林檎に牙を:全5種類
マシュマロチョコファッジが思いのほか好評だったので
もう一回このカップリング書いてみました。
今度は稲荷さん視点です、バレンタインの前と後。
子供時代の思い出は、どれも懐かしさよりも塩辛い味がする。

別に生い立ちが不幸だった訳ではない。
例えば其れは、転んで擦り剥いた痛みだったり。
絵本やテレビの悲しい場面だったり。
何でもない出来事に、小さい頃の私はすぐ泣いてしまうのだった。


両親は優しいけれど、厳しい祖母に見つかると厄介な事になる。
父も泣き虫で手を焼かされたそうなので重なったのだろう。

そんなに泣いてばかり――……

身を硬くする私に決まって浴びせられる言葉。
けれど何故だろうか、今となっては其の先が思い出せなかった。
苦い記憶を本能的が拒否しているのかもしれない。




ついそんな事が掠めたのは、駄々を捏ねて泣く子供を目で追っていた所為。
父親に手を引かれて、すぐに見えなくなる。
今日も店舗前のメインストリートは騒がしいくらいの賑わい。
こんな光景などショッピングモールで有り触れた物。

隔てられた空間からすれば、まるで別の世界の事。
手元に視線を戻せば豪奢なレースの塊。
愛らしい色で溢れそうなランジェリーショップ「Lulu」。


あの子くらいの頃、将来の夢は何だったっけ。
色々あった気がするけど、少なくとも全く予想してなかった未来。
内向的な私が接客業なんて、と両親から心配もされた。
それでも長く勤めていれば板につくもの。
今では副店長の立場、大抵の事なら一人で何とかなる。

人間は一度擦り込まれた価値観を簡単にリセット出来ない。
"涙はみっともない"の教えは根深く。
大人になってからは隠す術が自然に身に付いた。
泣いて気が晴れるなんて、子供のうちだけだと気付いたし。

元からきつめの顔立ちは薄化粧でも引き締まる。
表情を崩さず、制服で背筋を伸ばす日々。


「サイズ、お探ししましょうか……?」

熱心に新作コーナーを眺める、見慣れた後姿。
声を掛けると小さく肩が跳ねて振り返る。

シュシュで纏めた髪が尻尾みたいに一つ揺れた。
透けそうな白い肌に、大きな黒い瞳。
随分前からのお得意様。


着る物で雰囲気が変わるものだと、彼女を見てつくづく思う。
セーラー服で来ていた時は如何にも優等生タイプの印象。
卒業したのか、暖かくなってから私服。
ふんわりしたロングスカートに合わせるのは、意外にラフなトップス。
自然で甘過ぎない女の子らしさ。

「あ……っ、良いです、無いみたいなので。」
「そうですか……すみません……」

申し訳無さそうに手を振る姿に、此方が申し訳なくなる。
今日も駄目だったか。
顔を覚えてしまうほど通っている割に、買う事は少ない。

出ているだけで全てなので、欲しい物と合わないのが原因。
腕は細いのに、Tシャツの胸だけが大きめで目立つ。
ブラのデザインは小さめが基準。
グラマーサイズまで取り揃っている物となれば少ない。

そして気まずくなったのか、早々に立ち去る。
見送る私の胸にも妙な靄を残して。



「胸大きいのって……、大変?」

しまった、と思ったのは口走ってしまった後。
前置き無しで訊くなんて流石に可笑しい。
驚くか、顔を顰めるか。
どちらでもなく、新人は表情を変えずに小首を傾げた。

「セクハラですか?何なら触りますか?」
「いや……、そこまでは……」

大学が近いからと、また今年の春に後輩が一人増えた。

桃色の制服が様になってきたのは岸さん。
小柄で幼さの残る顔に、張り詰めた前開きシャツの胸。
腕を広げるとボタンとボタンの合間に隙が出来る。

「急にごめんなさい……、職業上、気になると云うか。」
「あぁ……、そうですね、こーゆー所じゃないとサイズ無いですし。」
「行くお店も限られる訳ね……」
「ブラ買う時、胸が大きくて良かった事なんて絶対無いですよ。」

両腕を組んで、飽くまで真面目な顔の断言。
掌に収まる程度の私には無縁の悩みか。
欲を言えばもう少し、と思う事があっても不満も無いのだ。

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2012.06.21