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林檎に牙を:全5種類
やる気が出ないのは茹だる暑さの所為ばかりでない。
重い気分を抱えたまま過ごす半月は長く。
陽射しはこんなにも強く、若者が浮かれる季節だと云うのに。

そうして迎えた学生最後の夏休み、七海は20歳になった。

男女を使い分ける七海にとって、切り替えは得意手。
けれど、どちらの姿も持っているからこその詰んだ状態なのだ。
蝉の声も一層煩わしい。
七海こそ叫びたいところだが、それすら侭ならず。
あれっきり、歌い手GIGIも引っ込んでしまっていた。

こうしている間にも時は流れ、もう終わった事。
わだかまりを残そうとも、そのうち軽くなっていくのだろう。


昼前の窓の外、ガラス越しに太陽の眩しい青空。
どんなに良い天気でも出掛ける気も起きず、七海一人で留守番。
天気予報が猛暑を警告する日、相方は何処かへ消えた。
バイトでもないのにご苦労な。

エアコンの効いた部屋、台所から戻った七海はアイスクリーム片手。
Tシャツに下着だけの寝起きの恰好で食卓に着く。

先程目が覚めたばかりなので此れが朝食。
烏丸がラップのおにぎりも用意してくれていたが、まだ空腹でもないし。
蓋を開ければ、甘い褐色のチョコレート。
皿に分けるのも面倒と、大きなカップのままスプーンを突き立てる。

全部平らげてしまうつもりはないけど。
烏丸と分ける為に買った物なので、流石に叱られる。
行儀が悪い食べ方も良い顔をしないだろうけど、今は居ないのだし。

冷凍庫から出したばかりなので硬くて巧く掬えない。
持ち上げるようにして、少なめの一匙目。
後味苦めのチョコレート。
きゅっと口腔が冷えても、甘い香りが体温で溶け出す。

スプーンを咥えたままぼんやりしていた、その時。
呼び鈴が鳴ったのは突然だった。

烏丸が鍵でも忘れたか、若しくは宅配便の類だろうか。
突然来客するような心当たりもないし。
考えるより先に行動、とりあえずパックを冷凍庫に戻す。
部屋着用のデニムに脚を通して玄関へ。


「……はぁーい?」

扉を開けた七海に掛かる、大きな影。
心臓が一つ大きく鳴った。

「ご無沙汰してます……」

情けない気持ちを堪えた表情の秋一。
所在無さげに佇む姿は、困った子供に似ていた。

顔の造作と遠慮がちな低音が、妙に懐かしく感じる。
ああ、そうだ、こんな声だった。
語尾が掠れた甘さはじわりと胸に沁みる。

元々ラブホテルだった此処の廊下は屋内。
部屋と比べて空調があまり効いていないので、蒸し暑さを感じる。
固まったままでは背中に汗まで滲む。
何か口にするにも息苦しくて、中へと招き入れた。



テーブルの上、今度は向かい合わせにガラス皿が二つ並ぶ。
小さめの山に盛られたチョコレートのアイスクリーム。
櫛と剃刀だけは済ませておいて良かった。
だらしない服装で少々恥ずかしいが、恰好つけるのも今更。

それで、今日は何の御用?

住所を教えたのは他ならぬ烏丸。
それどころか、家を明けた理由は此の為だったらしい。
事情なんて何も知らない筈なので、気を利かせたと云う訳でもなく。
秋一に頼まれるまま深く考えずに承諾したのだろう。
勿論、信用している相手だからこそでも。

もう逢う事なんて無いと思ってたのに。
またも外れた、此れで二度目。


「だって……返事してなかったじゃないですか、まだ……」

あのまま置き去りになっていた、"好き?"の問い掛け。
七海としては聞かなくても別に構わないのだが。
顔を見ぬ間、予測していた秋一の心情を当人の前で口にしてみた。
物珍しさとか気の迷いとか。
此処まで来てくれた相手に、残酷であっても。

「ちょっと……、待って……」

傷付けられたように見開かれた眼。
けれど苦味走った表情で止まって、肩を掴まれる。

「ちゃんと僕の声聞いて下さい。」

また泣かせてしまうかと思いきや、縋る色は無い。
響きは強く、男の意地。
弱い部分を見慣れてしまっていただけに感心した。


「どっちって言われても選べませんからね、僕。」

真っ直ぐ見据えて言われた意味が、一瞬解からなかった。
二択だったのにそんな回答。

「女性の代わりなんかじゃないです……
 どっちも持っているのが"君"でしょう?」

ありのままで、なんて綺麗な言葉。
金銭と面白半分で同じ男を騙すような自分なのに。
本当に、それでも良いのだろうか。

七海の方だって逢えなくて苦しかった理由なんて、一つ。


「だから、言わせて下さい……好……ッ!」

このまま逆転負けするのも癪。
低音を遮って唇を塞いだ、此れも二度目。

何だか随分と遠回りしてしまったものだ。
こんな野良猫じみた自分が居たって何の得にもなるまいに。
何処まで逃げたって追い駆けてきた。
ふさふさした黒褐色の毛並みで、懐こい大型犬。


「犬にチョコって毒だっけか。」
「あ、あの……何の話……?」

教えてあげない。

此れが毒ならお互い様と覚悟を決めよう。
舌先に残るチョコレートが、重なった熱で溶け出す。
ガラス皿も放ったらかしで。


*end

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2012.08.16