林檎に牙を:全5種類
あれっきり言葉を交わさないまま時は流れる、遼二とも七海とも。
どの面下げて話し掛けたら良いものやら。
口数少なく過ごす拓真と裏腹に、輝かしい夏はやってくる。

テスト期間も学期末の授業も終わって、明日から8月。
専門学校は一足遅れた夏休みを迎えた。


実習が無ければ学校でも早々擦れ違う事すら叶わないのだ。
「Miss.Mary」の方には先程寄ってみた。
恐る恐る覗いたところ、シフトが違うのか遼二の姿はあらず。
新しいバイトらしく見慣れない女子高生が増えていた。

此の場合、安心して良いのか悪いのか。

年近いので遼二とも話すような事があるかもしれない。
もしも仲良くなったとして。
あの子も彼に惹かれたりするだろうか。
確率でしかないのに、勝手にそんな考えばかり巡ってしまう。


何もかも、腹の底に沈んでいる気持ちの所為。
あれからずっと居座り続けたまま。

無意識で高を括っていたのかもしれない。
遼二に恋愛感情を抱くのは自分だけだなんて。
そのくせ手を伸ばすには臆病で、躊躇っていたらもう遅い。
きちんと遼二に向き合ってなかった事を思い知った。


梅雨が明けたって夕立雲は夏の空に付き纏う。
駅ビルを出たら、息苦しい湿気。
今日は傘が無い、降り出す前にと早足に帰路を辿る。

そうして着いたアパートの一歩手前。
鍵を探って鞄のポケットから戻した視線、拓真が目を見張る。


「遅かったですね。」

愚痴っぽく投げられる低音。
何処となく疲れた目で塀に寄り掛かっていたのは。
約一ヶ月ぶりに顔を見た、遼二。


其の言葉は「待っていた」の裏返し。
今更、何の為、水面下では疑問ばかり膨れるのに。
此処で先立つ気持ちは嬉しさだと自覚せざるを得なかった。
ただ逢いたかった、待っていたのは拓真の方。

降り出す寸前の空の下では長居出来ない。
とりあえず、揃って家の中へ。
同時にそれは気まずさも持ち込む事であっても。



「……悪かった。」

向かい合って座り込んだ居間。
カーディガンを脱ぎ掛けた遼二の袖を掴んで、頭を下げた。

腹を殴打されておいて拓真が謝るのも妙な話だが。
元はと云えば、原因は此方。
それでもまだ伏せ気味の眼は納得してない模様。

「何で僕が怒ってるか解かって言ってます?」
「誰とでも幸せになれる……、だろ……」

有馬の告白に対して遼二は肝心の返事をどうしたのか。
あれも、本当は拓真自身に言い聞かせた言葉。
仕方ないのだと。
どちらであっても傷付かないように。

あちらは同年代で、クラスメイトで、頼りになる優等生。
自分は年の差もあって、外見もごつくて、些細な事で弱気になって。
こうして比べるだけで胸が痛いけれど。


「俺に勝ち目が無くても、本当は、諦めたくない。
 顔見れないの辛い……どうやっても、好きなんだよ、お前が。」

ただ縋り付きながら泣きそうになっている自覚。
感情を伝えたくても、言葉にすれば使い古された陳腐な響き。
何て情けなくて格好悪いのだろうか。
それでも、離したらもう繋がりも切れてしまう気がして。


「……そうですよ。」

しゃくり上げそうになるのを堪えた沈黙。
苦々しく落とされた遼二の声に、思わず身を固くした。

「僕の為みたいな言い方で、勝手に決め付けてるのが傲慢なんですってば。
 誰とでもって……、其れはあんたの考えでしかないでしょう。
 幸せに"なれる"?どうでも良いです、そんなの些末にも程があります。」

棘だらけの口調で浴びせられるのは批難。
拒絶なのだろうか、此れは。
だとしても、幸せになれるか否かをそんな簡単に片付けて良いのか。
「どうでも良い」の一言で済む筈ないだろうに。

けれど問題は、そうではなく。


「僕が幸せにしたいのは誰か、考えてないじゃないですか。」

そう口にしたら奥歯を噛み締めた。
苦味を堪えた切ない表情、真剣な目で突き刺す。


「早未は……、前まで、東が好きだったんだろ?」
「はい?そうですけど何で今?」
「だったら、物腰柔らかい奴が好みなんじゃ……有馬とか。」
「……まだ其の先言わせたいんですか、あんた。」

恐る恐る問い掛けてみたら、怪訝な色が混ざった遼二の目。
物分かりが悪いとばかりに舌打ちされる。
思わず跳ねてしまった拓真の肩を掴んで、強い声。

「良いですか、僕が好きなのは……
 外見は立派なのにちょっと頼りなくて、判りやすい人です。」

それは、若しかしなくても。


「まぁ確かに、色々と気概を試させてもらいましたけどね。
 それで引き下がるなら、今度は此方から追い掛けてあげますよ。」

肩に喰い込む細い手が滑り落ちたのは、離す為じゃなかった。
背中に巻き付いて、もう身体ごと捕われる。
ふわふわの髪が首筋にくすぐったい。
確かな力で抱き寄せられ、クーラーの効き始めた部屋で熱くなる。

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2012.12.18