林檎に牙を:全5種類
朝が来れば一週間の始まり、皆が嫌いな月曜日。
まだ涼しい時間でも初夏の陽射しは既に強くなりつつある。
アルミパネル張りの校舎が眠い眼に眩しい。

髪色を明るくした学生達は、いつもにも増して何処か気怠げ。
拓真もそうとはいかない。
変身するように羽織る、アイロンの効いたコックコート。
袖を通してホワイトボードの前に立てば、気持ちが切り替わる。

ただし、着ているのは拓真だけにあらず。

少し背丈のある帽子、締められたスカーフとカフェエプロン。
コートの下は千鳥格子柄のパンツルック。
実習室に揃った面々は、皆一様に白を纏って同じ格好。

乾学園、調理&製菓専門学校。
製菓コース1-Bは洋菓子実習の時間。


「此の手法は"シュガーバター法"と云って、基本なので覚えるように……」


隣で声を張っているのは老年の菅原講師。
長い経歴と実績を持つが、年齢が年齢なので何かと一人では不便。
卒業後、そのまま学校に就職した拓真は飽くまで助手。

最初にボードのレシピを書き写し、作りながらポイントをメモをする。
今日はCake aux fruits。
ラム酒の香りでお馴染みのフルーツケーキ。
得意先に配る為、毎年クリスマスにも大量に作るので練習も兼ねて。


班に分かれた生徒達は調理台にノートを広げている。
菅原が話している間に手早く準備しつつ、拓真の視線が一つ動く。
其の先に、髪を覆う帽子でも隠れ切れない癖毛。

人目を引く柔らかそうな髪に黒い眼鏡。
コックコートの生徒達に紛れる中、早未の姿もあった。

クラスメイト達がペンを走らせる最中、窓際の席で軽く頬杖。
後で誰かに見せてもらうつもりなのか随分と余裕である。
眩しいとも眠いともつかず伏せ気味の瞼。
レンズ越しの眼はぼやけて、欠伸の涙で睫毛に光の粒。

店とは違う緩んだ顔。
いや、此れはまだ良い方の表情。



実習が始まれば下ごしらえの後、繋がれるのはコンセント。
部屋中に攪拌の機械音が鈍く響く。
シュガーバター法はミキサーの使い方を習うようなもの。
ドライフルーツと粉類を混ぜるまで、人の手はサポート状態。

実習は量が多いので、班一つで使うミキサーがこれまた大きい。
バターケーキやメレンゲ作りに欠かせない物。
寧ろ、此れらで泡立て器を使う事は少ないくらいである。

時には、両腕で抱えなければ持てないようなボウルの出番もあるのだ。
確かに機械の方が何かと合理的。
ただ、お菓子を作る趣味が高じて入学したのに「甲斐が無い」と言う者も。
手作業でないと出来ない事もあるので、何となくの話ではあるが。

一年生のうちは洋菓子、和菓子、製パンを全て実習する。
中でも製パンは特にそうだろう。

勿論手捏ねする作業もあるが、生地作りなんてほぼミキサー任せ。
発酵も専用の装置に入れて待つだけ。
家でパンを作っていた、と云う者はあまりの楽さに拍子抜けする。


4~5人の一斑につきパウンド型に分けたケーキは3本。
生地の表面を平らにしてナイフを縦に入れ、天板に載せて集められる。
焼く時は年季の入った大きなオーブンで共に。

さて、約40分の待ち時間。
遊んでいる訳にもいかず、各々自分の絞り袋と口金の用意させる。
焼き上がるまでホイップを絞る練習。
力加減も形を揃えるのも技術が必要なので、まずは慣れ。

けれども、生クリームではすぐ駄目になる。
扱いやすくて繰り返し使える、練習用ショートニングの出番。
質感は似たような物なので代わりで充分。


大理石の冷たい調理台に綴られる、白い鎖。
気を抜けば容易く千切れてしまう。


絞り袋を握る生徒達は少々緊張した面持ち。
騒がしかったケーキ作りの時よりお喋りも控えめになる。
手元を見回る拓真が今度は近くで窺う。
その班の中で最も綺麗に揃えられている、鎖の主。

日溜まりの席で眠そうに潤んでいた眼は何処へやら。
やはり伏せ気味でも、今は凛とした色が宿る。
揺ぎ無く引き締まった表情の早未。

此れもきっとバイトでの賜物だろう。
着席時は暇そうでも、製菓への情熱なら本物らしい。



「クマちゃん、あたしの分のケーキあげるっ!」

焼けたら冷まし、オレンジの皮のシロップ漬けを塗って完成。
実習のケーキを取り分けて早々に声を掛けられる。

拓真は助手なので生徒達から気楽に呼ばれる事が多い。
体格の良さと「たくま」の名で、通称クマちゃん。
大人としての威厳は何処か足りないものの、親しまれている証拠。
派手な女子は特に物怖じしない。


「あげる、て言われてもな。」
「食べたら酔っちゃうじゃん、あたし車通学だから飲酒運転になっちゃう。」
「なら、帰ってから……」
「だってコレ嫌いなんだもん!こんなの貰っても困る!」

要するに片付けたいだけ。

ドライフルーツ、たっぷりの洋酒、どちらも苦手な者は多い。
フルーツケーキは好き嫌いが分かれるレシピ。
必須授業だけに避けられないので、承知の上であるし予測通り。

「クマちゃん、私のも貰って!」
「あげるあげる!」

こうして反論も流され、一人でも受け取ってしまうと厄介。
同じく此のケーキが苦手な生徒達が、包みを持って押し寄せて来る。
拓真だって菅原の手伝いで作ったケーキがあるのに。
女子の集団の勢いに、断り切れずにいると。


「……モテますね、保志さん。」

しれっと明らかな皮肉は背後から。
含みのある色に変わってしまっていても、馴染みの声。


拓真の背後には丁度、例の班の調理台。
ああ、やはり無視してしまえば良かったかもしれない。
げんなり気分で振り返ってしまった後で思う。

此処に居るのは、先程までのどれとも違う表情の早未。
小馬鹿にするように低温を保った眼。

「誉めているなのかつもりか、それは。」
「ええ……、10万くらいの壷なら押し切られて買わされそうですよね。」
「早未、何が言いたい……」
「愚か者め。」

冷ややかな物言いは、いちいち棘が突き刺さってくる。
それきり言葉を切られたら一方的に終わり。
もう拓真を見向きゃしない。


バイト中に見せる良い子の顔は表。
柔らかな外側を開けば、本性なんて真っ黒。


いっそ見事とすら思う詐欺めいた化けっぷり。
腹が立ちつつも思わず関心。
つい早未が気になってしまうのは、こうした理由。

そう、それだけだ。

其の壷を売りに来るのは彼かもしれない、なんて頭を過ぎる。
まさかとしても笑えやしない。
部屋一杯に香り立つラム酒で酔った所為だか。

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2012.09.15