林檎に牙を:全5種類
群れる木々はどれもが雲の泳ぐ青を求めた。
背を伸ばし、枝の腕を無数に広げ、空の下は深緑に埋められる。
それでも頭一つ突き出た真白は隠れない。
何よりも天に近い白亜の塔。
此れこそが、町外れの森に人があまり寄り付かない原因。

罪人の為の独房。
其処に棲むのは、恐ろしい魔女。


「こう云う所に囚われるのって、普通はお姫様じゃないかしら?」

空に手が届きそうな部屋で魔女が一声落とした。
音を生む物が何も無い場所に、甘く掠れた低音は響く。


色素の薄い髪は投獄されてから伸ばし放題。
あまり櫛も通されておらず、黒衣の身体に纏わりついている。
白い面差しは少女とも女性ともつかない。
あどけないようで、ふとした時に仕草や表情に艶が匂い立つ。

内と外を隔てる物はただ一つ、鍵付きで頑丈な木の扉。
鉄格子の窓越しに青い瞳を向けて言葉を続ける。

「看守さんってラプンツェルのお話知らないの?」
「……学が無い育ちだからな。」

対する看守は、飽くまでも淡々と。

年頃は魔女より少し上、細身で中性的だが甘い風貌ではない。
何処か暗く冷めた目は短い髪と同じ褐色。
膝を着き、扉の下にある穴から食事のトレイを押し込んだ。
キャベツのスープはまだ白い湯気が踊る。

三度の食事と、魔女の見張り。
それだけで報酬が手に入るのなら安い物だった。
近付く事すら忌み嫌われる場所だけに、その辺の仕事より高額。


魔女が閉じ込められているのは頂上の部屋。
割と大きめのベッドとクローゼット、床にはカーペット。
風呂とトイレの個室もあり最低限の設備が整っている。
居心地は意外と悪くなさそうだが、自由が無い事に変わりない。

1階に簡素な台所、長い階段を経て牢獄。
其れだけが塔の全てだった。

魔女が何の罪を犯したかなど知らない。
領主様の申し付けは、此の地での絶対なのだ。
そこに個の意思が入る余地もあらず。
もしも彼女が無実の身であろうと看守は仕事に徹するだけ。

塔から脱出するには二つの鍵が必要。
出入り口と、牢獄の物。
元から一つ目の鍵しか与えられてないのだから責められまい。


「前の看守さんならもっと沢山お話してくれたのに。」
「奴ならもう居ない。」
「あら残念、でもご飯は君の方が美味しいわよ?」
「……媚を売っても無駄だぞ、魔女め。」

舌打ちこそしないが、乾いた口調。
臙脂の裾を翻して去り際に。

「私は女だからな。」

石段を叩いた薄い靴底が鳴る。
辛うじて明り取りの窓があるだけで、底が見えない螺旋階段。
まるで奈落にでも落ちていく錯覚を起こした。
本来居るべき場所へ帰るだけなのに。




真昼でも薄気味悪ければ、夜の塔は尚更。
仕事と云え、一日三度は顔を合わす仲になってしまったのだ。
気乗りしなくても食料を手に真っ直ぐと向かう。
ランタンの灯りだけを頼りに。


看守が行かなければ魔女は飢え死にしてしまう。
訪れる者も他に居ない牢の中。
慈悲によって生かされるのでは、飼われる事と同じだろう。

「王子様の助けも来ないものね、魔女じゃ。」
「良いから早く食べろ。」

咀嚼の合間にも魔女のお喋りは止まず。
そして、扉に背を向けたまま座り込んだ看守はやはり素っ気無い。
皿が空になるのを辛抱強く待つ。

夕飯は宵の口に済ませ、早々に塔から立ち去る事。

時間まで領主様から決められている。
例え彼が白い物でも黒だと言えば、黒になる地。
何故、なんて口に出来るのは命知らずのみ。
従わない者は生きられないのだ。


「桃まであるのね、デザート付きなのは嬉しいわ。」
「別に……、傷みが早いから片付けたいだけだ。」

実際、少し熟れすぎた桃は白い肌がくすみ始めてきた頃。
ランタンの明るさでは気付かないかもしれないけれど。

扉を隔てているにも関わらず、瑞々しく甘い香りは薄闇に鮮明。
手掴みのまま齧り付いたらしい。
魔女が裸の果実を舐め擦る音までも届く。
耳の奥をくすぐるように微かでも、妙に落ち着かなくなる。


「看守さんは食べないの?」
「私は結構……」
「まぁ、そう仰らずに……、こっち向いて。」
「何だ……?」

眉間に皺を寄せながらも、看守が従ってしまったのは反射的。
裏を考える間もあらずただ素直に。

鉄格子の向こう側で褐色と交わる、青い視線。
そのすぐ下に桃の蜜で濡れた口許。
三日月の笑みを描いて、華奢な指先で掬い取る。

そうして格子窓を越えると、真っ直ぐ伸ばされるまま此方へ。
冷たく濡れた指が看守の唇に辛うじて届く。
まるで口紅を差すような細やかさで、塗られた雫。
乾いていた舌に、分け与えられた果実の味は濃密に染み渡る。


「ね、甘いでしょう?」

悪戯めいた光を瞳に宿して魔女の声が絡み付く。
看守の動揺は飽くまで静かに。
正体不明の痺れが、背筋から爪先まで抜けるのを待った。
波立っても悟らせない、鉄の表情で。

「……今度やったら噛み付くぞ。」
「獣みたいね、牢の外に居るのに。」

看守が歯を立てるより先、指先は引き込められる。
警告に対して怯んだ訳ではない。
飛び立つ蝶にも似てひらりと、掴めない含み笑いを以って。

「おやすみなさい、また明日。」

すっかり軽くなった皿を下げて、階段に一歩踏み出した時。
看守の背中を魔女が低音で叩いた。
今日から幾度でも繰り返すであろう言葉。
果たしていつまで続くのか、そんな考えは外へ辿り着くまでに消える。


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2013.12.17