林檎に牙を:全5種類
まだ朝だと云うのに、開いたガラスの向こうは赤と緑に彩られて暖か。
先程まで周囲を舞っていた白い息が消える。
駅ビルを歩けば、無数の靴音に混じるのはクリスマスソング。
毎日延々と繰り返されてきた。
もう飽きるどころか、耳を塞ぎたくなるくらいだ。

定期をポケットに改札へ向かう拓真は、欠伸の後で顰め面。
今日までだからと自分に言い聞かせて。


冬休み一日目、私服で遊びに出掛ける学生の姿もちらほら。
なのだが、製菓学校はまだ授業がある。
それもこれも改正により必修の授業時間が伸びた所為。

ケーキ職人が一年で最も多忙になるのはクリスマス。
改正前までは学校を通じて、街中のケーキ屋に学生達が手伝いに借り出された。
製パンでも和菓子志望でも一年生で全て基礎を習うのだ。
日の浅いバイトよりずっと役立つし、職人の卵には良い経験にもなる。

ただし、それも約10年前までの話。
今ではクリスマスで浮かれる人々を横目に登校しなくてはならず。

それなら放課後、と考えを切り替えようにも。




「ほら、出席取るぞ……」

冬の日暮れは足早に。
影が濃くなった洋菓子実習室には真白のコックコートが集う。
拓真の呼び掛けに対し、張りの無い声が返る。
窓の下、鞄片手で去り行く生徒達を羨望の視線で見送りながら。

改正後の授業スケジュールは厳しい。
一日でも欠席したら補修対象になってしまうのだ。
そう云う訳で、クリスマスに関わらず放課後は居残り生徒が多数。


ボールに卵を割りほぐし、砂糖に粉類。
溶かしバターと数滴垂らしたバニラが香り立つ。

飽くまで補修なので材料費も掛けられず、作る物は基本中の基本。
日持ちのするマドレーヌ。
実習を終えたら皆、ご馳走とクリスマスケーキが待っているのだ。
クリームたっぷりの華やかなお菓子なんて却って重いだろう。


遼二と云えば終業の鐘で早々に駅へ飛んで行った。
授業自体は真面目に顔を出していたので、今から悠々とバイト。
居眠りしていても試験が平均点に達しなくても。

駅ビルの「Miss.Mary」となれば持ち帰りとカフェ利用者により戦場になる。
力を温存する為に学校ではいつも以上に気怠げ。
閉店時刻も延長されて忙しい分、特別ボーナスが出るとかで。
恋人よりも金を取るか。
拓真も抜けられない仕事なので、言葉は密かに呑み込んだ。

今年は相手が居るのに、独りのクリスマスよりも却って寂しい。
遼二も補修の方が会える時間だって長かったのに。

そんな事を考えてはいけない。


「あのさー、クマちゃんてクリスマス独りなん?」

授業を抜けて遊んでいたのは派手な生徒が多い、特に女子は。
教員だろうと物怖じせず軽口を叩く。
一概にそうとも言えないが、多い事も確かである。

こうして悪気も無く傷を抉ってくる。
絶妙のタイミングで。

「オイ、お前な……独りって前提で話してんだろ。」
「え、じゃあさ誰か居んの?」
「まぁ、俺だってな……」
「……あっ、クマちゃん携帯鳴ってるよ。」

口篭もっていたら会話は中断、聞き慣れた着信音によって。
此の女子も、元から大して拓真に興味を持っていた訳でも無いらしい。
あっさりとした引き際で助かったような、拍子抜けのような。

実習が終わるまで携帯を触ってはいけない。
マナーモードにするのを忘れていた。
どうやらメールらしく、メロディはすぐに終わる。
それならもう少し後でも良いか。


貝型に詰めた生地をオーブンへ入れるまで待ち、そっと実習室を抜けた。
器具や材料を保管する裏方で携帯を取り出す。
改めてボックスを開いてみると、心音が一つ踊った。

遠い戦地を駆け回る恋人から文が届いた。
メールの送り主は、遼二。

<山下達郎に憎しみを抱きそうです>

クリスマスソングに気が狂いそうなのは遼二も同じらしい。
思わず吹き出したら、小さな笑いが身体中に染み渡る。
淡いブルーになっていた胸の内を晴らして。


<ご武運を>

返信は拓真も一文だけ。
硝煙代わりにバニラで噎せ返る、過酷な戦場へ。



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2013.12.25