林檎に牙を:全5種類
*R指定描写(♂×♂)

正体を無くした男が隠し持つ人間性、一欠けら。
飄々と順応なのも本当、抱えている物も本当。
二の腕の辺りの不快感に気付いて、身体を洗う手を止めた。
泡で濡れた肌に張り付く、紋様のような真白。
いつの間にか抜け落ちた長い髪。

眉を顰めて取り払っても感覚は消えず。
それは何処か、いつでも頭の片隅にある戒めに似ていて。

……―――たくない。




一風呂浴びて寝室に戻ると、目に入るのは静かに横たわった男。
先に湯から上がった後、そのまま眠ってしまったらしい。
遠雷の肌には何も纏っておらず、頬や手足に浮いた鱗の痣が剥き出しのまま。
紛れも無く蛇である事の主張。
其れが虫の自分に喰われている、と思うと可笑しくもあるけど。
形だけ緩めた口許には八重歯。
滴る雫を吸うタオルを巻き、風雅もシーツの上に腰を下ろした。

幾度も意味を成さない行為に及んで、すっかり見知った身体。
それから、初めて気付いた。
点々と水玉を描く、粘着かない薄い体液の染み。


互いに、黄泉へ逝けない身は種を持たない。
そうでなくても同性で孕む事などありえないのだが。

石に魂が宿った事で存在が消えずに残ったのが遠雷。
そして、風雅は妖の力を手にして人の道を外してしまった者。
此の世に再生したのも既に三度目。
こうして記憶や姿が変わらないままで永遠を彷徨うのだろうと覚悟している。
血の繋がる者を持つ事も出来ず、短命の生を繰り返して。
既に、現在の"風雅"としての時間は残り少ないのだ。


シーツに片手を着いて支え、少しだけ前に倒れる体勢。
冴えた輝きの鎖が風雅の首筋で涼やかに一つ鳴る。
決して大きくない音。
風雅が触れる前に眼が開いたのは、其の所為か如何か。
唐突、瞼の下から現れた金色に真っ直ぐ見上げられて笑みを返した。

「あーらァ、起きちゃった?」
「寝てねぇよ……、報酬貰うまでは。」

音も無く起き上がって差し出された手。
そうして風雅が渡したのは金銭などではなく、クリームパンの袋。
"報酬"を受け取ると遠雷は黙ったまま一口齧る。
困るほど飢えている訳でも無い癖に。
第一、死者なのだから食う必要も本当は無い癖に。

けれども、此れは初めて肌を重ねた時から変わらない。
腹が減っている、と云うので交換条件を出したのは冗談半分だったのに。
間に感情が無い関係は始まりから一貫してあっさりしている。


「ご飯くれれば来る者拒まずとか、遠雷さんの身体ってコレと等価なの?」
「お前な……、俺が恋出来ない奴だとか思ってんだろ。」
「あらま、違うって主張するんだねェ。」
「俺みたいなコールボーイ役も必要だろ、生きてる奴には。」
「でも男が好きな訳じゃないんでしょー?」
「まぁ裸見ただけじゃ欲情しねぇな、誘われればそれなりに気分出るけどよ。」

それにしたって男と寝るのは何のつもりやら。
風雅も周囲に思考を読ませないのは同じなのだが、彼はまた違う種類。
遠雷が口を開いたのは、何やら考え込むような仕草の後。

「……チョココロネくらいか。」
「えェー?」
「美味いの知ってても見ただけじゃ反射的に食いたいとは思わねぇ、そんな感じ。」
「あははッ、やーっぱ遠雷さんって面白いわァ。」


あまり答えになっていない応え。
大袈裟に笑い転げて、シーツの上に冷たい白髪が散った。

「今回の生では相手持たない気だったんだけど、駄目だねェ。」
「人肌恋しくなるのは仕方ないだろ。」
「ボクの事忘れないでよ?」
「ん、俺も果ては分からんけどな……忘れないのは確かだぜ?」


水を吸った髪はシーツを濡らして風雅の跡を作る。
湯上りで熱くなった体温も乗せて。

けれども、いずれ時間が跡形も無く消してしまう。



死にたくない。
本当は、死にたくなんかない。


若しかしたら、あの抜け落ちた髪は風雅自身なのかもしれない。
塵と消えるべき刻が来ても尚、必死にしがみ付く姿。
どれだけ無様であっても。

不死の道を選んだ男は、本当は誰よりも生に執着していた。
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2009.12.22