林檎に牙を:全5種類
そう云えば、早未も電車通学ではなかったろうか。
毎朝の車両は顔馴染だらけ。
春から2ヶ月も経てば私服でも専門学校の生徒は大体判る。
その中に、柔らかい癖毛の頭も幾度か見掛けた。

家から直行出来る足があるなら、電車なんて必要無いだろうに。
バイト先が駅ビルだから手間も仕方ないのだろうか。

「いえ……、いつもは家から駅まで歩きですけど、今日は特別。」

普段はあまり運転しないので天気が悪い時だけ、との事。
納得して頷きかけた次の瞬間、嫌な予感も。
豪雨で視界が悪い中、若葉マークがきちんと運転出来るのやら。

送ってもらう身の拓真には何も言えやしないが。


渡に船、全くの予想外で差し伸べられた手。
何のつもりかと勘繰ってしまったが。
もし申し出が他の誰かだったら、親切と受け取ったろう。
言葉に甘えるか遠慮するかは別としても。

けれど、雷で立ち往生していたのも確か。
裏があったとしても背に腹は代えられず、早未の手に縋ってしまった。


あれから30分程で早未は終業時刻。
身支度を整えるのを待ち、連れ立って駅ビルを後にした。

雷鳴こそ治まり始めたが、雨が更に激しくなってきた。
横殴りに降られては傘など役立たず。
駅ビルの出口から駐車場までは大して遠くないが、今日は別。
鞄を抱えて共に全力疾走。

やっとの思いで辿り着いた駐車場は、屋根があるだけましな物。
コンクリートが剥き出しになった簡素な広い空間。
昼でも薄暗いのに夜ともなれば、何処か不気味ささえ漂う。

ぽつぽつ点在する、毒々しい橙色の明かりに照らされた地面。
落ちる人影は二つでも、ある意味一つ。

「もう良いですか?」
「ああ、すまんな……重ね重ね……」

掴まれていた手首を解放されると、漸く分離する。

駅ビルの出口でスタートを切る直前の事。
稲光で身体を硬くしたら、早未に片腕を取られたのだ。
舌打ち混じりだったかもしれないが。
そのまま引っ張られる形で、何とか此処まで走れた訳である。


ドアを開いて招待されたのは、すっきりしたフォルムの白い車。
助手席に恐る恐る拓真が身体を押し込める。
密閉空間だからか、知らない場所の匂いが少々落ち着かない。

そして運転席の早未はと云えば、まるで別人。

飛沫が跳ねたレンズでは何も見えない。
タオルで眼鏡を拭いているので素顔を晒してるのは初めて。
特徴だった癖毛も雨に打たれ、項垂れて水が滴る。
髪が変われば印象も随分と違ってくるものだ。

濡れて気持ち悪い、と夏物のカーディガンは乱雑に脱ぎ捨てられる。
モノクロのボーダーTシャツに色褪せたジーンズ。
店の制服かコックコート姿しか見た事が無かったので目新しい。

そこまで考えて、ああ、と気付く。
拓真は早未の事を知らないのだ、実のところほとんど。


「1000円下さい。」

視線に気付いていたかどうか。
眼鏡を掛け直した時には、もう見知った早未の表情。

送迎代を兼ねた駐車料金、そうだ、忘れていた。
自然に金をせびられる意味。
ぼんやりしていて認識が遅れたが、慌てて財布を探る。

こうして取り引き成立。
エンジン音で目覚めた車がゆっくりと動き出す。

早未の手から紙幣と駐車券を呑み込んだ自動料金所。
「ありがとうございました」の電子音声、出口の遮断機が上がる。
フロントガラスを叩き付ける容赦ない水量。
白い車体は雷雨の街へ飛び出した。



「その辺だと、帰りは9時半過ぎそうですけど構いませんね?」

拓真の住所を聞き、ハンドルを切りつつ早未が強い口調で。
運転に集中しているので此方は見ない。

時間を食ってしまうが良いも何も文句など言えず、それに仕方ないのだ。
早未の家と駐車場のある西口に対して、拓真は東口の方面。
駅を突っ切る徒歩なら大した距離でもないのだが。
車道となると遠回り、おまけにワイパーが間に合わない視界。


明かりの滲む闇に、強い雨音としつこい雷鳴。
ただ、妙な緊張を含んだ空気を感じる拓真は無言になる。
纏わりつく湿度で息苦しい。

「怖いからって抱き付かないで下さいよ。」
「そんな気持ち悪い心配は要らん……、俺の方が嫌だ……」

視線が交わらないので繋がりが出来るのは声だけ。
棘のあるいつもの軽口、返す事も慣れたつもり。
けれど其の先は。
拓真が何か言おうとしても外の音に掻き消される。

本当は、喉の奥で固まっているのに。
訊きたい事も言いたい事も。


「それにしても……雷怖がるとか意外ですね、保志さん。」

なので、会話は早未が主導権。
其処を突かれる覚悟なら一応決めていたけれど。

「悪いか、怖い物くらい誰でもあるだろ……」
「そうですけど、何かトラウマでもあるみたいに見えましたよ。」
「何故分かったんだ……」
「え、ガチですか。」

これには早未の方が少々驚いた声。
此処まで来たら成り行き、話さざるを得なくなる。
早未は興味無いかもしれないけれど。


此れは拓真が子供だった時に、祖母から聞かされた話。

その祖母も小学生の頃、雷の鳴る夕方に友達と二人で学校帰り。
分かれ道で「また明日」と告げた、いつものように。
それから暫く歩いた後、背後で凄まじい轟音。
何事かと慌てて戻ってみると。

先程まで一緒だった友達が、雷に打たれて黒焦げになっていたと云う。


「ああ……アンタ、婆ちゃん子ですか。」
「薄い感想だな、現代っ子め……」
「まぁ、確かにゾクッとはしますけども。」
「子供には相当な恐怖だぞ?」

元々雷が苦手だったところに深手の傷。
身近な者の体験談と云うのが、また現実味を帯びていて怖い。
以来、拓真にとって夏そのものが憂鬱な季節。

「僕の生まれは山ですからね、天気悪い時はこんなもんじゃ……」

甘い、とばかりの追い討ち。
そこまで言いかけて不意に途切れる。

「何だ、どうした?」
「どうした、じゃないでしょう……此の先、どっちですか?」

停まったのは、見慣れた分かれ道。
気付いたらもう既に家の近くまで来ていた訳だ。

「あ……、右行ってくれ、もう其処のアパートだから。」

そこからはドアが開くまで無言だった。
もうじき降りるという時に、先程の続きなんて聞いても仕方あるまい。
然程重要な事柄でもあるまいし。

けれど、何故か拓真には妙なくすぶりを残して気になった。
そんなどうでも良さそうな話が。



「悪い、世話になったな……」
「"ありがとう"だけで良いんですよ、こう云う時は。」

アパートぎりぎりまで近付き、屋根の下に降りた拓真と車内の早未。
頭を下げてみても素直になり切れないお互い様。

やっと呼吸出来る場所に出たのに。
雨に切り取られて遠くなった距離が、今はやたら遠く感じる。
一瞬生まれた繋がりが錯覚だとしても。


「また明日。」

走り出す寸前、トラウマの話と同じ別れの言葉。
投げた早未は多分きっと故意。
そう云う笑みを含んだ声だった、あれは。

ああ、全く性格悪い。
そう思いつつも拓真の溜息は重くなかった。

また明日、学校で。

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2012.10.04