林檎に牙を:全5種類
「ちょ……っ、瑠璃、何その手?」

顔を合わせて早々、ガラス球みたいな眼をますます丸くしての問い掛け。
全く以っていつも面白いくらい感情一杯。
心配されている身にも関わらず、笑いを堪えたのは内緒。

ガラス球の視線が向けられたのは、不自由な薬臭い右手。
包帯を巻かれて一回り大きくなった様が痛々しい。

「犬に噛まれてしまって。」

分かりやすい赤城に対し、瑠璃は飽くまで無表情を崩さない。
利き手を負傷したって平静でいられる。
図書室、伝記コーナー沿い、お気に入りの席に着いて本を広げる。
これまた全く以っていつも通りに。


放課後の図書室は、何処よりも静寂を好む空気が胸を満たす。
背の高い棚に詰め込まれた様々な年代の本。
誰かが手に取ってくれる事をじっと待ち望み、淡い匂いで室内を包む。
懐かしいような、時計が針を緩めるような居心地の良さ。

本を支える左手でページを捲れば、右手はほとんど添えるだけ。
一枚ずつ丁寧に涼しい黒目を通していく。
こうして背筋を伸ばした制服姿、読書する瑠璃は凛と美しい。

そんな時に、邪魔しない程度そっと椅子を引く音。
向かいの席から身を乗り出した赤城が瑠璃に触れてくる。

「……報われないね。」

頭を撫でて労わる、チェリーレッドのマニキュアが潤む手。
癖の無い黒髪は指先に絡んだりしない。
素直に気遣いを受け取り、されるがままの瑠璃が溜息を一つ。

開かれた本は、ふわふわ毛並みの犬猫がポーズを取る写真集。
本物を可愛がりたいのに叶わない代償。

昔から瑠璃は動物に好かれない、こんなにも愛しているのに。


「犬はじっと目を合わせちゃ駄目だよ、喧嘩売られてるって思っちゃうから。」
「どう接したら良いのか……、赤城さんは飼ってるから分かるでしょうけど。」
「うん、難しくはないと思うんだけどな。」
「私も「怖くない……」とは言ってみたんですけどね、犬に。」

映画の1シーン、ヒロインを真似た台詞。
しかしお話のように牙は引っ込められたりしなかった、現実は甘くない。

「……駄目ですね、私はナウシカじゃないので。」

自嘲を含んでいるものの、瑠璃が珍しく冗談を口にする。
少しでも笑って欲しかったのに。
赤城の反応と云えば、首を傾げて不思議そうな表情。

「えっ、ナウシカってそんなシーンあるの?」
「えっ、観た事無いんですか?」

あの手の作品が好きそうな赤城が、此れは本当に意外だった。
どんな名作だって万人が知っているとは限らない。
機会を逃せばいつまで経っても触れないまま、そう云う事もある。

かと思ったが、理由を聞いて瑠璃は納得した。


「だって……、ほら、でっかい虫が暴れ回るんでしょ?」

顔を顰めて、恐る恐る赤城が尋ねてくる。
作品自体はよく知らなくてもキャラクターなどは一人歩きする物。
確かに王蟲なら時々何処かで見かける。
その印象が強すぎて、ホラー映画のような思い込みがあるのだろう。

虫が大の苦手な赤城なら、有り得る話。

「そうですね、目とか触手とかいっぱいありますし……」
「うーわーっ、無理無理!」

首を振って、ピンで留めたショートボブが少しだけ乱れる。
図書室ではお静かに、と瑠璃が付け足すと慌てて口許を抑えた。
赤城の一挙一動は本当に見ていて飽きない。

其処が好きで傍に居る訳なのだけれど。
それなら、きっと目一杯愉しんでくれるだろう。


「……ジブリの新作って週末からでしたよね、行きませんか?」

バイトが無いと知っていながらの誘い。
予定さえ空いているなら滅多に断ったりしない事も。
当然、赤城の返事は頷き一つ。


「なーんか見透かされてる気がする、いつも。」
「そうですか?」

待ち合わせや昼食の店を話し合う最中、一つ零される。
不満にも似たささやかな拗ね。
単に赤城が分かりやすいだけだと言いたいけれど。

「そーいや、瑠璃こそ怖いもの無いの?」
「無い事も無いですけど、赤城さんには教えてあげません。」
「えー?」
「そんなに知りたい物でしょうか……」



何があろうと此れだけは言いたくない。
本当に瑠璃が恐れているのは、傍に赤城が居なくなる事。


同性はいつまでも二人きりで居られない。
卒業すれば別々の世界、恋をすれば相手が全て。
そうして、ただの独りきりになってしまうのはとても怖い。
"今"が永遠でないと分かっているからこそ。

心配して欲しくて、浅い傷に包帯を巻いて。
少しでも長く共に過ごしたくて、大して興味も無い映画に誘って。

余裕なんて嘘、いつだって必死。


「知りたかったら探して下さい。」
「言ったからには覚悟しなさい、いつも見てるからね。」


*end



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2013.07.18