林檎に牙を:全5種類
奈保と「彼女」の関係は 燦然ドロップス
奈保と蘭子の関係は チョコレートの闇に残り火 をどうぞ。
紅玉女子高校は市内なので小さい駅まで乗り継いで数分。
電車通学者にとって「Miss.Mary」は寄り道スポットの一つ。
他のカフェと比べて財布に優しく美味しいと人気。

蘭子も前から遼二の事なら見知っていた。

キャスケット帽の頭は柔らかそうな巻き毛で人目を引く。
シンプルな黒いフレームの眼鏡に、涼しい顔立ち。
ただでさえ女子校は若い男が居ないのだ。
異性の話題になった時、遼二が上った事も二度三度。
大人びた落ち着きがあって優しそうな店員が居る、と上々の評判。

カフェの制服には名札が無いので彼の事は何一つとして判らなかった。
意外と遠慮無い物言いと云うか、なかなか失礼な性分のようだ。
薄っすらと小馬鹿にするような色すら混じって。

ファン達が知ったら泣くかもしれない。
尤も、多少の毒など効かない一ノ助の方は気付いてもいないが。

「で、女子高生とお茶ってどんなご関係で?合法手段ですよね?」
「何の犯罪になんだよ、りょん面白ェ事言うよなー。」
「冬田蘭子……、です。いや別に、本当にただの幼馴染で。」

また一ノ助は笑っているが、そんな場合なのだろうか。
援助交際やデートクラブを利用する中年男と一緒にされているのに。
散々な言われようは蘭子の方が気まずくなる。

そう、昔からこう云うところがあった。


一ノ助には高校生の妹が居る。
怖そうな外見の兄と違って染髪に長身でも凛とした美人。
学校のソフト部エースで名は奈保。
蘭子とは同い年で誕生日も近く、赤ん坊の頃から続く特別な仲。
故に、その延長で彼とも長い付き合いだった。

休日にはたびたび互いの家で遊んだ。
部活が無い日も寄り道をして、「Miss.Mary」にもよく来ていた。
本当なら一緒にケーキを突付くのは奈保だったのに。

二年生になってから、その時間は蘭子の物ではなくなった。
奈保に「彼女」が出来た為。

言いたい事なら山ほどあったが、全て喉の奥に押し込んだ。
結局のところ、一人が寂しいだけなのだと蘭子自身がよく解かっている。
一ノ助と過ごす事になって複雑な気分になった理由。


向かいの気配を奈保だと錯覚しようと試みてはいるのだが。
手元に視線を固定したり、目を瞑ってみたり。
けれど無駄な足掻きだった。
似てないと云うより、どちらも蘭子の中で確固とした存在なのだ。
個性が強過ぎて代理にもなりゃしない。

其処に遼二が加わって、ますます妙な事になったと密かに思う。
奈保が不在の虚無感は確かに紛れたけれど。
噛み合わない会話に混じる毒、まるで帽子屋と三月ウサギのお茶会。
アリスの気持ちになった蘭子が、コーヒーも飲んでないのに顰め面を堪えた。

「あー……一ノ助と中高まで一緒って、今は此処で働いてるんですか?」
「僕は製菓の専門です。紅玉女子なら分かりますよね、乾学園。」

喋ってないと何となく間が持たず、遼二に振ってみた質問。
意外な返答で蘭子が驚かされたのも当然の話。

日差しの中で眩しく聳える、アルミパネル外壁の製菓学校。
目を細めて蘭子は教室から見ていた。
二つの学校は、大きな道路を挟んでほとんど目と鼻の先同士。
あんなに近くだったなんて。


高校生活も中間地点の二年生。
女子ばかりの世界は気楽だが何処か閉鎖的でもある。
上から下まで制服に縛られ、まだ子供である事の焦燥感を抱える日々。
思春期特有の物と解かっていても少しだけ重い。

息抜きなら人それぞれ色々あれど、蘭子の場合はお菓子を作る事。
小学生の頃にクッキーを一人で焼けるようになってから変わらない趣味。
何でも出来る訳じゃないが、今では随分と腕を上げた。

持ち込みまで校則で禁止されていなくて良かった。
休み時間のおやつに友達同士で分け合うと、皆喜んで手を伸ばす。
味気無いままだらだら無駄に過ごしてしまうのは誰だって御免。
甘い物を前にした時だけでも浮かれたい。


つい先日の週末にも、なかなかの自信作が焼き上がった。
カボチャとチョコレートのマーブルケーキ。
自然な甘さのオレンジに苦味の効いたブラウンが絡まる。

しっとり美味しいバターケーキはアレンジも色々。
覚えておくと便利なのでよく作るが、今回に関してはいつも通りでなかった。
台所に立った時、助手を務める奈保と一緒だったのだ。
例の彼女にプレゼントする為にと。

だからこそ、ケーキを作って過ごす遼二が羨ましい。
勿論、専門学校生でも一日中実習だけしているとは思わないけれど。

甘い物を扱う事が特別ではなく日常だったら。
あの時だって、奇妙なセンチメンタルに浸らず済んだかもしれないのに。
恋をしてもしなくても、女同士は面倒。


「蘭子も甘ェ物作るの好きだよなー、こないだのも美味かった。」

物思いに耽っていると、一ノ助の零した声が意識を引き戻した。
けれど、何だか不可解な事を言う。

作ったお菓子は学校で片付けてしまうので、彼の口に入る訳が無いのだ。
顔を合わせる事自体が随分と暫くぶりだったのだが。
覚えてない程の昔なら兎も角として、まるで最近のような口振り。
首を傾げた後、眉根も寄せた蘭子が訝しむ。


「え、いつの話よ?わたし、一ノ助に何かあげたっけ?」
「こないだ日曜に作ったろ。ほら、あの……ぐるぐるしたケーキ。」

そこで漸く何の事だか思い当たった、
先日のマーブルケーキだろうか、若しかして。
気付いた途端に空白が一瞬。

「……はぁっ?!ちょ、何であんたが食ってんの?!」
「いや、奈保にいつも一切れ貰うから。何かと引き換えで。」

「いつも」と付く辺りどうやら常習犯らしい。
きっと大河家で遊ぶ時、手土産として持って行く物の事だろう。
それにしても、無償でない辺り奈保もちゃっかりしている。

別に一ノ助の為に作った訳じゃない。

あのケーキだって彼女への贈り物だと云うから。
奈保が、好きな人と分け合う為の。
甘い匂いの中で蘭子が押し殺した感情など一生知らないだろう。
誰にも明かされないままいつか消える物。

「あのねぇ……」

溜息を吐いたら、少しだけ軽くなった気がした。
第三者の一ノ助が食べてくれて良かったのか悪かったのか。
相変わらず能天気なくらいの口調。

今は、何だか其れが有り難い。


「でも一切れじゃ全然足りねェんだよな、今度俺にも丸々くれよ。」
「……何か、やだ。断る。」
「何だよー、勿論タダとか言わねェし金なら払うって。」
「金とか生々しい単語を出すな……」

木目細かな泡で大きく膨らんだシフォンケーキ。
強く押したって潰れたりしない。
フォークの先で弄りながら、蘭子が語尾に苦笑を混ぜた。

「ドリンク奢れば気が変わるかもしれませんよ、もう一杯持ってきますね。」

透かさず、遼二から商売魂逞しい提案。
其のコーヒー代も結局のところ彼の懐に納まる事になりそうだ。
まだ作るとは承諾してないのに。
此処に居る男達はなんて勝手なのだろうか。

丸い苺は皿の上で転げてしまう。
銀の切っ先で捕らえれば、純白の中に散る真っ赤な雫。

苺ショートの味はいつも幼い頃を思い出させる。
むず痒くなりそうなくすぐったさを秘めて。
頬張って口一杯の甘さに浸りながら、コーヒーの到着を待った。


*end

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2013.11.22