林檎に牙を:全5種類
七海に遭ったのは偶然、多分きっとそう云う日なのだろう。
一度ある事は二度ある。
思いも寄らないほど近いうちに、意外な者と。

何故、こんな所に居るのか。

「熱があるんじゃなかったのか?」
「ありますよ……、今、熱いです。」

其処は嘘でなくとも、具合が悪い所為でもないだろう。
頬どころか襟の緩い鎖骨辺りまで桜色。
返事で口を開けば、アルコールが濃く匂い立った。

公園のベンチに降り注ぐ電灯の白い光。
怪訝な顔の拓真と酒瓶片手の早未、二人の影が伸びる。



拓真が掛け時計の電池切れに気付いたのは、夕飯の後。
予備も無いので近場のコンビニへ走った。

夜も明るく賑わう繁華街が広がる西口。
東口も駅の周辺はビルで囲まれているが、10分も歩けば様変わり。
大通りを離れると、小さな店や住宅が多くなり割と静か。
そうして帰り道で公園を通り掛かった時に気付いた。
見覚えのある、ふわふわ癖毛。

家で寝ている筈ではなかったのか。
数時間前、発熱を理由に帰宅した筈の早未。


「居酒屋は高いし……、未成年は駄目って、家だと母が五月蝿いので。」

一人になれる場所を適当に探して辿り着いたのが公園らしい。
しかし職場放棄で呑んでいる、にしても妙。
傍らの酒だって缶ビールやワンカップならまだ分かるのだが。
何処で買ったかスパークリングワインの瓶。
ソーダ水のような気軽さで、ラッパで煽って無茶な呑み方。

「前から1本呑んでみたかったんです。」
「いや、俺が訊きたいのはそうじゃなくて……」

本当にどうしてしまったのだろう。

呂律は回っているものの明らかに様子がおかしい。
棘のある時も穏やかな時も、低温で余裕を保つ早未とは別人。
酔っていると云えばそうだが。
そもそも何故、酒を口にしているのやら。

こんな時間にこんな場所。
仮病で早退してまで、一人で呑んでいる理由。


ベンチに凭れる早未はぐにゃりだらしない座り方。
背中までずり落ちそうになったところで、重たげに身体を起こす。
すると今度は、悠々と横になろうとしたので流石に止めた。
そのまま寝てしまいそうだから笑えない。

よく見れば、ほとんど飲み干された瓶の中身。
それだけ酔いも回ってきているらしい。

「お前、そんな状態で帰れるのか……」

此処から駅までにしても千鳥足では遠い。
辿り着けても、突っ切って反対側となれば相当な距離だろう。

そうこうしている間に、伏せ気味の瞼は落ちる寸前。
仮にも生徒をまさか放って置く訳にいかず。
昨夜のお返しで家に送り届けるにしても、拓真の車は此処に無し。


「……とりあえず、うちでも来るか?」

断られたら今度こそ拓真が困り果ててしまうところ。
舟を漕ぐように頷かれて安堵した。

大した考えも無く口にした提案。
けれど、他に良い方法も浮かばないのだ。
早未に肩を貸してやると、無理やり立たせて歩き出す。
此れが女なら軽々と背負ってやれるのに。

痩せ型でも筋肉の分だけ質量がある男の身体。
拓真も鍛えているので、それでも持ち上がるとは思うものの。
そうしなかったのは重さの所為だけでなく。




拓真の家は公園からも見える近さのアパート。
専門学生時代から住んでいるので、すっかり肌馴染みの良い空間。
成り行きで連れて帰ったが奇妙な事になってしまった。
早未が自分の部屋に居るなんて。

とりあえず長座布団に寝かせてやると、バッグを枕に力を抜いた。
当たって痛むのか、外された眼鏡は無造作に放られる。
大事な物だろうに仕方ない、拾い上げて卓袱台に置いてやった。


やっと解放された拓真が伸びを一つ、背を向けて台所に立つ。
実習で持ち帰ったケーキだらけの冷蔵庫に用は無し。
普通の来客なら茶菓子には困らないのだが、今は事情が違う。
コップに冷たい水だけ汲んで渡した。

むくり起き上がると早未の癖毛は更にくしゃくしゃ。
丁度欲しかったところなのか、大人しくコップに口を付けた。
そうして、ふと巡らせた視線は卓袱台の上。


「飴貰って良いですか、口が苦くて。」
「遠慮無いな、お前……別に良いけどよ。」

横目で捕らえた菓子鉢、既に早未は手を突っ込んで探っている。
ワインの後味が喉に焼き付いているのだろう。
縺れる指で包みを破くと、オレンジの粒を口に投げ込んだ。


さて、これからどうしたものやら。

少し醒ましてから車に乗せてやるか。
あからさまに酔ったままでは親に雷を落とされるだろうし。
キーをポケットに忍ばせ、早未の横へ腰を下ろした。

それに拓真には事情を聞く権利がある。

熱があるからと去られた時、多少は心配したのに。
ただの嘘だったなんて納得出来ない。


訊ねてみようとも、無言を貫かれるかもしれない。
寧ろ其の可能性の方がずっと高いと思いきや。
ぽつり、早未の重い口が解けた。

「保志さんは、知ってたんですね……」
「何の話だ?」
「あの人が……、男だって。」
「誰の事……」

言い掛けて気付いた。
該当する者は一人しか居ない、と。

そうだ、早未の変化は七海が姿を現してからだった。


七海とは以前からの顔見知り。
男だと発覚した事で何が問題か、若しくはショックか。

好き、だったとしたら?

此れはまるで失恋の自棄酒。
そう考えてみれば、確かに辻褄も大体合うように思える。

スーツ姿でもあれだけ華があって綺麗な顔立ち。
細身に女物の服、化粧を施せば、艶の匂い立つ美人にしか見えない。
そちらしか知らなかったら完全に騙される。
実際、時々呑む仲の拓真に明かされたのもつい最近なのだ。

デリケートな問題だと判ると途端、何と言って良いのか。
まさか色恋沙汰だなんて。
不味い部分に踏み込んでしまったかもしれない。


けれど、性別は置いたとしても。
あれは秋一の恋人だと早未だって知っていた筈だろうに。
入り込む隙なんて元から無いのだ。
それとも、奪い取る自信でもあったのやら。

苛立ちに似た物を覚えて、すぐさま打ち払う。
追い討ちを掛けても仕方あるまいし。

「まぁ、そう思いますよね、普通は……、半分だけ正解です。」

滑稽そうに喉で笑う、早未の声。
そうして広がるざわめき。
皮肉めいた響きが泣いているようにも聴こえた。

息苦しくなるのは、拓真の方。

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2012.10.18