林檎に牙を:全5種類
「はっきり言えばどうなんだ。」
「はっきり言えば、困るのって保志さんの方ですけど。」


思わせぶりにも聞こえる物言い。
いや、此れは拓真を気遣っての事かもしれない。
"困らせたくない"が、ほんの少しでも本音だとしたら。
知る事には、責任が伴う。
不意にそんな言葉を思い出した。

けれど、どうして拓真に覚悟が必要なのだろう。

恐る恐るでも探り入れて伸ばした手。
実のところ、まだ何も掴んでないに等しいのだ。
肝心な物に触れないままで引き込める訳にもいくまい。
その方が幸せだと言われても。


「僕、好きな人居るんです。」

ほら見ろ、やはり。
半分正解とは其処の事だろう。

「だから、七海だろ?」
「違います……、秋一さん、ですよ。」
「何だ、「好き」て、そっちの意味か。紛らわしい……」
「そこは違いませんよ……、僕、ゲイですから。」

一息で吐かれた衝撃。

決して、酔って言っている訳じゃないと判る。
棘も余裕もかなぐり捨てた色。
それは今まで見せた事が無かった、真剣な横顔。


「……ほら、引くじゃないですか。」

硬く冷えた声が、鋭く突き刺さる。

沈黙数秒、それでも重さは充分に。
耐え難い空気を打ち切って早未が立ち上がった。
乱雑にバッグと眼鏡を掴み、見向きもせず去ろうとする。
その時、一瞬見えた表情。

このまま帰してしまって、本当に良い?


「おい、待て……っ、早未!」

咄嗟に伸ばした手。
届いた肩を掴んで、歩みを封じる。

早未が仮病で逃げ去った、あの時、店で出来なかった事。
本当は引き止めれば良かったのだ。
そうして今度こそ捕まえた、此の手で確かに。

「……良いから、話聞かせてみろ。」

そんな顔するな。

秋一と七海が男同士のカップルだと知っている。
ならば、今更それぐらいで気味悪がったりするものか。
同性でも上手くやっていけると云う証明。
驚きはしたものの、"異常"で片付ける気など拓真には無い。

それに昨夜、弱味なら早未に散々晒した後。
お相子と云う訳でもないが。
此れぐらい受け止めてやれなくて如何するのだ。

義務でも同情でもない、そんなんじゃなくて。



物心付いた頃には、既に自覚していたと云うセクシャル。
同い年で近所の早苗とは長い付き合い。
遊びに行くたび弟のように可愛がってくれたのが秋一だった。
ずっと好きで、大切な初恋。

両親の離婚で苗字が変わり、母の地元に移り住んだのは中学の頃。
秋一が通う専門学校があるのも此方なのだ。
彼の進学により一度は別々になったものの、会える近さならと。

女手一つで子供を育てる為に忙しく働く母とは、微妙なズレ。
それからと云うもの秋一と過ごす時間の方が増える。
時々、調理の勉強だからと作ってくれた夕飯。
休日には遊びに連れて行ってくれた。

駅ビルの「Miss.Mary」も、そのうちの一つ。
この頃からよく二人で寄ったり、お土産で貰ったりしていた。
バイトを決めた理由なんて単純。

父と離れた遼二を不憫に思っての兄代わり。
そうと知っていながら、境遇を利用して存分に甘えた。


同時に、近くに居るからこそ辛い事も味わった。
どれだけ共にした時間が長くても、女には勝てやしないと。

2年前、同棲していた彼女に捨てられた時も。
空いた隣に七海が現われた時も。
伸ばし掛けた手は、秋一が気付く前にいつも引き込めてきた。

"自分とは違うのだから"と言い聞かせて。
いつか女と家庭を持って、ありふれた人生を歩む人なのだと。

なのに、男と付き合っていただなんて。

どんな思いで諦めたか知らないくせに。
急に何もかも馬鹿馬鹿しくなって、どうでも良いと。
力任せに何か壊してしまいそうで酒を煽った。


「いや、本当は……、単に拗ねてるだけ、なんです。」

その一方で解かっていた。
手を伸ばせなかった事など、そんなの自分の勝手。

障害を踏み越える勇気が無かっただけ。
秋一に伝えていたら、受け入れてくれたかもしれないのに。
自己嫌悪も混ざり合っての気分最悪。


「何でこんな事、保志さんに話してるんだか……今日は変な日です。」
「昨日からだろ……あと、そりゃこっちの台詞だ。」

緩んだ口許からオレンジが香る。

涙を流さず泣いているように見えていた顔。
やっと少しだけ早未が笑った。
先程の自嘲めいた類ではなく、暗い曇り空に晴れ間を差し込んで。

座り込んで同じ高さになっていた、ふわふわ癖毛。
振り解かれるかもしれないけれど。
開いた手、くしゃりと早未の頭を撫でる。
幼子をあやす優しさで。

夜気に冷えた髪は指先に絡む柔らかさ。
棘の下に隠されていた"何か"に、触れた気がした。

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2012.10.23