林檎に牙を:全5種類
前作:荊女王
数年振りに"お姫様"を見掛けた。
いつも仕事帰りに立ち寄る書店、捲った紙面の中。
あんまり懐かしかったから手に取ってレジに並んだほど。
もう心は痛まず、それは少しだけ寂しい。

今や昔々の話。
城見いずみは、紬と云う名のお姫様のペットだった。


「大好き」

言葉にも触れる手にも偽りは無い。
その一方で、此の関係がとても脆い物だと解かっていた。
紬から同じ言葉は返ってこない。
どんな愛情表現だって、同性だからと響かずに。
周囲から見れば二人は親友でも、あちらは友達とすら思っちゃいない。

傍に居られるならペットでも構わない。
そう思っていたのに、紬はいずみに黙って男友達と恋仲になった。


脆いからこそ大事に大事にしようと思うもの。
それでも壊れてしまったとしたら。
全力を尽くしたのだから、未練無く「仕方ない」と口に出来る。

そんなの、あちらに見る目が無かっただけ。

長年続けていた、聞き分けの良い犬のフリ。
もうかなぐり捨てて狼に戻れる。
本当は、お姫様に突き立てたくて堪らなかった牙や爪。
隠す事には疲れていたのだ。

押さえ込んでいた野性は欲望でもあれば嫉妬でもあり。
あれは恋だった。
だからこそ悔しくて哀しかった。

けれど、此の先ずっと呪いながら生きるつもりなんて無い。
だってそんなの美しくないじゃないか。
繋ぐ物は何もかも重くなり、もう必要無いと決めたら身軽。
そうして紬の前から姿を消した。
仕事を見つけていずみが根差したのは、縁も縁も無かった地。



「おかえりー。」

真っ暗な静寂を車で駆ける帰り道、柔らかな響きはいずみを安堵させる。
扉の音を聞きつけて長い髪が踊った。
湯上りらしく、雫を散らして桃色のタオルを肩にしたまま。
「ただいま」の返事は軽く、留守番していた猪田にご褒美の箱を渡す。

彼女が待っていたのはいずみのケーキ、でもあるが。
どんなに売れても残ってしまった生菓子は調理場の皆で持ち帰り。
猪田のお陰で処分に困らず済んでいる。

仕事上、甘い物なんて嫌になるほど毎日向き合っているのだ。
好きだからこそパティシエールになったのに。
いずみに代わって、飽きもせず美味しそうに食べてくれるので有り難い。
丈夫で大きな胃袋が作った、グラマーな女性的ライン。
腰や脚は適度に引き締まった猪田が羨ましい。


「お風呂沸いてるなら、あたしも入ってきて良いかな。」
「あれ、ご飯は?」
「今そんなにお腹空いてないから。」
「じゃあ、さ……えっと……」

そこから先、言い淀んで小さくなる猪田の声。
染まった頬は何も風呂で温まった所為だけじゃない。

「……ベッドで待ってて。」

いずみが背伸びして絡み付かなければ埋まらない身長差。
牙が尖る唇を耳に寄せて。
狼の吐息で、抵抗しない子豚は白旗を降った。

そしてケーキの箱を任せ、バッグと本屋の紙袋を放る。
拍子に顔を覗かせたのは写真週刊誌。


週刊誌のトップ記事は、連日ニュースで騒がれている事件。
爛れた女性関係を続けていた男が、その女達によって惨殺された。
遺体の状態は残酷を極めて恨みの強さを物語る。
悪の王子が倒されて、妻であるお姫様は今や悲劇の人。


自分を省みずに身体を分け与えていた王子様。
打ち捨てられて、無残な亡骸を晒す。
どんな本を読んでも変わらない「幸福の王子様」の結末。

裏表が無くて皆平等に優しい、温かな人柄。
当然周囲の女子から人気もあったから、勘違いを引き起こして嫉妬に狂わせる。

昔からいずみには分かっていたのだ。
いつか中途半端な優しさは彼の身を滅ぼすと。
結ばれた先、紬には悲劇が待つと。


熱い湯に浸かった狼は、子豚に食べられてしまいました。
頑丈な煉瓦で守られた家の中。
どんな本を読んでも変わらないハッピーエンド。

お姫様がどうなろうと、違う本で生きる狼の知った事じゃない。


*end



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

2013.03.30