林檎に牙を:全5種類
「いらっしゃいませ、何かお探しですか?」
「あー、いえ、好きなの無いので……良いです。」

ハッキリ言ってくれる、失礼なくらいに。

得意の筈の営業スマイルが一瞬だけ固まった。
崩れたとしても、通り過ぎる背中には見えちゃいないだろうけど。



毎週日曜日、真昼の姫ふじ公園ではフリーマーケットが開催される。

テントのスペースには限りがあるので先着申し込み制。
出店は準備や費用などの手間もあれど、見て回るだけなら実に気軽。
晴天の日には、掘り出し物を求めて沢山の客が訪れた。


眩しい陽光から隠れる日除けテントの下。
設置されたテーブル席の一つ、今週も美菜子は店主の顔で此処に居た。

一重瞼で切れ長の眼は常に微笑むような形。
薄い唇が三日月を描けば、ただ美しいだけでなく艶が増す。
綺麗なストレートの黒髪に、青い小花柄のワンピースは涼しげ。

年相応ながらも少女趣味が加わって愛らしい格好。
そして華を添えるのは、首に絡む重ね付けのネックレス。


美菜子の店はドロップ缶を広げたような錯覚を引き起こす。
鮮やかで甘そうな色彩のビーズや天然石。
特別な日のピアスやペンダント、普段使いのチャームやストラップまで。

器用な指先で一つずつ生み出された商品。
彼女が構えるのは、趣味で作ったアクセサリー屋。


商品を並べ終えて一息、やっとパイプ椅子に深く腰掛けた。
此処から先は勝負の時間。
客なら幾らでも居るが、美菜子の"対戦者"は一人。

寄ってくれるか、買ってくれるか。

オレンジに近い、肩までの茶髪は離れていても目を引く。
何より周囲の男性と同じくらいの長身。
今日も此処で彼女を見掛けた。
いつも通り学校の黒いジャージ、刺繍で記された名前は「大河」さん。

染髪にジャージ姿はだらしなく見えがち。
しかし、身体も顔付きも締まった大河の場合は全く別。
背筋が伸びて歩き方一つにしても凛々しく。


初めて此処で顔を合わせたのは数週間前。
「あ」と零れかけた声を呑み込んで少し驚いた、だって……

とは云えども美菜子の感情は顔に出ない。
どんな場面でも機転が利いて、何でも出来る器用な人。
彼女を知る者は皆そう口を揃える。
愛想笑いで相槌を打って、見せる必要無い本音は隠してきた。

「好きなの無い」

あの時、美菜子の店で大河が零した一言は飽くまで軽い響き。
なのに刺さったまま抜けない錯覚。
そこまで気にするほど屈辱でも無いだろうに、何故か。

感情的になっている相手にすら平静を保ったまま向き合えるのに。
見るだけで買わずに立ち去る客なんて幾らでも居るのに。


ウサギ、花、リボンにレース、そしてきらきらのビーズや天然石。
多かれ少なかれ女の子は可愛い物が好き。
お姫様になれなくても、アイテム一つで気分だけでも味わえる。
当然ながら美菜子の店に訪れるのは女性客ばかり。

すっかり大人の美菜子だって、かつての女の子。
勿論今でも可愛い物は好き。
そんな彼女達も可愛いと思うし、気に入ってくれたなら嬉しい。

自分の作った物が誰かの一部として受け入れられる。
女の子を彩る要素になるなら、それは何処か快感にも似ていた。


「これ下さいっ!」
「ありがとうございます、少々お待ち下さいね。」

太陽から一歩下がっても女性を惹き付けるアクセサリー。
毎週開店しているので常連も出来る。
今もまた、目を輝かせて吟味していた客がペンダントを買っていった。

微笑んで会釈を返したけれど、本当は。
本当は、大河に選び取って欲しいと思って作った物だったのに。


まず、美菜子が「可愛い」と思えるデザインでないと生み出せない。
どんなアクセサリーだって同じ話。
が、良い物を作ろうとすれば材料費がそれなりに掛かる。
儲ける事ばかり考えて、趣味より金銭優先になってしまっていた。

それだって以前までの事。
大河の一言は初心を思い出す切っ掛けになった。
それも不特定多数の女の子の為よりも。

たった一人、よく知りもしない女の子の為に。
まだ手に取ってくれた事は無いけれど。

縁や相性、石は持ち主を選ぶ物。
結局のところ本人が気に入ってくれなくては意味が無いのだ。
頭を捻って頑張る事は無駄でない筈でも。


眩しい青空も気付けば薄い雲が出てきた。
レースのカーテンにも似て、程好く陽光を抑える頃。

開店から30分も過ぎれば軽く一周するには丁度良い時間。
空から移した視界の端、現われた其の姿。

「いらっしゃいませ。」

ジャージも着る人によっては見映えが違う。
雲の切れ間から差し込んできた陽で、オレンジに煌めく髪。
一つ鳴った鼓動を呑み、美菜子は大河に微笑んだ。


意志の強そうな吊り気味の眉と眼に、引き締まった口許。
凄みも加わって猫科の猛獣を思わせる。
自然体の今も健康美だが、飾ればもっと映える何かがあった。
お姫様よりも野性味の王子様と云った印象。

人知れず、真剣勝負の始まり。

見ているだけで堂々と、腕を組んだ姿勢が妙に似合う。
互いに唇を閉ざした静寂。
セールストークや何でもない話は却って邪魔になりそうだ。

そして不意に、腕が解けた。
ディスプレイされた商品を一つ手に取る。

大き目の鎖の輪には、金色が散らばる透き通った水晶。
細い針を閉じ込めて時間が止まったように。
其処に寄り添うのは、長い尻尾をくるり丸めた優雅な獣。
ルチルクォーツと猫のモチーフのバッグチャーム。

それでも、まだ悩む空気。
高校生では金銭が自由に使えない分だけ財布も堅くなる。
市販の物よりも良心価格なのだが。


「また今度」と戻した商品は待っていてくれるとは限らない。
一期一会だとしたら手を伸ばすのは、今。


「今お買い上げいただけた方には、此れも差し上げます。」

こうなったら最終手段。
咄嗟に、美菜子が一枚の券を付け足す。

記された字面に視線を移して、大河は「あ」の顔。
確かに動揺が走った。
けれど、此れは葛藤に背中を押した一手。

「……下さい。」
「ありがとうございます。」

今日こそは美菜子の勝ち。

必ず客に掛ける声は笑みでいつもより柔らかに。
営業ではなく、心から湧き上がったもの。
テントの内と外。
伸ばして触れ合った手で、繋がりが出来る。


少しばかり狡い手でも損はさせてないのだから良い筈。
早ければ明日にでも現われる、向こうから。





大きな道路を挟んで隣同士、専門学校の乾学園と紅玉女子高校。
其のどちらからも見える程の近所。
野菜を豊富に使ったパン屋、Bakery&Cake「オリヴィエ」がある。

実に良い場所に建てたものだ、平日は両方の学生が数多く寄る。
パン屋は開店が早いので朝から通学途中の客。


運動部の朝もまた同じく早い。
「OPEN」の札が掛かれば練習前の女子高生が押し掛ける。
レジ前に立った、そのうちの一人。
いつも通りトレーにクリームパンを並べて。

加えて、レジの女性に券を一枚。

「何処かで見た、とは思ってました。」
「名刺代わりになったでしょう?」

ブレザー代わりに羽織られた黒ジャージに、深紅のチェック柄スカート。
大人びて見えても制服姿なら確かに学生らしくなる。
紅玉女子高校のソフト部二年生、大河。

切り揃えた前髪だけ見せて、後ろは纏め上げて三角巾の中。
ヘアスタイルで印象も大きく変わる。
レジの向こう、エプロン姿の美菜子が微笑んだ。
艶っぽく余裕のある表情で。


此の時間の客は限られた顔触れ。
大河が自分に気付かなくても、美菜子の方は前から知っていた。

公園も紅玉女子からそう遠くない。
部活帰りに寄り道するようになった、と云ったところか。
休日でも学校のジャージだった理由。

あの時渡したのは、南瓜クリームパンの値引き券。
香ばしくカラメリゼされた表面、中は甘い南瓜が生きた滑らかなクリーム。
贅沢なパンプキンプリンとでも表すべきか。
「オリヴィエ」だけのオリジナル商品で、大河のお気に入り。

早速スポーツバッグには見覚えのあるルチルと猫のチャーム。
くたびれかけている分、其処だけ可愛らしいのが何だか可笑しかった。
美菜子の手を離れたアクセサリーは、既に大河の一部。


「名前って、オオカワ?タイガ?」
「タイガ、です。」
「やっぱりね……、虎っぽいもの、あなた。」
「……よく言われます。」

くすくす笑って、すっかり余裕を取り戻した調子。
だから油断していたかもしれない。

「お姉さんは……、ミナコ?」

此の声で名前を呼ばれるとは思わなかった。

名札なら美菜子も付けているのだが、苗字が難しい。
読み方を訊かれる事なら慣れていたのに。
だから下の名前で、なんてやられた。


カウンター越しだけだった関係。
繋がりを作った短な言葉、それだけで何かが変わり始めた。


*end



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*おまけ



作中に登場したバッグチャームが此方です。
アンチーティーク風に撮りたかったので、画像を黄色くしてみたら
何だか埃っぽくなってしまった。
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2013.05.04