林檎に牙を:全5種類
名前の読み方は道順(どうじゅん)先生と日夏(ひなつ)さんです。
西日が放課後の学校を違う色に染め上げる時間。
窓ガラスで四角く切り取られた鮮烈な空。
背の高い本棚で囲まれた文芸部の部室は、茜の光がよく似合う。

古い紙の匂いが作る独特の世界に、無口な影が一つ。

長身を折り曲げて腰掛けているものだから、パイプ椅子は窮屈そうに見えた。
柔らかな癖のある烏の濡れ羽も眩しい夕陽を浴びて褐色に透ける。
少しだけ首を前に、うなじが剥き出しになった短い髪。
それもこれも原稿用紙を広げている所為。
一枚捲るたび巻き起こる微風で、細い毛先は音も立てずに遊ぶ。

文章を追う切れ長の眼を軽く伏せれば、影を伸ばす長い睫毛。
鼻筋の通った細面は男女曖昧な匂い。
憂いを帯びて、そっと原稿用紙から目を上げた。

「……チラシの裏に書く世界だね。」

引き結んだ口許が解ければ、手厳しいどころか毒含み。

女にしては低音でも何処か艶のある響きを持つ。
王林中学校の文芸部顧問、道順蓉子。


「何でですかー、ひどくない?」

原稿用紙を突っ返された女生徒が思わず膨れっ面になる。
ますます丸くなった顔に、睨んで細くなった目。
文芸部3年生、日夏は不満を露わにした。
部誌に載せる作品のチェックの際、道順から誉められる事は滅多に無い。

日夏の連載は白雪姫をベースにしたファンタジーの恋愛小説。
そう表せば聞こえは良いが、はっきり言って肝心の中身ときたら……

王子どころか猟師に七人の小人、果ては女王まで姫に恋している。
此の世界の愛は、ヒロインただ一人の物。
要するに逆ハーレムが延々と続くだけの話なのである。
感情移入出来ない読者からすれば、3年間も見せ付けられて苦痛極まりない。


「ところで、ちょっと訊きたいんだけど此の猟師……」
「ヴァンです!」

日夏が気に入っているキャラクターほど事細かに決まっている設定。
きちんと名前で呼ばなかっただけで激昂する。

「ヴァン君……は、猟師だよね、何で狩りをしないの?」
「森の番人だから動物は殺さないし、食べません!みんな友達!」
「それを認めたら、私は猟師の概念が解からなくなってしまうよ……」
「良いじゃないですかー、ファンタジーなんだから。」

道順が頭痛を覚えたのも無理はない。
日夏ときたら、まず「猟師」の意味すら理解していない有様。

狩れない猟師はただの無職だ、否、意味も無く銃を持つ危険人物である。
書き手の頭が此の程度では物語も支離滅裂。
都合の悪い部分は「ファンタジー」の言葉一つで誤魔化してしまう。

白雪姫をなぞらえているので、話の進み方も原作通り。
ところが3年生の現時点でまだ林檎すら出てきていないのだ。

ストーリー上必要の無いハーレムの部分に時間を掛け過ぎた。
入稿までに間に合わず、ちほらほら休載を繰り返していた事も原因。
受験に専念するので夏には完結させなければいけないのに。
それなら忘れた振りして未完のまま卒業してしまえば良い、なんて思っていた。

今年からはそうも行かない。

原稿を碌に読まないまま部誌として纏めていたのは、前の顧問まで。
道順が引き継いでからの文芸部の作品は背筋が伸びた。
希望者が増えたのも、彼女のお陰。

涼しげな顔立ちに短い髪、手足の長い締まった身体つき。
まだ若い道順は飾り気の無い格好をすると、線の細い優男にも見えた。
物静かながら、口を開けば厳しくも的確な意見をはっきりと。
煙たがられる事もある一方、確かに信頼出来るので生徒に人気がある。

どんな男子生徒や男性教諭より格好良い女性。


「皆、口を揃えて「美しい」とばかり言うけれどね……
 主役の姫がどんな容姿なのか、全く見えてこないよ。」

"美"について道順が口にすると、強い説得力を持つ。

「国で一番の美少女」に、「清楚」や「可憐」の羅列。
そして原作通りの黒い髪、白い肌、赤い唇。
白雪姫の容姿を褒め称える言葉は幾らでも詰め込まれている。
けれど、それらは飽くまで雰囲気に過ぎない。
日夏の物語には顔立ちに関する文章が何処にもあらず、のっぺらぼう。
恋愛小説で此れは致命的。

「でも、たまにイラストも付けて……」
「毎回顔が全然違うよね?」

もう一度言いかけた「でも」は呑み込んだ。

本当は、日夏は文章なんかに興味など無かった。
漫画にしたかった作品なのだから。

少し前まで「高校を受験しないで漫画家になりたい」などと言っていたのだ。
そんな甘い考えは随分と親を困らせたものである。
けれど、若さ故に無知な日夏もだんだんと現実を解かってきた。
多少イラストが描ける程度では物語までは作れず、腕を磨く根気も無い。

そこで代わりに小説として綴る方法を選んだのに。
此方ですら中途半端な出来なんて、格好悪い。


物語の主人公とは作者の「理想の自分」である事が多い。
此の白雪姫は、日夏自身。
皆が私の事だけを考えて、私の為だけに尽くしてくれる。
言わば外敵の居ない自己愛の世界だったのに。

其処に、彼女は現われた。

黙っていれば理想の王子。
日夏の甘さを削ぎ落とす毒を持つ、意地悪な女王が。


「始めたからには、きちんと終わらせてあげないと……
 此の物語は、君にしか書けないんだから。」

飽くまでさらりと乾いた、冷たい程の真理。
きっと毒林檎の欠片。
筆を折って眠りに就いてしまうのはただの怠け。

「……当然ですよ。」

耐性が付き始めた日夏には、情熱を加速させる物。
待っているだけじゃ捕まえられない。
認めてもらえるまで、何度ぶつかったとしても。


*end



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2013.05.12