林檎に牙を:全5種類
茜が混じり始めた空は色の所為で青より強い熱気を感じる。
休日の夕暮れはいつも切ない後味。
だらしないまま無駄に終わっても、楽しくて早足に感じる場合でも同じ。
過ぎ去った時間をこうして目にしてしまう瞬間。

見送る理名が溜息で惜しめば、窓ガラス越しの茜空が白む。
クーラーを効かせた部屋は体温すら凍るようだ。


盆休みで帰省した親戚一同が揃うと、大広間は賑やかな声で埋まる。
近況報告、世間話、他愛無い事まで忙しなく。
酒の席で久しい顔と向かえば当然か。
毎年恒例、畳に脚を崩して長い卓袱台のご馳走を囲む日。

とは云え、先程まで昼寝をしていた理名にはあまり食欲が無い。
茹だる暑さは気力を根こそぎ奪っていく。
窓の風だけが頼りな鬱陶しい自室で長時間過ごした後だ。
此処がどんなに快適であろうと、ご馳走を前にしても手が出ない。
遅かった昼飯もまだ胃に居座っているし。

見回して気付けば今年は一人欠席。
相手を見つけて桜の頃に巣立った、二十歳になる妹はやはり戻らない。
真面目な理名とは合わず、昔から早熟でこうした会合も嫌っていた。


それにしても、集まるのが今日ならもっと早く教えて欲しい。
告げられてからまだ1時間足らず。
着替える必要があったので大急ぎでシャワーも浴びた。
髪も生乾きのまま料理を手伝って、やっと一息吐いたところ。

「べっつに、そのままでも良いんじゃねぇのー?」

馬鹿、と視線だけで諌めても無責任な薄笑いが返るだけ。
だから理名は此の父親が好きになれない。
寝汗で湿った夏用パジャマのまま人前に出ろと云うのか。

それに、理名だってそこまでの隙を見せたくない相手くらい居る。
此の場は全員と血の繋がりがある訳じゃない。


兄が結婚して数年、妹がもう一人増えた。
電車で半日の旅となれば盆と正月の年に二度しか帰って来ない。
父母の隣、“良い嫁”の顔で家族に混じる露子。

癖っ毛の理名と対照的に綺麗な長い髪。
吊り気味の目も微笑めば柔らかな表情になるものだ。
猫被りは得意手、知っている。
ビール片手でほろ酔いの兄を挟んで微妙な距離間。

視線が交わされ、数えて3秒。

小さなバッグを持って席を立ったのが合図。
進まない箸を置いて、理名も腰を上げた。

乾杯してから約2時間、皆アルコールが回ってきて良い気分。
輪から二人消えたところであまり気に留めない。
軽く食べた物をビールで流し込んだので舌に居座る苦い後味。
アルコールには弱くないし、せいぜい微熱止まりでも。


玄関を開ければ、たちまち生温い湿気が理名を包む。
ずっとクーラーが風を送る宴会場に居たものだから温度差は大きい。
しかし、今まで寒いくらいだったので不快には感じなかった。

茜から紺瑠璃へ刻一刻と迫る夕闇。
冷えていた爪先にサンダルを突っ掛け、生垣で影が濃い小道へ。

頭身の高い、長い髪を揺らす女の気配。

物の輪郭が曖昧になる時間帯では幽霊と間違えそうだ。
正体を知っている理名は驚くどころか吹き出すところだった。
何の事はない、数分前から待っていた露子の姿。
読み取れない表情は何となく予測が付いて、一人で密かに笑う。

合わせた歩幅に、隣同士の距離。
連れ立って足音が二つ。


人通りが少ない田舎の住宅地。
開けた車道はもう少し先、此処は時が止まったように変わらない。
青葉を重く繁らせて聳える木々のざわめき。
川原が近いので、耳を澄ませばその向こうに清流の唸りも感じる。

無言でも決して悪くならない空気。
夏の夕暮れを渡る風が、お喋りの代わりに賑やかな切なさを残す。

目を瞑らなくても瑠璃色は全てを覆い隠してしまう。
十数年の時間すら戻してしまう錯覚。
夏休みだからと一日中共に過ごして、手を繋いで遊び回っていた頃。


あの頃は、まだ「好き」の言葉が互いの為だけだったのに。
考えもしなかった、露子が兄の物になるなど。

見上げれば、そんな理名を嘲笑う三日月。
冴えた光は眩しい程に。
もう「月が綺麗」すら躊躇って、ただ口を噤んだ。


行き先は橋の近くに建つ古いコンビニ。

お小遣いを握り締め、ボックスの前でアイスを悩んでいたのも懐かしい。
明るい店内に入ったが最後、大人に戻ってしまうけれど。
それまで子供の気持ちを大事に抱えながら歩く。


*end



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

2013.09.06