林檎に牙を:全5種類
その日、見上げた空は飽くまでも平和だった。
じりじり光が突き刺さってくる青と、膨らんだ入道雲。
クリームソーダを思わせる色合い。
ただ、そんな呑気な事を言っていられたのは午後までか。

油断できない梅雨の6月。
いつの間にか侵食され、夕立で酷く荒れ出した。


暫く電車に揺られて、やっとの思いで辿り着いた駅ビル。
逃げ込んでも叩き付ける雨音が響く。
まだ家まで歩かねばならない拓真には安心出来ない。
尤も、天気予報で呼び掛けていた注意なら朝きちんと聞いた。

傘が無い訳じゃない、そうじゃない。



悪天候の影響は「Miss.Mary」にも出ている。
帰宅が憂鬱になる日、荷物を増やすなんてとんでもない。
どうやっても持ち帰り数は少なめ。
冷えた身体をコーヒーで温めに寄る者ならそこそこ居るのだが。
雨宿りには良いかもしれないが、まだ止む気配無し。

店の前の広間を挟んで、遠いガラス扉。
平和な駅ビルから一転して、既に暴風雨と化した夜が見える。
時折逃げ込んで来る人達は皆びしょ濡れ。


今日はケーキどころか、サンドイッチまで頼んでしまった。
まだ胃に空きがあっても拓真の夕飯。
通い慣れた家までの距離が遠くて、席で粘ったまま時間だけ過ぎる。

「……お代わり要りますか?」
「いや、遠慮する、もう此れ以上飲んだら胃が焼ける。」

視界の端に現われた、橙の照明を弾く銀色ポット。
二重人格疑惑の早未。
掛けられた声は店よりも学校寄り。
こうして此処に何度も足を運んではいたが、流石に訝しげ。

当然かもしれないと思いつつコーヒーを断っても動かず。
長居が過ぎる拓真に、今は生徒の顔で訊ねる。

「待ち合わせですか?ふられたんですか、雨だけに。」
「違う、誰がうまい事を言えと……」
「て云うか、まだ居る気なら追加注文良いですか?」
「まぁ、店だしな……言うと思った。」


けれど実のところ「帰れ」と言われないだけ意外だった。
冷たい扱いに慣れ過ぎた所為かもしれない、いつの間にやら。

だから、早未の事は別に嫌いではないのだと思う。
棘に苦手意識を抱いたりもしたが、本当は大して気にしてない。
此処で顔を合わせても如何と云う訳でもなく。

店員が待っている横でメニューを選ぶのは、何だか落ち着かず。
軽い物でも適当に指そうとした時。


ガラス扉が白く染まる程の発光。
身構える間も無く、凄まじい雷鳴が夜を震わせる。


「…………ッ!!」

悲鳴を呑み込んだ拓真が思わずメニューを落とす。
分かっていても拾う余裕など無し。
遠くでゴロゴロ唸る声は聴こえていたが、此方に来てしまったか。
それだけで身体が竦んでしまっていたのに。

「……雷怖いんですか、アンタ。」

早未の言う通り、そう云う事だ。
傘があるのに帰れなかった理由は一つ。


勿論、一度きりでは終わらず。
空が激怒しているかのような勢いで続けざまに。
先程より大きい種類でもないものの、それなりの激しさで夜を裂く。
駅ビルにもざわめきが広がり始める。

「何だ、普通は怖い物だろ……!」
「いや、普通はそんな死にそうな顔しないと思いますけど。」

これだけ分かり易く怯えるのも拓真くらいだが。
血の気の引いた顔で耳を塞ぐ。
頑丈な身体を縮込め、そのまま硬直状態。

屋内に居る限り安全な事くらい解かっているのに。
いや、今はそうでも、そのうち雷雨の中を帰らねばならない。

一方、早未と云えば怖くもなさそうなら動じもしない。
響く轟音が五月蝿いとばかりに顔を顰める程度。
席の傍らに立ったまま拓真を見下ろす。


「……早未、まだ何か用か?」

もう追加注文どころじゃないなんて察して欲しい。
コーヒーは要らないと言ったのだ、もう消えてくれないか。
他にもカップが空になっている客は居るだろうに。
こんな姿を晒すなんて余計に情けなくなる。

不意に、テーブルの上へ置かれた重いポット。
浅く腰を屈めた早未と目線が交差する。

「家、何処ですか?」

何故それを今訊いたりするんだろう。

は、と声が漏れそうになったが、引き攣ったままの喉は動かず。
しかし拓真の表情は正直なもの。
「意味が解からない」と書かれた顔を読み取って、早未が付け足す。


「駐車料金出してくれるなら、僕の車で送ってあげますよ。」

脈絡が無さそうな問い掛けはそう云う事。
雷鳴の合間、一呼吸の静寂に投げられた言葉。


どうする?

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2012.09.30