醒したアニメキャラか。
「胸……、何詰めてんだ?肉まんか?」
「ウォーターパッドのブラ。前から欲しかったし、思い切った。」
そうして車に乗り込み意気揚々、七海が勝負に向かう。
さて、結果は如何に?
合格を知らせたのはそれから暫くして。
「どやさっ!」
めでたくこうして七海のプライドは守られたらしい。
巻き毛を掻き上げる指先までも自信に溢れ、勝ち誇ってみせる。
そうですかー、と曖昧に返すだけで終わらず。
賭け、と云う名目だったからには烏丸の負けとなる。
何か欲しいとか言い出したらまた厄介。
「そうやね……、とりあえず夕飯カツ丼が良いな。」
「何だよお前、やっぱり食いたかったんじゃないか……」
今度こそ騒動は幕を閉じたかと思いきや。
面白そうだからと本当に勤め始めるとは予想外だった。
その後長らく、烏丸は七海の深夜帰宅に付き合わされる事となる。
黒猫が捨て犬と出逢う一年前の出来事。
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烏丸からすれば、単に選ぶ時間が長い言い訳に過ぎないが。
ショッピングモールの片隅での事だった。
服の店舗に立ち寄ると、いつまで経ってもレジに向かわない。
欲しい品が無い訳でなく寧ろ逆。
男物のコーナーをぐるり回れば、次は籠を持ったまま女物へ。
一緒に買い物に来ると、決まって陥る事態である。
身体が幾つあると思っているのやら。
相方の女装癖に関してはどうでも良い。
干渉するつもりなんて無いが、此ればかりは閉口してしまう。
そろそろ夕飯の食材を買いに行きたいのに。
「幾ら洒落たって女には負けるだろ……、所詮男だし。」
「…………あ?」
ただの呟きに返事なんて要らなかったのに。
不機嫌露わな低音一つ、黒い猫目に睨み付けられる。
後から思えば、此れが全ての始まり。
「何だと番長、俺の女子力甘く見てるな?」
「俺の女子力……、て言葉自体に矛盾あるだろ。」
「よし、覚えてろ……お前に俺の本気を見せてやる。」
「……何のキャラの台詞だ?」
馬鹿な会話は何年も続いている日常茶飯事。
なのだが、不用意に七海のプライドを突付いてしまったらしい。
カラスの濡羽の髪を持つ中性的な容姿に、高い美意識。
加えて演技派、声や仕草まで化けられば女より魅力的と自覚済み。
そんな訳でナルシストから持ち掛けられたのは、賭け一つ。
「キャバクラの面接受けて、合格したら俺の勝ちな?」
自宅マンションから近くの大通り。
此処から車を走らせて行けば、かなり離れて歓楽街がある。
「紳士の楽園 スーパー女神」やら「レディースクラブ 男達の挽歌」やら。
昼でもインパクト絶大なので、夜なんて凄まじい存在感。
若葉マークの運転中、ネオンに気を取られると危ない。
赤信号を忘れて前の車に追突しそうになった事があるのは烏丸の秘密。
「あ、でも一ヶ月待って。ダイエットとか準備あるから。」
「……念入りだな。」
心の底からどうだって良いけど。
そもそも、こんな展開になったのも七海に流されただけの話。
烏丸だって訳が分からないままなのだ。
「ところで夕飯、豚肉安いらしいからカツ丼にしようかと……」
「何っ、俺を太らせようったってそうはいくか!」
「……分かった、変更して刺身な。」
「……刺身で。」
七海が"準備"とやらに取り掛かったのは翌日以降。
何か買い込んできたり、一人で鏡の前で表情を作っていたり。
此方も巻き込まれてダイエットメニューへ切り替えも。
作るのは誰だと思ってるのやら。
ただ量を減らせば痩せると云うものでもない。
元から少食な方なので、残した物はよく烏丸の胃に収まっていたし。
そうして"美女"が現われたのは、一ヵ月後。
「どやさ!」
コツ、と足元で軽やかに鳴るのは華奢な靴の踵。
胸元に零れるカフェオレ色の巻き毛。
猫に似た顔立ちを生かすメイクで、愛らしくも艶やかに。
細身を桜色のワンピースに包んだ小悪魔。
第一声以外は完璧。
「あぁ……、良いんじゃないか……?」
「何やねその反応、「彼女がお洒落してきたのに無関心な彼氏」かっ!」
で、何だっけ?あぁそうか、賭け、面接。
はっきり言って忘れていた。
蹴られたところで思い出したなんて、黙っていた方が良さそうだ。
長年の相方もウィッグを被ると髪型一つで別人。
何か違和感があると思えば、よく見ると瞳が紫に変色している。
勿論カラーコンタクトなのは判っているのだが。
お前は覚醒したアニメキャラか。
「胸……、何詰めてんだ?肉まんか?」
「ウォーターパッドのブラ。前から欲しかったし、思い切った。」
そうして車に乗り込み意気揚々、七海が勝負に向かう。
さて、結果は如何に?
合格を知らせたのはそれから暫くして。
「どやさっ!」
めでたくこうして七海のプライドは守られたらしい。
巻き毛を掻き上げる指先までも自信に溢れ、勝ち誇ってみせる。
そうですかー、と曖昧に返すだけで終わらず。
賭け、と云う名目だったからには烏丸の負けとなる。
何か欲しいとか言い出したらまた厄介。
「そうやね……、とりあえず夕飯カツ丼が良いな。」
「何だよお前、やっぱり食いたかったんじゃないか……」
今度こそ騒動は幕を閉じたかと思いきや。
面白そうだからと本当に勤め始めるとは予想外だった。
その後長らく、烏丸は七海の深夜帰宅に付き合わされる事となる。
黒猫が捨て犬と出逢う一年前の出来事。
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2012.06.15 ▲
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