林檎に牙を:全5種類
拓真が入学したのは5年前、専門学校生は年齢が同じと限らない。
26歳から製菓の道を選んだスロースターター。

大人になりきれないうちは5歳以上の差で大違い。
クラスでも一番年上、10代ばかりの周囲から「オヤジ」とすら呼ばれた。
今となれば、彼らも当時の拓真とそう変わらない年。
どれだけ失礼だったか気付いた筈だろう。


それまで直走っていた、プロボクサーの道。
断ち切った意思は自らの物だった。

原因はよくある怪我でもなければ、行き詰まりでも無く。
所属ジムが潰れた事は切っ掛け。
他へ移ってもまだ伸びるだろうにと、惜しまれつつの引退。

今までと関連性の無い道に見えても、製菓を選んだのは反動。
食に対する禁欲から解放されたからこそ。
大抵の格闘技は体重が物を言う。
同じ階級でないと戦えない決まりなのは危険回避の為。
それだけ荒々しい世界なのだ、プロならば尚更。

常にダイエットをして体重計と向き合う生活。
掲げた白旗は、好きな物も食べられない日々に対して。



しかし在学中の事を思い返してみれば、溜息。
例の"男と付き合っている友人"秋一との出逢いも含まれる。

彼らが一年生の頃、クラスは調理が2階で製菓が1階。
上の窓から煙草を落としてしまった時、下の窓から頭が出ていたら?
火が消えていなかったものだから大変。
慌てて謝罪に飛んで来た秋一と、前髪を焦がした拓真。
そうして初めて顔を合わせた日。

通常、調理と製菓は同じ校舎でも接点無し。
奇妙な縁が出来てから何だかんだで続く付き合い。


数年前、「Miss.Mary」駅ビル店に初めて足を踏み入れたのも。
拓真を連れて行ったのは秋一だった。
帰りと反対側なので、それまで存在すら知らなかった場所。



「バナナシフォンがお勧めですよ。」

カフェコーナーを利用する客でも、注文は最初にレジカウンターで。
狐色に焼けて甘く匂い立つシフォンケーキ。
それはそれで美味しそうだが、見ただけではあまり区別が付かず。
ショーケース前で迷っていたところの一声。

そして、高校生から其処に勤めていた早未の事も。
幼馴染だと云う秋一からの軽い紹介。

大人にとっては早い2~3年も子供には成長期。
今より小柄だったし、顔も声もまだ幼さが残っていた気がする。
ふわふわした黒髪と相まって甘い印象の少年。


「良かったら、ご試食いかがでしょうか?」

爪楊枝に支えられて、賽の目状に切られたケーキ。
眼鏡のレンズ越しに覚えたての微笑。
勤め始めらしく不慣れな口調ながらも、飽くまで穏やかに。


「遼君、僕も貰って良いかな?」
「試食しなくても秋一さんいつも此れじゃないですか、もう。」

羨ましそうな秋一に、早未が吹き出し笑いで声を揺らす。
こうして受け取っての一口。
それからずっと、帰宅途中に時々遠回りしての寄り道コース。




やっと片付けを終えたら、何だかぼんやりしてしまっていた。
実習はいつでも掃除で締め括られる。

窓を開けると、初夏の風に溶けていくラム酒の匂い。
1-Bの教室も向かいに見下ろせる。
ただし階段と渡り廊下に行く手を阻まれて、近いようで遠く。
移動と着替えもある生徒はあまり長居していられず。
掃除当番の班はまだ用具を手にしていても、各々の調理台では帰り支度。


「あー……、結局貰っちゃったんですね……」

調理台に残された拓真のケーキの包みに対して一言。
同じ敬語でも皮肉の効いた早未の物とは違う、同情混じりの色。
そもそも此れは女の声。

今年から入学した早苗は秋一の妹。
色素の薄さや顔立ち、長身は東家の特徴らしい。
血の繋がりを匂わせても、性別が違うので確かに別人なのだが。
帽子を脱げば、ウサギのバレッタで留めた長い髪。

それと拓真より少ないにしても、早苗の手元にも幾つかの包み。
班員に押し付けられた役目は同じか。

「……あー、そっちもか。」
「ええ、まぁ……貰い手あるから何とか消化出来ますけど。」
「女子は集団になると圧されるな、時々怖い。」
「ちょっと前まで、何も怖い物が無い女子高生でしたから……」


此方も秋一の縁あって顔を合わせば談笑する仲。
優しげな雰囲気も馴染みがあり、早苗とは話やすい。
けれど、それも長く続かず。

「さーちゃん、そろそろ戻りますよ。」

背後からコックコートの袖を軽く引いた手は、早未の物。
そうだね、と返す早苗も親しげに。

「次って菓論でしたっけ、後でノート見せて貰って良いですか?」
「遼、いっつも寝てるもんね……良いけど。」

秋一と幼馴染と云う事は、彼女ともそうなのだろう。
並んでみると大体同じくらいの身長。
どちらも柔らかな佇まいなので、一見すれば似合いのカップル。


「……何見てんですか、僕のケーキはあげませんよ。」
「いや、要る訳ないだろ……!」

早未の方はやはり見せ掛けだけなのだが。
誰にでも敬語だが、拓真と早苗に対してではまるで違う温度差。
まさか妬かれているのではないだろうか。
生徒にそんなつもり無いのだが。

そうだ、本来なら早苗のようなタイプが好みの筈なのに。
秋一と似ているので、恋愛感情の面で見るのは妙な気分ではあるが。
ささくれた物言いの早未の方がある意味何かを残す。

既に一日分疲れた。

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2012.09.22