林檎に牙を:全5種類
和菓子ではチョコ饅頭、製パンではチョココロネ。
毎年2月、製菓コースでの実習はバレンタインを意識したレシピばかり。
そして当然ながら、洋菓子の授業でも。

「保志さん、此れ僕からです。全部実習で作りました。」
「……だろうな。」

遼二と初めて迎えるバレンタインデー。
放課後の実習室で紙袋一杯のチョコレートを渡される。
甘いどころか寧ろしょっぱい気分、拓真が乾いた笑いを零した。

確かに恋人からの手作りには違いない。
ただし、其処に気持ちは篭もっているんだか如何だか。
そもそも拓真自身が実習での講師なのだ。
仕事柄、普段からチョコレートなんて飽きるほど取り扱っている。

もし製菓と無縁の立場だったら、まだ喜べたかもしれないけど。
考えても仕方ない事が頭を過ぎってしまう。


「それで、保志さんからは?」

遼二の言葉が解からなかった、一瞬。
手を差し出されてから漸くチョコレートの催促と気付く。

しかし参った、自分が贈る方なんて生まれて初めて。
用意もしてなければ考えてもみなかった。
焦ったところで遅すぎる。
実習のトリュフならあるけれど遼二の事だ、納得しないだろう。

「僕は女の子の代わりじゃないんですからね……」

ちゃんと男だと認識していたら用意していたのではないか、と。
睨む眼に似た視線で溜息を吐かれてしまった。

良くない展開に、肩が跳ねた拓真は密かに冷や汗を掻く。
怒らせた時の遼二は恐ろしい。
腹に強烈な一撃を喰らった事だってあるのだ。
思わず身構えたら、腕を取られて外へと連れ出された。


こうして行き先が見えないまま、約30分。


いつも降りる駅の前で途中下車。
此処は歩いて行ける距離にショッピングモールがある。

正面入り口を抜けるとバレンタイン特設コーナーの華やかなピンク。
毎年ながら豊富な品揃えで多くの女性客が集まる。
尤も、既に売り切れも目立つが。
明日にはホワイトデー商品にがらりと色が変わってしまう。
主役のチョコレートが最後の一花を咲かせる日。

食べ物である上に季節物、期限が近いだけに値引きも多数。
贈るだけでなく自分の為に購入するなら丁度良い。
何にせよ、そう云う訳で今日も女性客で混み合っていた。

そんな中に、背中を押された男が一人。


「おい、早未……俺にどうしろと……」
「僕の為に何か選んで下さい、待ってますから。」

頭がぐらり揺れた錯覚すら起こる。
此の時期、コーナーの横を通るだけでも何となく居心地が悪いのに。
縋る眼をしたところで無駄な事。
はっきり言い渡した遼二は、至って平然とした態度を崩さず。

こうなってしまえば諦めて従うしかなかった。
丸めた背中を見送られながら、拓真がピンクの空間に足を踏み入れる。


流石に笑われたりはしなくても、肩身が狭くて堪らない。

せめて、此の中でも違和感が無いくらい華奢な男だったら良いものを。
男性客も居ない訳じゃないが、必ず横には女性が一緒のカップル。
どう見ても男臭い種類の拓真は一人きりなのだ。
最早、此れでは軽く拷問である。

それなら適当に選んで足早に去るに限るのだが。
見知った有名ブランドに、興味深いチョコレートの数々。
製菓の人間なのでつい目が行ってしまう。

しかし、どれを贈れば喜ぶのやら。
何しろチョコレートの種類が多いだけ、選択肢も様々になるのだ。

歯応えのあるナッツ、滑らかなミルク、大人っぽいボンボンやコーヒー味。
果実系だけでも苺、オレンジ、チェリーなど枝分かれ。
肝心な遼二の好みを把握してなかった事が悔やまれる、今更。
甘党としか認識していれば充分なんて驕り。

途方に暮れて彷徨うばかりの足が、ふと止まる。
綺麗に箱詰めされたチョコレートとは別物扱いのコーナー。
少し考えてから、思い切って進んで行った。


「お帰りなさい。」


戻って来た拓真に投げられる一声。
寧ろ、「お疲れ様」が欲しい心境なのだが。

遅い、と言われるかと思いきや、それもその筈。
落ち合ったのはバレンタインコーナーからそう遠くない生活雑貨店。
拓真が悩んでいる間に遼二もしっかり買い物していたのである。
袋を提げているのは両者同じく。

そうして、拓真の方は遼二へ突き出される。
せいぜい箱一つを想像していたらしく、眼鏡のレンズ越しに訝しむ視線。
レジ袋一杯はどう見ても大荷物。

「ザッハトルテ作ってやるから……、受け取ってくれるか?」

ラッピング済みの物を贈るのは、何か違うと思ったから。
折角なら、拓真が出来る事で。

あの時、移動して行ったのは手作りコーナー。
チョコレートに必要な材料も型も沢山揃い、通常より安く手に入る。
それでも足りない物も幾つか。
レジが違うので随分と時間を喰ってしまった。
隣接する食料品売り場まで材料を買いに行ったのが理由。


「狡いですね、そんな楽しそうな事一人でやるんですか。」

けれど予想外、遼二には首を傾げられてしまった。
礼を言われる筋合いはあっても、全く意味が解からない。

「ちょっ、おい、何だよその反応。」
「ですから……、一緒に作りましょうって言ってるんです。」

やっと笑って、いつも眠そうな眼に柔らかな光。
解かり難いのも大概にしてほしいものだ。
遼二から言わせれば、拓真が単純すぎるのだと返されるだろうけど。


「実習のチョコだけじゃ寂しいですからね、此れもあげます。」

思い出したように追加のプレゼント。
既にレジ袋で重くなっていた腕に、遼二が包みを差し込んできた。
中身どころか何処の店なのかすら判らなかった。
拓真には縁の無さそうな愛らしいピンク色の紙に「LuLu」のロゴ。

「クマのボクサーです、ちゃんと男性用ですから安心して下さい。」
「何で下着なんだよ、どういう選択だよ……?」
「だって見たいですもん僕。」
「真顔で言いやがったな、お前……」

下らない会話は自然と小声、連れ立っての帰り道。
行き先は此のまま拓真の家。

もし製菓と無縁の立場だったら。

先程そう考えた事はやはり撤回させてほしい。
共に台所に立てるのは、同じ道を選んだからこその愉しみ。



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2013.02.14