| Home |
紅玉駅にはガラス一枚で守られて微笑む美女が居る。
途切れない雑踏をいつも見詰めている、季節ごとに華やかなポスター。
ブランドのイメージモデルは何年経っても変わらない。
今は苺柄ワンピースに身を包んで甘やかな彩り。
三日月の赤い唇を横目に、ショーウィンドウを曲がって踏み込んだ。
此処から先は慌しさと一線を引く。
全体的に白で纏められ、洒落た造りになっている駅ビルの西口方面。
一人で歩くのが勿体無くなるくらいの色彩に目移りしてしまう。
カップルの多さにうんざりしながら、冬田蘭子は携帯で時間を確認した。
溜息こそ吐かないが何処となく冷めた視線で。
僻んでいる訳じゃない。
ただ単に、人目も憚らず密着した男女が鬱陶しいだけ。
恋人が欲しいなんて思った事が無いので尚更。
隣が空席なのは確かにつまらないけれど。
平日の午後、学校帰りの少年少女も混じって賑やかになる一方。
紅玉女子高校の制服はビターチョコレートを思わせる黒褐色のブレザー。
街や学校の名前通り、深紅のスカートとネクタイ。
色の白い蘭子には赤がよく似合った。
真っ黒なショートボブと、ガラス球にも似た垂れ気味の目が柔らかい顔立ち。
愛らしさだけではなく、濃い色が小柄な身体を引き締める。
駅ビルの区切られたスペースには違う世界が並ぶ。
雑貨屋、服屋、コスメショップ。
思わず歩みも止まりそうになる、興味を引く物は店舗ごとにそれぞれ。
それから、鼻先を誘う焼き菓子の香り。
小腹を空かせた蘭子は今度こそ足まで絡め取られた気がした。
ふわふわのシフォンケーキは飾り気が無くとも魅惑的。
素朴な焼き色はそれだけで甘い。
橙色の灯りで柔らかに染まる、モノクロで纏められた空間。
マスコットの羊が待つ、「Miss.Mary」紅玉駅ビル店。
「よー、蘭!」
ふらりと引き寄せられていたものだから、不意の呼び声に肩が跳ねた。
ただでさえ無遠慮な音量は広い範囲に届く。
蘭子が顰め面しても、意図を読むのが下手な彼にはどうせ伝わらない。
こんな所で遭うとは思わなかった。
大河一ノ助は声だけでなく身体も大きい。
短めに刈った金髪と粗忽な雰囲気が近寄り難い印象。
一見すると不良、良くてヘビー級の格闘家。
赤いパーカーの所為でますます悪目立ちしている事に気付いているやら。
蘭子からすれば「アホな野獣」としか言いようが無いが。
此の外見で家政科大学生。
それも保育士志望者だと云うのだから笑える。
「何だよ、入んねェの?」
「……急かすな。」
他人の振りで立ち去るべきか迷って、結局返事をしてしまった。
思わず通常よりも低い声で。
他に知人が見ている訳じゃあるまいし、注目されても気にしない。
蘭子はそう自分に言い聞かせておく事にした。
腹を括って向けた足、ローファーの小さな靴音が店内に加わる。
逆らい難いシフォンケーキの誘惑に屈して。
持ち帰り客の方が多いので、カフェコーナーはまだ空きも幾つか。
それでも一ノ助の所へ向かうのは優しさだと思って欲しい。
テーブルを叩かれては無視も出来ず。
だから急かすな、空いているのは判っているから。
手前のソファー席を陣取っていると、大きな飼い猫とでも云った印象。
喧嘩で負け知らずのボスが家では主の前で腹を見せているような。
我が家のような寛ぎぶりは偉そうにすら感じて、先程の件もあり忌々しい程。
別にマナー違反している訳でもないのに。
専門店でもケーキの種類自体は多くもないが、トッピングが選べて味わい豊富。
お気に入りの組み合わせが楽しめるのも「Miss.Mary」では売りの一つ。
蘭子が持つトレイにはベーシックのバニラシフォンにホイップと苺。
真っ白なケーキの断面とクリームに、甘酸っぱい赤が映える。
急な出費なので小銭すら惜しくドリンク無し。
一方、半分ほど食い荒らされた皿は定番商品のバナナシフォン。
チョコレートソースの縞模様が辛うじて残っている。
「苺も良いな、美味そう。」
「……あげないよ?」
「何だよー、俺のも代わりに一口やるって。」
「女子か!」
交換なら対等だろうに何が不満か、と一ノ助は解かってないが。
首を傾げた後でカップに口付けて中身を飲み干す。
掠める儚さで、コーヒーの良い香り。
成り行きとは云えども奇妙なケーキの時間。
本来なら、甘い物を囲んで向き合う相手は決まっていたのに。
「コーヒーのお代わりは如何ですか?」
少しだけ微妙になっていた空気を裂き、銀色のポットが横から現われる。
コーヒーに関しては二杯目から無料。
穏やかな低音で傍らに立ったのは、眼鏡を掛けた男性店員。
ちょうど一ノ助のカップも空になったところ。
有無も言わさないまま、深い香りの湯気を立てて並々と注がれる。
接客業にしては強引な気がすると思いきや。
店員が軽く腰を屈め、そっと口を開いて内緒話。
「ナンパなら他所でやってくれませんかね?
女子高生がヤンキーに絡まれてるって、他の店員がひそひそしてるんですけど。」
それを聞いて吹き出したのは一ノ助の方だった。
怒るどころか肩を震わせて笑っている。
勝手に危険人物扱いされていると云うのに良いのやら。
外見で色々と言われる事に慣れ切っているし、いちいち気にする男でもなし。
ああ、やはりか。
そして蘭子の方は一人で納得していた。
先程、小さく耳に届いたのは気の所為でなかったらしい。
「早未君ちょっと行って来てよ、男でしょ!」と、背後から女の声。
どうやら此の店員は押し付けられた模様。
「まぁ、ナンパじゃないのは分かってますけど。」
「そうか、りょんは俺を信じてくれるか。」
「大河にそんな甲斐性無いですし。」
「そうだなー、ありゃ茶髪でナヨくてチャラい兄ちゃんがやるモンだろ。」
気の抜ける呼び名に、砕けた口調の会話。
どうやら一ノ助は店員と知り合いだったらしい。
初対面には近寄り難く見えても、昔から友達が多いので不思議でもない。
「おー、俺と中高まで一緒でなァ。早未遼二、だから"りょん"ってアダ名。」
「えっと……それより、仕事戻らなくて大丈夫なんですか?」
「はい、僕は"ヤンキーから女子高生を守る役"を一任されましたから。」
他の店員は女性ばかり、助け舟が出る事も無いだろう。
眉一つ動かさない遼二は穏やかな低音を保つ。
NEXT →
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村
途切れない雑踏をいつも見詰めている、季節ごとに華やかなポスター。
ブランドのイメージモデルは何年経っても変わらない。
今は苺柄ワンピースに身を包んで甘やかな彩り。
三日月の赤い唇を横目に、ショーウィンドウを曲がって踏み込んだ。
此処から先は慌しさと一線を引く。
全体的に白で纏められ、洒落た造りになっている駅ビルの西口方面。
一人で歩くのが勿体無くなるくらいの色彩に目移りしてしまう。
カップルの多さにうんざりしながら、冬田蘭子は携帯で時間を確認した。
溜息こそ吐かないが何処となく冷めた視線で。
僻んでいる訳じゃない。
ただ単に、人目も憚らず密着した男女が鬱陶しいだけ。
恋人が欲しいなんて思った事が無いので尚更。
隣が空席なのは確かにつまらないけれど。
平日の午後、学校帰りの少年少女も混じって賑やかになる一方。
紅玉女子高校の制服はビターチョコレートを思わせる黒褐色のブレザー。
街や学校の名前通り、深紅のスカートとネクタイ。
色の白い蘭子には赤がよく似合った。
真っ黒なショートボブと、ガラス球にも似た垂れ気味の目が柔らかい顔立ち。
愛らしさだけではなく、濃い色が小柄な身体を引き締める。
駅ビルの区切られたスペースには違う世界が並ぶ。
雑貨屋、服屋、コスメショップ。
思わず歩みも止まりそうになる、興味を引く物は店舗ごとにそれぞれ。
それから、鼻先を誘う焼き菓子の香り。
小腹を空かせた蘭子は今度こそ足まで絡め取られた気がした。
ふわふわのシフォンケーキは飾り気が無くとも魅惑的。
素朴な焼き色はそれだけで甘い。
橙色の灯りで柔らかに染まる、モノクロで纏められた空間。
マスコットの羊が待つ、「Miss.Mary」紅玉駅ビル店。
「よー、蘭!」
ふらりと引き寄せられていたものだから、不意の呼び声に肩が跳ねた。
ただでさえ無遠慮な音量は広い範囲に届く。
蘭子が顰め面しても、意図を読むのが下手な彼にはどうせ伝わらない。
こんな所で遭うとは思わなかった。
大河一ノ助は声だけでなく身体も大きい。
短めに刈った金髪と粗忽な雰囲気が近寄り難い印象。
一見すると不良、良くてヘビー級の格闘家。
赤いパーカーの所為でますます悪目立ちしている事に気付いているやら。
蘭子からすれば「アホな野獣」としか言いようが無いが。
此の外見で家政科大学生。
それも保育士志望者だと云うのだから笑える。
「何だよ、入んねェの?」
「……急かすな。」
他人の振りで立ち去るべきか迷って、結局返事をしてしまった。
思わず通常よりも低い声で。
他に知人が見ている訳じゃあるまいし、注目されても気にしない。
蘭子はそう自分に言い聞かせておく事にした。
腹を括って向けた足、ローファーの小さな靴音が店内に加わる。
逆らい難いシフォンケーキの誘惑に屈して。
持ち帰り客の方が多いので、カフェコーナーはまだ空きも幾つか。
それでも一ノ助の所へ向かうのは優しさだと思って欲しい。
テーブルを叩かれては無視も出来ず。
だから急かすな、空いているのは判っているから。
手前のソファー席を陣取っていると、大きな飼い猫とでも云った印象。
喧嘩で負け知らずのボスが家では主の前で腹を見せているような。
我が家のような寛ぎぶりは偉そうにすら感じて、先程の件もあり忌々しい程。
別にマナー違反している訳でもないのに。
専門店でもケーキの種類自体は多くもないが、トッピングが選べて味わい豊富。
お気に入りの組み合わせが楽しめるのも「Miss.Mary」では売りの一つ。
蘭子が持つトレイにはベーシックのバニラシフォンにホイップと苺。
真っ白なケーキの断面とクリームに、甘酸っぱい赤が映える。
急な出費なので小銭すら惜しくドリンク無し。
一方、半分ほど食い荒らされた皿は定番商品のバナナシフォン。
チョコレートソースの縞模様が辛うじて残っている。
「苺も良いな、美味そう。」
「……あげないよ?」
「何だよー、俺のも代わりに一口やるって。」
「女子か!」
交換なら対等だろうに何が不満か、と一ノ助は解かってないが。
首を傾げた後でカップに口付けて中身を飲み干す。
掠める儚さで、コーヒーの良い香り。
成り行きとは云えども奇妙なケーキの時間。
本来なら、甘い物を囲んで向き合う相手は決まっていたのに。
「コーヒーのお代わりは如何ですか?」
少しだけ微妙になっていた空気を裂き、銀色のポットが横から現われる。
コーヒーに関しては二杯目から無料。
穏やかな低音で傍らに立ったのは、眼鏡を掛けた男性店員。
ちょうど一ノ助のカップも空になったところ。
有無も言わさないまま、深い香りの湯気を立てて並々と注がれる。
接客業にしては強引な気がすると思いきや。
店員が軽く腰を屈め、そっと口を開いて内緒話。
「ナンパなら他所でやってくれませんかね?
女子高生がヤンキーに絡まれてるって、他の店員がひそひそしてるんですけど。」
それを聞いて吹き出したのは一ノ助の方だった。
怒るどころか肩を震わせて笑っている。
勝手に危険人物扱いされていると云うのに良いのやら。
外見で色々と言われる事に慣れ切っているし、いちいち気にする男でもなし。
ああ、やはりか。
そして蘭子の方は一人で納得していた。
先程、小さく耳に届いたのは気の所為でなかったらしい。
「早未君ちょっと行って来てよ、男でしょ!」と、背後から女の声。
どうやら此の店員は押し付けられた模様。
「まぁ、ナンパじゃないのは分かってますけど。」
「そうか、りょんは俺を信じてくれるか。」
「大河にそんな甲斐性無いですし。」
「そうだなー、ありゃ茶髪でナヨくてチャラい兄ちゃんがやるモンだろ。」
気の抜ける呼び名に、砕けた口調の会話。
どうやら一ノ助は店員と知り合いだったらしい。
初対面には近寄り難く見えても、昔から友達が多いので不思議でもない。
「おー、俺と中高まで一緒でなァ。早未遼二、だから"りょん"ってアダ名。」
「えっと……それより、仕事戻らなくて大丈夫なんですか?」
「はい、僕は"ヤンキーから女子高生を守る役"を一任されましたから。」
他の店員は女性ばかり、助け舟が出る事も無いだろう。
眉一つ動かさない遼二は穏やかな低音を保つ。
NEXT →
*クリックで応援お願いします

にほんブログ村
スポンサーサイト
2013.11.15 ▲
| Home |