林檎に牙を:全5種類
目を覚ました時、明け方と夕暮れが判らなくなる事が多々ある。
どんなに似ていても間違えたりしないと思っていたのに。

静まった夜に洗われて、清浄な明け方の空気。
夕暮れ頃には忙しない人々の呼吸でだらりくたびれる。
そうして繰り返していく日々。
尤も、それは規則正しい生活をしていたからこその感覚か。

仕事明けに深く眠った後は特に錯覚しやすい。
シーツから抜け出てカーテンを開けば、薄暗い空。

さて、どっち?


「小雪ちゃんの場合って、時間どころか季節感も判ってなくない?」
「一日の出来事を何ヶ月も掛けて描いてりゃ狂うわ、そんなモン。」

蜜が来ているのが夕方の証拠。
こんな子供にまで指摘されると、思わず小雪の返答も尖る。

顔を洗えば、寝起き状態からスイッチも切り替わる。
久しく美容院に行ってない髪は長く伸ばしたまま一束ね。
その割に黒々と艶めき、櫛を通すと天使の輪。

陽を浴びない所為もあって色も白く、名前通り雪を思わせる肌。
気怠げな伏せ気味の瞼に眼鏡。
落ち着いた低音の素っ気無い口調も相まって、さらりと冷涼な印象。
めかし込めば美しく化けるだろうに。
着古した部屋着姿ばかりなので、どうしてもだらしなく見えるが。


専門学校時代に漫画家デビューしてもうすぐ10年。
卒業してからずっとペンを握り、どうしても引き篭もり気味が続く。
ネットがあれば買い物も用件も大抵は済んでしまうし。

仕事自体はデジタルで全て一人きり、出入りするアシスタントも居ない。
そんな訳で、こうして来客があるのは大変貴重と言えた。
すぐ隣街に年の離れた兄夫婦の家。
学校からの帰り、連絡一つで姪っ子の蜜はたびたび転がり込む。
勿論、都合が合えばの話なのだが。

一人暮らしの部屋だって、同性なら別に問題も無し。
それに気遣いも要らない仲。
散らかっていようとも相手しなくてもお互い構わない。


それにしても、目覚めたら夕暮れなんて切ない。
吸血鬼じゃあるまいし。
確かに、先程までの睡眠は身体に大事な物だったのだが。
何だか時間を無駄にした気分になってしまう。

「でもさ、今日は夜からが本番でしょ。」
「あー?」

思わず間抜けた声が抜けてしまった。
何かあるのか、と小雪が訊ねようとすると。

「Trick or Treat!」

とびきり愛らしい笑顔を作った蜜に差し出された手。
思考に数秒、やっと気付く。
今日は10月最後の日、ハロウィン。


「……ほらよ。」

小雪が菓子鉢から適当に拾い上げたのは、うまい棒。
きちんと要求に応じたつもりなのだが、蜜にとってそうとは限らず。
期待した物と違うらしい。
打って変わって、思い切り怪訝な表情。

「もしもし?」

とは言われても。

日本でハロウィンが一般的になってから、まだ10年も経たず。
蜜からすれば幼い頃からの年間行事。
しかし大人の小雪にとっては、数年なんて最近の話。
差が埋められないなんて仕方あるまい。


「だからってうまい棒はナイわ、私せめてチロルなら許せたー!」

髪や表情がふわふわ柔らかくて甘い。
名前通りは蜜も同じ。

ただ、まぁ、ぎゃんぎゃん暴れる今はそう見えないが。

ちょっと前まであんなに小さかったのに、今年もう中学生。
忙しない子に育ったものだ。
決して悪い事ではないとは思うものの。

こんな事を感じる辺り、年を取ったとぼんやり自覚してしまう。
ソファーに悠々寝そべって、沈み込む小雪の身体。
流石にもう眠ったりしないけれど。
抗議の声を右から左へ聞き流し、既に意識は携帯。


それでも食い下がり、上から被さる体勢を取る蜜。
重くても放置していたら膨れっ面。
ふと、頬が萎んで無言。

じゃれつく軽さで重ねられ、触れるだけの唇。


「……何?」
「お菓子くんないから悪戯。」


ああ、そう。

愛情表現がキスの家庭で育ったもので、ほとんど蜜の癖。
深い意味など何も無し。
小雪だって、別にどうこう感じたりしないけれど。


「お菓子欲しいんだっけ……、「Miss.Mary」行くか?」

まったくもう、分かりましたよ、降参。
誘いは白旗の意味。
上体を起こした小雪が目の前の柔らかい頭を撫でる。

たまに食べたくなるケーキは地元の味。
今ならハロウィンシーズン、カボチャ味もあるかもしれない。

「何もう!私にちゅーされんのそんなに嫌みたいじゃん!」
「めんどくせー女だなオイ。」

どうしろと云うのだろう、此れは。

しかし「行かない」なんて選択が有り得ない事なら承知済み。
すっかり暗くなると冷え込む季節。
蜜が放られたジャケットを羽織ると、小雪もクローゼットを開く。
着替えたばかりだと云うのに。
肌に馴染み始めたトレーナーを脱ぎ捨て、ワンピースを引っ張り出す。


夏には祭りだとか、冬には雪が積もっただとか。
こうして、小雪にとっての季節はいつだって蜜が連れて来る。

何となく、蜜の未来が見えた気がした。
彼氏が出来たら、クリスマスやら記念日やらで振り回すのだろう。
ご愁傷様としか言いようがない。

思わず密かに笑ってから、気付く。
その"未来"とは決して遠い話ではないのだと。

此処から動けない小雪にとって一瞬かもしれない。


少年漫画家、雪片黒耀。
彼女にとっての淡い憂鬱は多忙にあらず。


*end



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2012.10.31