林檎に牙を:全5種類
奈保と「彼女」の関係は 燦然ドロップス をどうぞ。
白くなるまで掻き立てたバターと砂糖。
卵を溶かして、ふるった薄力粉はさっくり混ぜて。
目盛りを睨んで割合は全て均等に。
崩れないバランスを以って、焼き立ての甘い香りは完成する。

賑やかなお茶会の主役。
一つまみのフレーバーだけで、別人に顔を変える。



「次に何か作る時は、一緒にやらせて欲しい。」

奈保からそう告げられたのは先月バナナケーキを持って来た時だったろうか。
約束と呼ぶには耳から抜けて消えそうな一言。
会話の繋ぎに近いようでも蘭子だけは記憶の片隅に留めていた。

よく晴れた休日の午後、ひっそりと台所に篭もっている理由。
並んだ少女二人は実に対照的だった。
小柄でショートボブの蘭子がケーキを作れば、手慣れているだけ様になっている。
助手を務めるのは、長身で髪色の明るい奈保。
普段、強い日差しにも負けずグランドでバットを振るソフト部のエースが。
見慣れないエプロン姿が何だか可笑しい。


粉が残る大きなボウル一杯のバターケーキ生地は準備完了。
クリーム色の表面に突き立てられたゴムべら。
真っ二つに切られて、半分は別のボウルへと分けられる。

ところで、そろそろ訊ねても良いだろうか。

「なっちゃん急にどうしたの、お菓子作りたいとか。」
「彼女出来たかも、だからプレゼントで。」


何の気無しの問い掛けだったのに。
奈保からの返答は重い衝撃、飽くまで流れるような平静さで。
どんな時でも堂々としているのも考え物。
此方など、危うくボウルを落としてしまうところだったのに。

ああ、だけど。

「そっか、そうなんだ、遂に来たか……」

対する蘭子の呟きも風変わり。
状況を呑み込んでいるどころか、覚悟していた響き。

「吃驚すると思ってたけど、そうでもないみたいだな。」
「いや、まぁ、解かるよ……、なっちゃんの事は。」

歯切れが悪いながら少しだけ笑ってみせた蘭子が頷く。
細く長くでも伊達に幼馴染をやっていない。
かつて、近所の男子に混じって公園を駆け回った仲。

今ではすっかり女らしくなった蘭子の意外な時代。
一方、その辺の男子よりも格好良かった奈保は変わらない。
昔から真っ直ぐ伸びた背筋と日焼けした四肢。
琥珀色をした短めの髪が似合う、はっきりした目鼻立ち。
年頃になってからは飾り気が無いままでも凛々しい美人になった。

家が遠いので中学までは別々でも、女子校に進んでから蘭子とずっと一緒。
奈保の人気だったらよく知っているのだ。

女子校と云えば、黄色い声を浴びたりラブレターを貰ったり?
勝手にそう想像する者は男女問わず。
そんな漫画みたいな事など流石に無いけれど。
「奈保が男なら良いのに」なら散々耳にした、当人も慣れ切った様子で。


ケーキ生地を分けたのは色を変える為。
一つは潰したカボチャ、一つは溶かしたチョコレート。
どちらも奈保の好物だからと選んだ物。
鮮やかなオレンジと甘いブラウンにそれぞれ染まる。

引き離されたらそれきり?

否、まだ終わりじゃない。
バターを塗ったパウンド型、スプーン一杯ずつ交互に重ねる。
点々と落としていく生地は八分目まで。


困惑は呑み込むとして、作業の間にも考え事が止まらず。
「女同士で」と云う部分が気に掛かるのは当然。
しかし、気持ち悪いとか異常とかそう云う意味ではなかった。

実のところ彼氏として見られているのではないか、なんて心配。
確かに、奈保が男子に興味を持つのはあまり考えられなかったけれど。
よくある思春期特有の擬似恋愛。
もしそうなら、傷付く結果で終わってしまうだろう。

奈保は女の子として魅力的なのに。

いや、仮に相手が「彼氏」だったとしてもこうして考え込んだかもしれない。
本当は奈保に好きな人が出来た事が問題。
一対として数えられるのは、もう蘭子だけじゃないのだと。

ただ、其処だけが寂しい。
何となく失恋した気分すら胸に広がる。


「わたしの知ってる子?」
「多分。」
「可愛い?」
「普段は綺麗だけど、可愛い時もある。」

二種類の生地が詰まった型の中、竹串を刺した。
円を描いていけば、カボチャとチョコレートが絡み合う。
切り分けた時のマーブル模様に想いを馳せて。


「……焼けるまで、もっとなっちゃんの話聞かせてよ。」


混ざっても消えない境目。
両者が違うからこそ、断面は美しい。

最初に目にするのも、味わうのも、それだけは二人だけの物。


*end



*クリックで応援お願いします

にほんブログ村 BL・GL・TLブログ 百合小説へ
にほんブログ村

スポンサーサイト

2013.11.02