林檎に牙を:全5種類
我が侭、気紛れ、それが魅力なのだと人は言うけれど。
欲しいのは餌だけなんて聞きたくない。



暖かくなった晴天の下、赤ん坊にも似た鳴き声が合唱になる。
乾学園の調理&製菓専門学校の裏門は猫だらけ。
何しろ、毎日ゴミ捨て場には大量のご馳走が排出されるのだ。
野良も飼い猫も涎を垂らしてやって来る。

特に、首輪をしていない猫など此処をねぐらに決めている。
授業中に窓の外へ視線を移せば、我が物顔で日向ぼっこしている姿が幾つも。
学校側としては衛生さえ保たれていれば問題無いが。
子供を産んだり、動物好きな生徒達に引き取られて行ったり。
増減しながらも常に一定数が住み着いていた。


警戒心が強い三毛、愛想を振り撒いて可愛がられる灰色。
むっちりとふてぶてしい黒。
古着のジーンズは汚れたって別に構わない。
玄関前の階段に座り込んでいるだけで、実に様々な子を観察出来る。

それから、もう一匹。
最近、蕗は新顔に懐かれていた。


「ふーぅちゃんっ!」


そろそろ現われる頃だと思っていたのだ。
放課後は猫と遊ぶのが日課の蕗に、高いヒールの靴音が近付く。
全体的に甘ったるい印象を受ける少女が一人。

黒目がちの垂れ目と、艶々のチェリーに塗られた肉感的な唇。
いつも通り短いスカート丈で惜しげなく太腿を晒す。
小顔で華奢な身体つきに、露出が高いながらも少女趣味の装い。
着せ替え人形のジェニーを思い起こさせる。

ボリュームのある盛り髪は濃い蜂蜜に染められて明るい色。
食に携わる此処にこんな頭の生徒など居ない。
徒歩数分離れた別校舎、デザイン&コンピュータ専攻の美乃莉だ。


専門学校に進んでから派手な子が多い事には驚いた。
中学から堅い女子校で育った蕗にとって、差を見せ付けられた気分。
とは云え、調理も製菓も衛生第一。
実習ではきちんと帽子を被るので、長い茶髪でもシンプルに纏められる。
皆コックコート姿になる事も考えて着替えやすい格好。

そこへ行くと美乃莉は本当に別世界の住人だった。
爪先まで華やかで、真っ直ぐ見ていられないほど眩しい。

生まれ付き赤みを帯びた癖毛は長年のコンプレックス。
そばかすの浮いた顔を気にして、外では鍔の広いキャップが不可欠。
お洒落に興味も無く、着る物も地味なカジュアルばかり。
私服は各々の個性が浮き立つ。
此処まで対照的だと、蕗は男の子と間違われそうな気がする。


「あんまり大声出すと猫逃げるよ……」
「そうでしたー。」

呆れ混じりな低音にも軽く笑って、美乃莉がカメラを構える。
表情が切り替わる瞬間。
レンズで狙われている事など知らずに悠々と寛ぐ小さな獣。
日向に目を細める顔を、シャッター音が切り取った。


美乃莉が別校舎から足繁く通っている理由はカメラ。
餌場である此処は猫の写真撮影に最適。
何しろ相手は生き物、毎日撮っても同じ一枚など無いのだ。

写真家を目指すならそうした専門学校もあるが、美乃莉の場合は素材集め。
コラージュや画像編集を加えて一枚のアートに仕上げるのだ。
それから趣味を兼ねて。
被写体に選んだのは、勿論猫が好きだからこそ。

蕗と美乃莉、全く違う二人を結ぶ共通点。

同じ校舎でも製菓と調理では交流無し。
まして別世界なら、存在も知らないまま卒業する筈だったのに。

何だか、面白いを越えて奇妙な物ですらある。
毛並みの揃った背中をマッサージしながら、つくづく蕗が思う事。
昔から生き物に好かれやすい質。
実際、触れられている猫の方はすっかり気持ち良さそうに伸びている。

寄って来られては撫でる蕗に、レンズで追い掛ける美乃莉。
晴れた放課後、それぞれ猫を愛でる時間。


「ふーちゃんお腹空かない?」

今日も中断する声を掛けるのは美乃莉の方。
蕗が口を開こうかどうか迷っている時に、いつだって。
読まれているのかとすら思うタイミング。

「……手、洗ったらね。」
「うんっ!」

暖かい陽だまりに靴を脱ぎ捨てて裏口へと引っ込む。
スリッパも突っ掛けず、ぺたぺた並んで歩く校舎の冷たい床。
衛生には人一倍敏感になる。
水場から帰ったら、二人も腹ごしらえの時間。


「ねー、今日は何作ったの?」
「Apfelkuchen……」
「日本語でおk。」
「アプフェルクーヘン……、林檎バターケーキ。」

包みを開けば、田舎菓子らしいどっしりした存在感。
アプリコットジャムと砂糖衣が塗られて艶々の表面にピスタチオ。
洋酒混じりのバターが香って、鼻先に甘い。
生クリームで繊細に装飾されたケーキとは違う華やかさ。

実習のたび沢山持ち帰る事になるお菓子やパン。
一人では食べ切れず美乃莉に分けてみたところ、予想以上の喜びよう。
以来、こうして外で過ごすティータイムは続いている。

階段に行儀悪く座り込んで、手掴みのお菓子。
自販機の飲み物代くらいは美乃莉持ち。

「いつもので良いんだっけ?」
「……うん。」

蕗に微糖コーヒーを渡して美乃莉も片手にミルクティー。
齧り付いたケーキは、しゃきりとした林檎の歯応え。
真剣に味わうからこそ忙しくなる舌。
きちんと食べ終わるまで、どちらも集中が切れない。

猫と遊んでいる時も、おやつの時も口数は少なめ。
そうした静けさは決して重くなかった。
余計な言葉が無くても苦しくならない、穏やかな空気。


口を動かしながら横目で盗み見た。
きらきら眩しい、人形みたいに綺麗な美乃莉。

ケーキがあるからこそ隣に居る存在。
彼女にとっての自分なんて、此れだけが目当てじゃないだろうか。
其処らに何匹もうろつく野良みたいに。

でも。

そうだったとして、どうして蕗の気持ちが陰るのか。
実習の食べ物を無駄にしないで済むし、コーヒー代だって浮く。
別に何も傷付く必要なんて無いのに。
別に深く関わったりしなくても困らない相手なのに。


「ふーちゃん、早く食べないと崩れるよ?」
「……うん。」

太陽はいつも頭上でも、顔を見せるかどうかは空次第。
「また明日」なんて必ず言える訳じゃない。
曖昧な気持ちを持て余しながら、回る朝と夜を待つ。


*end



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2013.04.07