林檎に牙を:全5種類
レンズを向けたら察知は機敏、退避までもしなやかに。
スナイパーに狙われている訳じゃあるまいし。



「……撮らないでよ?」

切ろうとしたシャッターは、蕗の堅い声で制せられる。
気付かれたか残念。
カメラを外して、美乃莉が小さく舌を出した。

「手タレだけもダメなの?」
「一度ダメと言われた事は守って欲しいんだけど。」

軽い溜息が混じった忠告。
不機嫌になった訳でもないが、此れ以上は止めておくべきか。
蕗は写真を撮られるのが嫌い。
こうした攻防戦で一度も折れた事が無いのだ。

愛でられる猫はとても良い表情なのに。
気持ち良さそうに眼を細め、警戒を解いて自然体。
触れている蕗の方も。

此の瞬間を残しておけたら。
許しが出ないので、いつも思うだけの事。


強めの陽射しがキャップに影を落とし、瞳には光が差さない。
目尻がやや上に尖ったアーモンド形。
顔立ちが整っているだけに却って恐ろしく凄みが加わってしまう。
豊かな赤毛に縁取られた、滑らかで引き締まった輪郭。
そばかすの散る肌は真っ白。

蕗だって撮っておきたいくらい綺麗なのに。
当人はコンプレックスの方が先立つらしいけれど。


気さくで人見知りしない、それが昔から美乃莉の武器。
時には鬱陶しがられても嫌われたりする事はあまり無かった。
すぐ周りと打ち解けて専門学校生活も順調。
頑張れば、何でもそれなりに結果が伴ってきたし。

ただ、蕗に関しては苦戦を強いられている。
猫と遊んで、おやつを食べて。
共有する時間を心地良く感じているのは美乃莉だけじゃない、確かに。

にも関わらず、一定の距離がなかなか縮まらない。

あまり詰めようとするのも逆効果。
不用意に近付いて、逃げられてしまえばそれまで。
その辺は蕗も猫みたいだと思う。


「撮られるの嫌なら、証明写真とかは?」
「それは流石に我慢するけど……、出来るだけ見たくない。」
「イベント事あっても撮らないの?どっか遊びに行った時、記念に一枚とか。」
「それで高校の頃、変な逸話作った事ある……」

蕗が少し口許を解いて、苦笑い一つ零す。
女子校時代、修学旅行の時の話。

旅先では自由時間の度に友達同士で記念撮影する光景が目立つ。
勿論、蕗も誘われたが丁重に断って毎回撮る側。
けれど却って気の毒に思ったのだろう。
「折角だから!」と体格の良い友達に捕まってしまった。

半ば押さえ付ける形でツーショットを撮られる寸前。
カメラを向けられた時、渾身の力で振り切って逃げてしまったのである。

どちらかと云えば小柄な蕗だが、運動部出身なので力はある。
体格は良くても鍛えていない相手には負けない。
隙を突けば、の話ではあるものの。

そして逃走の際、現場には千切れたボタンが一つ。

無茶をしたので、蕗の制服から落ちたのも当然の話。
移動バスの中で裁縫キッドを取り出して直した、仕方あるまい。
見ていたクラスメイト達により周囲も爆笑で包まれた。
その日から、体格の良い友達は「妖怪ボタンむしり」が渾名。


「妖怪って。えー、ちょっとイジメ入ってない?」
「いや、元ネタはあるらしいから……悪意は無かったよ、本当に。」

そう言いつつも、聞き手の美乃莉も笑いを堪えながら。
此処まで手強いとは驚いた。
蕗はあまり自分の話をしないので、こうした話は貴重。
彼女の事を少し知って嬉しい気持ちも一つまみ。

傍らに座り込んで同じになった目線。
猫と戯れる柔らかな表情を、じっと見詰めていた。

「……何?どうかした?」
「撮るなって言うから、代わりによく見ておこうと思って。」

それならば、眼に焼き付けておけば良いか。
カメラは仕舞い込んで撮影も終わり。
シャッターで切り取ってしまうには無粋な時間。


*end



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2013.04.21