林檎に牙を:全5種類
瀬戸紬は昔から"犬"を飼っている。

短めの毛並みに黒い瞳が大きい。
紬によく馴れていて、小柄な身体で纏わりつく。

「シロ。」

ただの呼び声一つ。
それだけで紺色の眼鏡の下で柔らかく笑む。
頬を舐めるように唇が落とされたから、シャツの腹を撫でた。

城見いずみは、紬にとって可愛いペットだった。



昔からいつも一緒に居て、何でも共有して、手を繋ぐ日常。
女同士は多少べたべたしていても可笑しくない。
実際、スキンシップ過剰など友達同士でも普通の光景だったし。
ただし人前では周囲に紛れる程度。

「紬……、大好き、だよ……」
「……うん。」

こうして居ると本当に犬みたいだ。
座り込んだ紬の太腿に頭を載せたまま、見上げてくる瞳。
水を思わせるしなやかさで髪が流れ落ちた。
撫でる手を滑らせて眼鏡を外すと、何も隔たりの無い笑みを見せる。

自分の欲求に素直なシロは、想いを伝える時も真っ直ぐ。
もう昔から何度も繰り返されてきた言葉。
ずっと当たり前になっていたから、今更解かり切っているのに。


じゃれあいで触れる事の延長に近い理由。
初めてのキスは好奇心で交わした。
舌を絡める事なんて知らなかった頃、薄闇に隠れて。

その後も二人きりになると絡まって静かに過ごす時間は続いた。
髪を撫でたり抱き合ったり、可愛がっているつもりで。
けれど、唇はあの時の一度きり。
思春期の過ちだったと目を逸らし、忘れた振りのまま。


時を積み重ねるにつれて、やりたい事も互いに見付かった。
別々の学校に進んでもうすぐ2年が経つ。

揃いの制服を脱ぎ捨てて少女から大人に近付いた身体。
毎日は一緒に居られなくても、共にする時間は相変わらずの空気。
それに、会えない日だって繋がっている。


強い風がワンピースの裾を膨らませ、レギンスの脚を冷気に晒す。
それでも陽射しには少しずつ混じる春の色。
大学からの帰り、まだ少し明るい空の下で紬が携帯を開いた。
点滅するランプはシロからのメール。
時間は届いてから30分以上が経過、着信音にも気付かなかった。

以前はよく電話も掛かってきたが、あまり出た事はなかった。
都合が悪いばかりとも限らず。
ただ何となく自分の時間の方を優先した結果。

昔から距離は近くても、こんな立場関係。
言葉や全身を使って「好き」を捧げるシロに対して紬は素っ気無い。

メールの内容は他愛無くて、それは楽しそうな話題。
些細な事で感動出来るシロの人生は愉しみが尽きないらしい。
紬が返信したら、送り合いで暫く退屈せずに済むだろう。
けれど止まってしまう指先。
巧く言葉が纏まらなくて、結局携帯は閉じられる。

何もわざと無視している訳じゃないけれど。
偶の一声だけで紬に尻尾を振るから、きっと、このままでも大丈夫。
そうして、そのたびに安心するのだ。
シロは自分だけのものだと。


「メールするんじゃなかったのか?」
「いや、いい……」

相棒とも呼べる携帯とも暫しのお別れ。
ケースに仕舞い込んで、短い言葉と共に視線が交じる。
すぐ隣、初めての彼氏と。


高校時代からシロとも共通の友人で、紬と同じ大学に進んだ。
付き合い始めたのは最近の事。
裏表が無くて皆平等に優しい、温かな人柄。
当然周囲の女子から人気もあったが昔のよしみで一歩リード、今に至る。

シロにはまだ話していない。
それどころか、彼に惹かれていた事も含めて。

仲が良かったのはシロも同じだった。
だから、何と云うか……
此処から先も巧く言葉にならなくて、思考を止めた。
長年すっかり染み付いた癖。
答えなんか面倒だ、見てみなくたってどうでもいい。

「夕飯どうしようか、お前は何が食べたい?」
「んー……」

駅の西口は商店街を始めとして、立ち並ぶ看板で大変賑やか。
飲食店だけにしても歩いて行ける距離にカフェからレストランまで。
そうして巡らせた紬の視線。
一つのビルで止まり、呼吸を置いてから指を差した。

「……お酒呑みたい。」


そうして連れ立ったビルの3階、此処には居酒屋がある。
扉を開ければ、張りのある「いらっしゃいませ」の声に迎えられて席へ。
焼き鳥の匂いと暖かな橙の灯り。
少し遠い窓、空もそんな色になったと思えばいつの間にか夕暮れ。

時間の感覚も曖昧になり始める。
ジュースに似た口当たりのカクテルを啜るうち、気持ち良く回る酔い。
呑んでぼんやりしているのは彼も同じ。

テーブルを挟んだ向かい合わせ、紬が軽く腰を浮かせる。
酒の勢いに任せて唇を重ねた。


開店したばかりの夕方はまだ人もあまり多くない。
注目されている事も判っていた。
店員が回るテーブルも限られており、視線の一つが"そう"である事も。

制服のシャツに黒いエプロン。
セミショートの髪をピンで纏めて、コンタクトの素顔。
此の曜日は、ホール担当のシロがバイトの日。

傷付いた表情。
それすらも、紬のもの。


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2013.03.05