林檎に牙を:全5種類
冷房が効いた電車の窓に、夏に染まった景色が流れて行く。
見慣れたホームまで運ばれてからドアの前に立った。
開いた瞬間、全身を包む湿気を含んだ生温さ。
サンダルの靴底が石畳を叩けば、早足の人波に呑み込まれる。

笛の音が時間を切り裂く駅はいつだって忙しない。
影を落とす屋根から覗いた青。
眩しい空も太陽も、午後になれば多少大人しい色合いになる。


行き交う人々は皆一様に暑さで浮かれた6月の日曜日。
何処か疲れた顔を引き摺って、保志拓真は鞄を肩に掛け直した。


薄着だと鍛えられた頑丈な筋骨が殊更際立つ。
太い二の腕は布地が張り付き、袖に隙間がほとんど無い。
黒目がちで人の良さそうな顔立ちだが、体形に見合って頼り甲斐ある印象。
顎に軽く髭を整えている所為だろう。
一つまみの渋味が31歳の実年齢よりも少し上に見せる。

遠い店で昼食を済ませた帰り道。
腹が膨れれば気持ちも落ち着く筈だが、まだ胸の中には少しざわめき。

ビビった。



専門学校生時代の友人からの誘いだった。
卒業してからも時々こうして会い、付き合いが続いていた仲。
数人で飲み会する際などには彼女も一緒に連れて。

その"彼女"と云うのが綺麗な黒髪の美人。
大きな猫目が印象的で、凛と甘いハスキーボイスが艶っぽい。
モデルのように頭身も高いが、友人が長身なので釣り合って見えた。
何と云うか、浮世離れした雰囲気の一言。

友人と彼女、三人での食事の席。
別に其の為に設けたのではなく、話の流れで至ったのだが。
思い掛けない告白を受けたのが今日。

実は、今まで彼女と思っていたのは彼氏。
女装趣味はあっても立派な男だと云う。


出された免許証と男声で喋ったのが証拠。
すっかり両者共に顔馴染になっていただけに驚いた。

男同士のカップル、となる訳だが、拓真は大して異常に思わず。
多分、どう見ても女にしか見えなかった所為だろう。
外見での違和感が無ければ、嫌悪やそうした物は意外と薄い。

昔なら兎も角、今はただでさえ若者が中性的な時代。
愛らしい顔立ちの男性アイドルは珍しくない。
ヴィジュアル系アーティストの女装なんて御馴染み。
実際、友人の"彼氏"も音楽をやっているので其の類らしいし。

何にせよ遠い話だと思っていたのに。
よく見知っていた筈の相手が、と云う事の衝撃。


人込みをぼんやり歩いていたら、誰かの鞄が腕にぶつかった。
謝罪も無く擦り抜けて行ってしまった影。
溜息を吐いて見送り、痛む部分をさすりつつ方向転換。

このまま帰宅しても特に予定も無し。
何か愉しみが欲しい。



主に土産物売り場が並ぶのは帰りの方面。
反対側はファーストフードや服屋の多い駅ビルとなっている。
広間の手前、小さな化粧品店の隣が目的地。
周囲の店が季節によって色彩を変える中、其処だけはいつも同じ。

大人びて落ち着いたモノクロ調の空間に、焼き菓子の甘い匂い。
シフォンケーキ専門のパティスリー「Miss.Mary」。
美味しいと評判で、県内でも幾つか構えるチェーン店の一つ。

そして、拓真が通っている店。
男一人でも入りやすい外観なので気楽。

持ち帰りする客の方が圧倒的でも、小さなカフェも兼ねている。
いつも拓真が一息吐く場所。
しかし、人が集まる駅で日曜の午後は掻き入れ時。
そう数の多くないテーブル席は既に埋まっているらしく騒がしい。
空席は無いかと覗いて不意の事。


「店内でお召し上がりですか?」

耳に馴染んだ声に、背中を叩かれた。


黒いキャスケット帽の頭は、先が跳ね気味の天然癖毛。
少しばかりボリュームのある様が毛並みの柔らかい動物を思わせる。
カジュアルな細い黒縁眼鏡に涼しい顔立ち。

早未遼二は此の店とよく似た雰囲気を持つ。
ふんわりした髪と相まって、微笑むと穏やかな印象。

制服を纏った身体は確かに男の物でも痩せ型。
無意識に自分と比べる拓真からすれば、どうも華奢に見えてしまう。
橙の照明の下で白いシャツは仄かに染まった色。
「Miss.Mary」のロゴと羊のマスコットが刺繍されたカフェエプロン。
ストレートパンツの黒が脚をしなやかに引き締める。


「今、一つ空きますから。」

少々お待ち下さいね、と言い渡して片付けに行く後姿。
常連だけにお見通しと云う訳か。
レジカウンターで注文を済ませ、トレイを受け取る頃には完了。
案内された席に拓真が腰を落ち着けた。

フェイクレザーのソファーに軽く沈み込む身体。
どっしりした骨盤に此処の椅子はやや窮屈なのでありがたい。
今日やっと安堵出来た感覚。

そうして、フォークを構えて皿のバナナシフォンと向き合う。
焼きっぱなしのケーキは素朴な外見。
狐色の表面を突き刺せば押し返す弾力、最初はそのままで一口。
しっとり優しい甘味と熟したバナナの香り。
ふわりと柔らかいのに食べ応えがあって、後を引く味。

此の店の人気商品に、こうして虜になる者は数知れず。
1ホールなら女一人でも食べ切ってしまう。

愉しんだ後、添えられたホイップクリームとメイプルシロップの出番。
自由に選べるトッピングの中でお気に入りの組み合わせ。
冷たいクリームとシロップが溶けて、濃厚さが加わる。
身体は立派でも甘党の拓真には堪らない。

元から人目を気にする必要など無いのだが。
甘い物をゆっくり味わえる場所は貴重。


「コーヒーのお代わりはいかがですか?」

カップが空になった頃、ポットを手にした早未が席を訪れる。
二杯目からは無料なので遠慮も要らず。
良い香りが立ち昇って描かれる、褐色の流線型。
差し出された際、コーヒーの熱を持った指先が触れ合った。


今日友人からあんな告白を受けた故に、改めて思う。
同性でも早未は前から気になっていた。
確かに拓真も自覚している。

ただし、別の意味で。


「お前は……、ずっと制服を着ていれば良いのにな。」

当人にも聞こえたであろう独り言。
どう云う意味かって?
解かっている筈だ、此れは"そう云う"微笑。

答えは全て明日にある。

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2012.09.09