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昼の七海にどんな事が起こっても、夜になれば違う顔。
カフェオレ色の巻き毛と紫の瞳。
どちらも作り物だが、よく似合って浮世離れした美貌になる。
今夜纏うのは白いチャイナドレス。
肉感的な女性よりも起伏の少ない細身の方が映える。
スリットの裾は広く、男の腰でも対比で引き締まって見えた。
「こんばんは……、六花です。」
ローズ色に濡れた唇から零れる声は女。
「club メルティ」のキャバ嬢、六花の夜が来た。
「人間は」の次に入る言葉は何か?
"顔"や"中身"と回答はそれぞれだが、七海に言わせれば"キャラ"。
ホステスと云えば、色気のある美人を想像するところだろう。
けれど実際には皆タイプ別に分けられるものである。
盛り上げ役だったり、甘え上手だったり。
六花のセールスポイントは妖艶さ。
侵し難い雰囲気ながら、惹かれずにいられない魔力。
なので、他の嬢と比べるとしつこく口説かれる事も少ない方か。
人形めいていると苦手意識を持たれる世代も居るものの。
相手の話を聞く側に徹する理由は此れである。
自分ばかりお喋りすると、ミステリアスな印象が壊れてしまう。
本来なら七海だって客の側なのだが。
寧ろ、最初はキャバクラに来る男達の気持ちがよく解からなかった。
まだ学生だから、なんて理由でもないと思う。
客の世代は上ばかりでなく、実際に若者だって珍しくない。
年を取ればまた価値観が変わる?
そうかもしれないが、どうしてもあちら側に立つ事が想像出来ない。
確かに異性も酒も良い物に違いない。
けれど烏丸には負けるが、七海が情熱を注ぐ物の一つは音楽。
腹からの声でストレスも飛び、アルコールより酔える。
今でこそ、キャバクラの価値を何となく理解出来るものの。
日常から切り離された華やかな場所。
若い女と呑み、言葉で気持ち良くなるだけで構わないのだ。
セックス目当てで誘う客も勿論多いが。
優しさを買ってでも、裕福な気分に浸りたいのが男心。
それを思えば、やはり七海はどうやっても此方側。
ドレスを纏って小悪魔に化ける愉しみ。
同じだけ金を掛けるなら、着飾る方に価値があるのだ。
そうしてまた、先程までソファーの隣で相手していた客を送り出す。
グレーのスーツの中年男性も六花を気に入っている一人。
よく指名してくれる常連である。
少しばかり脂ぎっていようとも頭が薄かろうとも客。
地位があるだけ羽振りも良いのでありがたい。
「……ありがとうございました。」
送る挨拶は、誰が相手であっても皆一様に。
別れのキスを交わす店先。
生々しい煙草と酒の匂い。
相変わらず意味も嫌悪も感慨も持たない行為。
ただ、今は少し違った。
薄目を開いていた視界の端、建物の間に引っ込んだ影。
「……東さん。」
客が消えた後、ヒールの音を立てずに近付く。
まさかと思ったが予想通り。
冷たい壁に寄り掛かったまま潜めていた息。
呼び声に肩を震わせて、叱られたような面持ちの秋一。
夜であっても、此の界隈は賑わうネオンで明るい。
加えて周囲から突き出る長身。
ただでさえ目立つ秋一が隠れられる訳なく。
初めて逢った時を思い出した。
共に夜を過ごしてしまった翌日に、よく似ている。
用件は多分きっと、昼間の一件に対して。
何かしらの返事を伝えに来たらしい。
そうして目撃してしまったのだろう、先程の光景を。
気まずくて出るに出られずいたと云うところか。
メールでも電話でも手段はあったのに。
ご丁寧に会いに来たりするから、ショックを受けたりするのだ。
「どうして泣いてるの?」
膨らんだ涙を見据えて、問い掛ける声は"六花"の物。
秋一が泣くのもあの時以来。
だけど今度の原因は自分、拭う指先なんて無い。
こう云う奴だって判ってたろうに。
スリルと金銭の為に面白半分、客を騙す事もキスも何とも思わないと。
彼の用意してきた返事がどちらかなんて判らない。
しかし七海でも六花でも同じ事。
今、秋一の中で其の感情が息絶えたのは間違いなく。
此れで駄目ならば、もう逢う事も無い。
見納めだとしたら。
ヒールの足でも大きい身長差。
泣き顔を引き寄せた拍子、零れた涙の粒が消える。
勿体無いと七海の喉が鳴った。
対する秋一は突、然の事に声も忘れて驚いた表情。
何故か堪らなく美味しそうで。
濡れた頬に舌を這わせれば、塩辛い筈なのに甘い後味。
ああ、やはり。
吸い寄せられるまま舐めてみた唇も。
更に傷を抉ってどうしようと云うのか。
失恋から立ち直ったばかりの事など、七海がよく知っているのに。
此処に先立つのは欲望だけ。
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カフェオレ色の巻き毛と紫の瞳。
どちらも作り物だが、よく似合って浮世離れした美貌になる。
今夜纏うのは白いチャイナドレス。
肉感的な女性よりも起伏の少ない細身の方が映える。
スリットの裾は広く、男の腰でも対比で引き締まって見えた。
「こんばんは……、六花です。」
ローズ色に濡れた唇から零れる声は女。
「club メルティ」のキャバ嬢、六花の夜が来た。
「人間は」の次に入る言葉は何か?
"顔"や"中身"と回答はそれぞれだが、七海に言わせれば"キャラ"。
ホステスと云えば、色気のある美人を想像するところだろう。
けれど実際には皆タイプ別に分けられるものである。
盛り上げ役だったり、甘え上手だったり。
六花のセールスポイントは妖艶さ。
侵し難い雰囲気ながら、惹かれずにいられない魔力。
なので、他の嬢と比べるとしつこく口説かれる事も少ない方か。
人形めいていると苦手意識を持たれる世代も居るものの。
相手の話を聞く側に徹する理由は此れである。
自分ばかりお喋りすると、ミステリアスな印象が壊れてしまう。
本来なら七海だって客の側なのだが。
寧ろ、最初はキャバクラに来る男達の気持ちがよく解からなかった。
まだ学生だから、なんて理由でもないと思う。
客の世代は上ばかりでなく、実際に若者だって珍しくない。
年を取ればまた価値観が変わる?
そうかもしれないが、どうしてもあちら側に立つ事が想像出来ない。
確かに異性も酒も良い物に違いない。
けれど烏丸には負けるが、七海が情熱を注ぐ物の一つは音楽。
腹からの声でストレスも飛び、アルコールより酔える。
今でこそ、キャバクラの価値を何となく理解出来るものの。
日常から切り離された華やかな場所。
若い女と呑み、言葉で気持ち良くなるだけで構わないのだ。
セックス目当てで誘う客も勿論多いが。
優しさを買ってでも、裕福な気分に浸りたいのが男心。
それを思えば、やはり七海はどうやっても此方側。
ドレスを纏って小悪魔に化ける愉しみ。
同じだけ金を掛けるなら、着飾る方に価値があるのだ。
そうしてまた、先程までソファーの隣で相手していた客を送り出す。
グレーのスーツの中年男性も六花を気に入っている一人。
よく指名してくれる常連である。
少しばかり脂ぎっていようとも頭が薄かろうとも客。
地位があるだけ羽振りも良いのでありがたい。
「……ありがとうございました。」
送る挨拶は、誰が相手であっても皆一様に。
別れのキスを交わす店先。
生々しい煙草と酒の匂い。
相変わらず意味も嫌悪も感慨も持たない行為。
ただ、今は少し違った。
薄目を開いていた視界の端、建物の間に引っ込んだ影。
「……東さん。」
客が消えた後、ヒールの音を立てずに近付く。
まさかと思ったが予想通り。
冷たい壁に寄り掛かったまま潜めていた息。
呼び声に肩を震わせて、叱られたような面持ちの秋一。
夜であっても、此の界隈は賑わうネオンで明るい。
加えて周囲から突き出る長身。
ただでさえ目立つ秋一が隠れられる訳なく。
初めて逢った時を思い出した。
共に夜を過ごしてしまった翌日に、よく似ている。
用件は多分きっと、昼間の一件に対して。
何かしらの返事を伝えに来たらしい。
そうして目撃してしまったのだろう、先程の光景を。
気まずくて出るに出られずいたと云うところか。
メールでも電話でも手段はあったのに。
ご丁寧に会いに来たりするから、ショックを受けたりするのだ。
「どうして泣いてるの?」
膨らんだ涙を見据えて、問い掛ける声は"六花"の物。
秋一が泣くのもあの時以来。
だけど今度の原因は自分、拭う指先なんて無い。
こう云う奴だって判ってたろうに。
スリルと金銭の為に面白半分、客を騙す事もキスも何とも思わないと。
彼の用意してきた返事がどちらかなんて判らない。
しかし七海でも六花でも同じ事。
今、秋一の中で其の感情が息絶えたのは間違いなく。
此れで駄目ならば、もう逢う事も無い。
見納めだとしたら。
ヒールの足でも大きい身長差。
泣き顔を引き寄せた拍子、零れた涙の粒が消える。
勿体無いと七海の喉が鳴った。
対する秋一は突、然の事に声も忘れて驚いた表情。
何故か堪らなく美味しそうで。
濡れた頬に舌を這わせれば、塩辛い筈なのに甘い後味。
ああ、やはり。
吸い寄せられるまま舐めてみた唇も。
更に傷を抉ってどうしようと云うのか。
失恋から立ち直ったばかりの事など、七海がよく知っているのに。
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2012.07.17 ▲
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