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林檎に牙を:全5種類
女装は飽くまで変身であって、本物になりたい訳じゃない。


最初こそ、女性名と外見のコンプレックスによる開き直り。
成り切って周囲を騙す悪戯半分。
幼い頃からの遊びは時が流れた今でも続いていた。
すっかり馴染み、年季が入っているだけに見破られる事も少ない。

そして、女の姿は「六花」の名でキャバ嬢の地位を手に入れた。
学生として平穏に過ごす昼に、小悪魔を演じて稼ぐ夜。
二つの性を行ったり来たりの生活。

ややこしい話ではあるが、要するに服装の幅が広いのだ。
人間は着る物によって印象が変わる。

それをボーダーライン無しで愉しんできたのが、七海。



「何、東さん……俺そんなに変な事言ってる?」
「あ……、ごめん、"心が女性"って人だと思ってたから……」

頬杖で見据えれば、水に似た滑らかさで零れる黒髪。
コンタクトの無い猫目も同じ色。
今は、恰好も声も紛いなく男の七海のまま。

勘違いで失礼な事もしてたのではないかと云う心配か。
対する秋一は口篭もりながら謝罪。


向かい合わせのテーブル席、昼食に来た店での会話だった。
いつもなら烏丸も居るところだが、今日は急用によりキャンセル。
彼らの間に居た一人が欠けると空気も少しばかり変わる。
既にどちらも空になった皿とグラス。
口を塞ぐ物は無くなって、黙っている言い訳をさせない。

ごめん、の言葉で妙に違和感を覚えた。
首を横に緩く振ってから、七海が軽い息を吐く。
訊かれたから答えただけなのだし。

それに、聞きたいのはそんな言葉じゃなく。

「俺も訊きたい事あるんだけどさ。」
「……うん、何?」

前振りなんて短くて良い。
本当は水を一口欲しいところだけど、すぐ済む話。
ピッチャーを持った給仕が来ないうちに。


「東さん、俺の事好きなの?」

真っ直ぐに突き刺す漆黒の猫目。
前髪と長い睫毛が影を落としても、強く。


確信はあった。

伊達に、嬢として過ごす夜を一年以上続けちゃいない。
自惚れとも言い切れず元から鋭い勘。
相手の望みや好意を読み取るのは得意手なのだ。


乾く唇を小さく舐めた。
そして再び牙が覗いた時には、もう別人。

「……それとも"六花"の方?」

密かな咳払い、喉の奥で入れ替わっていた。
コケテッシュな響きを持つ女の声。

周囲の誰からも見えやしないテーブルの下。
向こう側へ細い手を伸ばした。
上半身も少しばかり傾いて、顔を覗き込む形。

「……ぁ……ッ!」

触れた場所は、くたびれたジーンズの膝。
爪を立てて引いた途端。
それまでただ呆然としていた秋一が跳ね上がった。
電気でも走ったかのような表情で。

たった此れだけの事なのに。


「……じゃあね。」


時間切れを告げて、伏せ気味になる瞼。
代金を置くとテーブルに踊り出た小銭が鳴る。
張り詰めた空気を無機質に破って。

立ち上がってからは早く。
一つも振り返らず、猫のしなやかさで七海は店を後にした。

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2012.07.08