林檎に牙を:全5種類
お付き合いする事になりました。
二つ下で、髪が綺麗で黒猫みたいな美人。

秋一にとって生まれて初めての彼氏。



「それじゃ、とりあえず……」

七海の合図に、秋一と烏丸もビールの缶を掲げる。
中空で三本ぶつかり合う乾杯。

勢い余ったものだから思い切り揺れた中身。
既に開いていた飲み口から泡が溢れ、秋一が慌てて舌を伸ばして拭う。
舐め取る様が犬みたいだと七海に笑われた。
からかわれても腹は立たず、寧ろ甘い気分が胸に溶ける。


まだ他にも冷えた缶が数本に、烏丸の得意料理の皿。
三人で食卓を囲んだのはマンションの部屋。
チョコレートの絡むキスから、何日か経っての事である。

思い返せば、随分こっ恥ずかしい告白。

七海の前では格好悪いところばかり晒してきたので今更だが。
今も鮮明に残る唇の甘さ。
気持ちを確かめ合っただけなので、味わったのは此処だけでも。

夕方の部屋は真昼と雰囲気が違う。
薄闇が降りた夏の空に、昇り掛けた月が美しい。
見下ろす街にも疎らな明かり。
上の階だけあって、ベランダから眺めた夜景は綺麗だった。

今日の宴会は、交際を祝って?
少し遅れた七海の誕生会?

いや、そう云うのではなくて。


「カミングアウトする事になりそうだったしな、遅かれ早かれ。」
「お酒の勢い借りて、だけど……知っておいてもらった方が良いかなって。」

流れ込む夜風で涼しくなった部屋の空気が、少しだけ張り詰める。
思わず姿勢を正して唇の泡を拭う。
口火を切った七海に、秋一も途切れそうな言葉を続けた。

畏まり、改めての交際宣言。

長年の相方と職場の先輩、どちらも男。
全く寝耳に水の話だろう。
二人揃って真っ直ぐ見据える相手は、烏丸。

「そもそも紹介したの俺だしな……、どんな関係になるかは自由だろ。」

なのだが、当の本人は至って平常。
まだ酒も舐めた程度なので酔っている様子も無し。
無表情が解いた口調は飽くまで軽い。

何故こんなにも悠然と受け入れる事が出来るのか。
理解してもらえなくても当然なのに。

安堵の反面、緊張していた秋一としては拍子抜け。
実のところ訪問が不安で仕方なかったのだ。
「あいつなら大丈夫」と七海に肩を叩かれたのは、そんな時。
そして、気休めなんかではなく言う通りになった。


「女装してキャバで働くような奴だしな、矢田部……
 もう何でもアリ過ぎて、男と付き合うとか言われても驚けん。」
「ああ……、確かにね……」
「ちょい待ち、キャバは辞めたっつの。」

頷きかけた秋一を遮って、割り込んだ七海のチョップ。
大事なところだと牙まで剥いて。

そう、夜にこそ艶めく小悪魔はもう居ない。
会えなくて無気力だった頃から真剣に考えていたのだそうだ。
あれから人格を使い分ける事にも疲れたと口にする。

「両方の顔を持ってこそ」とは秋一も確かに言った。
女装自体は辞める気なくても、けじめ。

女になりきる刺激も高額の収入も魅力的。
けれど、客とのキスで秋一を哀しませてまでの価値は無いと。
七海の意志による選択。


「もーやめ、何かやっぱり「娘さんを僕に下さい」な空気やね。」

ひらり手を振って、七海が交際宣言の件を打ち切る。
思いも寄らない例えは不意打ち。
ビールを吹き出しそうになった秋一に対し、やはり動じない烏丸。

「ある意味間違ってないかもな……お前、やっぱり女装続けるんだろ?」
「性癖だし直す気も無いね、まだ着てない服だってあるしさ。」
「で、"六花"とやらの人格どうすんだ。」
「融合したから問題無い、二重人格モノって大抵そうなるっしょ。」
「そうだな、中学の時から居た……なりきってる時は「矢田部」て呼んでも
 横向いて「あたし六花よ?」て女声で返された……」
「痛っ、流石に黒歴史やね……でも番長こそ痛い時期だったろ。
 自作の暑苦しい歌詞ノート憶えてるぞ俺、どんな顔で書いてたんよ?」

何の話なんだか。
傍から聞いている秋一には訳が解からず、黙って缶に口を付けた。
二人にしか読めないテンポで会話は流れていく。


「あ、ごめん……二人でばっか話しちゃってて。」

決まり悪さを誤魔化し笑いして、適当なところで中断となる。
謝罪するような事でもないのに。
首を横に振って、秋一が穏やかに口許を緩めた。

「ん……、何か二人の雰囲気って良いなって思って。
 遠慮無しに付き合えて、長く続いていられるのって凄いね。」

妙な縁の出逢いを経て、こうして顔を揃えたら2+1の関係。
淡々とした低音ながら重い口を解く烏丸。
ミステリアスな色気を潜めてしゃっきり受け答えする七海。
どちらも一対一の時とは違う面が現われる。

「良い事ばかりでも無いけど、相方だしな……色んな意味で。」
「あ、それにさー……東さんだってあるんじゃないの、中学の痛い話。」

秋一だけに向けた意地悪な笑み。

細めた眼はコンタクトの無い漆黒、小首を傾げて流れた髪も。
けれど此れは小悪魔の物。
七海の中で、"六花"は確かに生きている。


「僕はー……小学校の頃からダンスやってて、その頃はモテ期だったもんだから
 調子乗ってて「ジャニーズ入ろうかな」とか思ってたよ。」

呑みながら聞いていたのが不運。
泡を吹き出しそうになったのは、今度は七海の番だった。
片や、秋一の話に耳を傾ける烏丸は浅く頷きながら。
そうやって冷静に受け止められると却って恥ずかしいのだが。

「あはははっ!ま、まぁ……腹割って話せる関係に、なれたって事で……」
「ちょ……っ、もー!笑い過ぎだって七海!」

悪いとは思っているようでも、まだ笑いで震える七海の声。
秋一もまだ慣れない名前を口にしてみた、勢いで。
あの時まで"どちら"で呼ぶべきか分からず避けてきたのだ。


「……なら、もう一度乾杯するか?」

新しい関係、と云う事で烏丸なりの解釈らしい。
時間が経って汗だくになった缶。
先程よりは気楽に、軽い音が再びぶつかり合う。

黒猫と烏に、改めて大きな犬が加わった。
此処はなかなか居心地が良さそうだ。



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2012.08.29